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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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 美術館を出て、近くのカフェに入った。僕はコーヒーを頼み、島崎はキャラメルマキアートを頼んだ。

 最後まで展示を見たが、島崎のことを考えていると、集中できなかった。明るい髪の毛を一つにまとめて、コップを口に持っていくその姿が可愛らしかった。

 僕は島崎に落ちかけている。……彼女の小さな仕草一つ一つを愛おしく思う。

 もう二度と恋はしないのだろうと思っていたのに……。

「なに?」

 島崎を見つめていると、彼女は少し照れ臭そうに微笑む。

「可愛いなって思って」

「……ずるくない? それ」

「何が?」

「そんなこと言うなら、私と付き合ってよ」

 島崎は赤い頬を膨らます。

「いいよ」

 本心だった。島崎順子となら付き合いたいと思った。

 僕の返答に彼女は固まった。見開いた目でじっと僕を見つめる。

 さゆりを忘れるために島崎と付き合うわけではない。本当に彼女なら、幸せになれると思った。さゆりに渡した心を僕は取り戻した。

 さゆりが僕でない違う誰かと幸せだというのなら、僕も彼女にいつまでも縛られているわけにはいかない。

 僕はフランシス・ベーコンにはなれないから。

「いいの……?」

「うん」

「本当の本当に?」

 島崎の声色が喜びに覆われている。「夢みたい」と呟く彼女とこれからも一緒にいたいと思えた。

「心臓いくつあっても足りないよ」

「そんなに?」

「うん、それぐらい嬉しい」

彼女はそう言って、花のように笑った。甘くて、綺麗で、釘付けになった。

「…………さゆりは?」

 島崎の表情が少し曇る。彼女は今も僕がさゆりを狙っていたと思っているのだろう。

 さゆりは過去だ。……彼女のことを全く想っていないかと言えば嘘になる。けど、僕はもう戻らない。

「僕は順子がいい」

 その瞬間だった。

僕の視界にさゆりが入ってきた。 

 喉の先まで出かかった「さゆり」という言葉をグッと飲み込む。僕の様子に気付いたのか、島崎は僕の視線の先へと振り返る。

 さゆり、と僕の代わりに島崎が彼女の名を呟いた。

 今、島崎のことしか見てはいけない。そう分かっているのに、どうしてもさゆりの方を見てしまう。

 最低だ。不純だ。

「さゆりの彼氏かな?」

 島崎の言葉で、僕はさゆりの隣に男性がいることに気付いた。

 シルバーの細縁眼鏡にスーツを着ている四十代ぐらいの男性。さゆりより少し背が高いぐらいで、細身だ。……とてもじゃないが、カップルには見えない。

「見たことないの?」

「うん、彼氏がいるってことしか教えてくれなかったから。……けど、彼氏にしては結構年齢上だよね?」

 うん、と僕は頷く。正直、彼がさゆりの恋人だと信じたくなかった。もっと若くて格好いい……いや、さゆりの隣にどんな男がいても、さゆりの恋人だとは思いたくなかった。

「気になる?」

 どこか悲しさを含むその声に僕は「いや」と即座に答えた。

 島崎は「あ~あ」とため息をつく。僕は何も言えないまま、もうぬるくなったコーヒーへと視線を落とした。

 なんて言えばいいのか分からない。ここで変に発言してしまうと、更に島崎を傷つけることになってしまう。

「今日の運勢、おひつじ座一位だよ?」

 彼女の口調が明るくなった。僕が顔を上げると、彼女は微笑んでいた。この気まずい空気を打破しようと、彼女は楽しい雰囲気を作ってくれる。

 島崎の優しさに僕は助けられた。

「恋愛はなんて書いてたと思う?」

「虎視眈々と獲物を狙え?」

 僕の返しに彼女は声を出して笑った。彼女の笑い声が僕の心を和らげてくれる。

「それも当たってる」

 彼女はそう言って、一呼吸置いて、もう一度口を開いた。

「油断大敵」

 ゆだんたいてき、と僕はオウム返しする。 

「そう。その通りだった」

 そんなことない、と否定したのに、何故か言葉が出てこない。僕は島崎の前で何度言葉に詰まっているのだろう。

「沖原くん」

「はい」

「私たち、付き合おっか」

 島崎の落ち着いた声が耳に響いた。

 きっと、島崎は僕がさゆりのことを未だに気にしていると察しているはずだ。それなのに、そう言ってくれるのなら、僕の選択は一つしかない。

「よろしくお願いします」

 彼女は「うん」と満足そうに口角を上げた。


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