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いつもより早い時間に家を出て、学校へと向かう。自然と足が速くなる。通学路がいつもよりも長く感じた。
早く加奈子に会いたかった。「昨日、宮川さんたちとカラオケに行ったんだ」って話したかった。加奈子の「嘘」と口をポカンと開けた表情を想像できる。
私は急いで教室へと入り、加奈子の席へと目を向ける。
「いた」
昨日空席だった場所に、加奈子はいつも通り座っていた。彼女がいたことに安堵した。もしかしたら、今日も来ないのかと内心怖かった。
元気そう……、どうして昨日連絡くれなかったんだろう。
そんな疑問を頭に浮かべながら、私は加奈子の方へと近づく。
「加奈子」
おはよう、じゃなくて、彼女の名前を呼んだ。
私の声に反応して、彼女はゆっくりとこっちを振り向く。目が合う。……目が合っているだけ。
私の知っている加奈子じゃない。
加奈子は私の方を不思議そうに見ていた。おはよう、の一言すら出てこない。
「加奈子?」
私はもう一度彼女の名前を呼んだ。
彼女は怪訝な表情を浮かべる。
……知ってる、この感覚。
全身から血の気が引いていく。気を抜くと、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。
お願い、私の名前を呼んで。
「…………誰?」
加奈子の口から出た言葉は私がこの世で最も嫌いな言葉だった。
眩暈、頭痛、吐き気。嫌な思い出がフラッシュバックする。必死に気を保ち、私は「冗談だよね?」と軽く笑う。
加奈子はずっと眉をひそめながら私を見ていた。この不審な目を向けられるのは人生二度目だ。
周りのクラスメイトもざわつき始める。私たちの会話を聞いているようだった。
学校に来て、この席に座っているということは、加奈子は完全に記憶を失っているわけじゃない。
「私のこと忘れた?」
自分の声が微かに震えるのが分かった。
自分の感情を表に出さないように、出来るだけ冷静を装う。もう一度この感覚を味わうことになるとは思いもしなかった。
お願いだから、加奈子だけは私のことを覚えていてほしかった。私はもう既に大切な人に一度忘れられたのだから。
私は微かな希望を抱きながら、加奈子をじっと見つめた。私を見つめ返す加奈子の瞳には私に対する情が何一つなかった。
「ごめん、分からない」
加奈子の申し訳なさそうな声に、騒がしかった教室は静まり返る。その静寂さが全てを物語っていた。
また、忘れられた。
クリームソーダですらいられなくなった。炭酸も甘さもないソーダになった。
……神様、私からこれ以上何を奪えば満足ですか?




