24
「おかえり~~」
カラオケルームに戻るとタンバリンを鳴らしながら、宮川さんが笑顔で迎えてくれた。
本当は戻りたくなかったけど、このまま黙って帰ったら、私を誘ってくれた宮川さんに失
礼だと思った。
莉子は私と目を合わせない。
「ごめんね」
「全然! てか、さっきの人、めっちゃ格好良かったね! ヒーローかと思った」
宮川さんはあの状況をなんて説明したんだろう。
私の心を読み取ったのか、一人の男の子が口を開いた。
「何があったのか莉子も徹も恵美も何も教えてくれないんだよ」
え、と私は驚きながら、宮川さんの方を見た。彼女は何も知らないふりをしてニコッと私に笑いかける。
きっと、学校で彼女より良い女はいない。
「イケメンヒーローがまつりちゃんが喋ってるから、ちょっと遅くなるとしか聞いてないんだけど、何があったの?」
宮川さんの隣に座っていたボブカットの女の子が興味津々な目を私に向ける。可愛らしい高い声だ。
「さぁ?」
私は余裕ぶる。内心は少しも余裕なんてない。……けど、虚勢でいいから、気を張る。今ここで、私は弱みを見せるわけにはいかない。
「はい、深入りしないの~。歌うよ~」
マイクを握りながら、宮川さんは新しい曲を入れた。
宮川恵美という女子高校生は私よりずっと大人だ。今日一日関わっただけで、嫌というほど実感した。
私は谷沢くんの隣にもう一度座る。
彼は静かに「おかえり」と言ってくれた。さっきよりテンションが低かったが、喋りかけてくれただけ有難かった。
「ただいま」
私は小さな声でそう返した。
宮川さんが歌うのを聞きながら、私はさっきの清一との会話を思い出していた。
彼はカエル味の飴玉は「存在する」と言っていた。
加奈子以外にもカエル味の飴玉を知っている人がいることに驚いたが、やはり私はその話を信じることができなかった。
その話を信じてしまうと、本当に私は自分を見失ってしまう。
私の姉が記憶を失ったのも、もしかしたらカエル味の飴玉を食べたからではないかと考える。そうなると、姉が本当に消したかった記憶が私の存在になる。
そんなの私が絶えられない。だから、絶対に私だけはこの話を信じてはいけない。
馬鹿げている、と私はまたカエル味の飴玉を否定して清一と別れた。助けてもらったのに、嫌な態度だったかもしれない。だが、もう会うこともないだろう。
「俺も」
「ん?」
「まつりちゃんのヒーローになりたかった」
弱々しい谷沢くんの声に私は「うん」と相槌を打つことしか出来なかった。
そんな風に私を想ってくれる気持ちが嬉しかった。もし、私が中学生の頃に彼と出会っていたら何か変わっていたのだろうか。もし、なんて話を考えても無駄なのに……。
「徹くんは私なんかを好きにならない方が良い」
私がそう言うと、谷沢くんは黙り込む。そして、ゆっくりと私を睨んだ。
あ、怒っている。
私はすぐに彼の起源が悪くなっていることに気付いた。本当は嫌いになんてなってほしくない。谷沢くんに好かれたい。ごくありふれた高校生の恋愛をしたい。
それなのに、どうしてこう不器用にしか生きることができないのだろう。
どこからか視線を感じた。莉子がじっと私たちを見ていた。睨んでいるわけでも、興味がありそうなわけでもない。彼女の瞳から感情を読み取ることができなかった。
「私、もうそろそろ帰るね」
私はそう言って、フリータイム分のカラオケ代をお財布から出し、机の上に置いた。
あ、と谷沢くんは私を引き留めたそうな目で見る。
「誘ってくれてありがとう。楽しかった」
心からの言葉だった。私も普通の高校生活を送っても良いのかなって思えたぐらい充実した時間だった。
「もう帰っちゃうの~。寂しいけど、また誘うね!」
宮川さんは私を無理に滞在させようとはしない。
ありがとう、と私はもう一度お礼を言って、部屋を出た。外に出て、私はスマホの画面を見る。加奈子からの連絡はまだない。
明日、ちゃんと話し合おう。加奈子の話をもう一度ちゃんと聞こう。
私は家へと足を進めた。




