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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「島崎がお前のこと好きなんだって」

 騒がしい食堂の中で、友人の清一の声が耳に届く。

マヨネーズの主張があまりにも激しい唐揚げを口に放り込み、「は?」と清一の方を見た。

大学に入ってから、ほぼ毎日食堂で清一と昼飯を共にしている。清一とは大学の入学式の時に、共にトイレに籠っていた仲間だ。

どこにでも出会いは転がっているのだと、身に染みた瞬間だった。

俺はその日の朝に食べた賞味期限切れのジャムパンを食べて腹を壊していた。一方、清一は手のひらよりも大きなカエルを抱きかかえながらトイレの中に駆け込んできた。

それが俺たちの出会いだった。

「だから~、島崎順子が沖原琴のことが好きなんだよ」

 清一は俺をじっと見つめながら、箸の先端を俺の方へと向ける。行儀が悪いと思いつつも、俺は自分の名前が耳に入る方が嫌だった。

 こと、という名が好きではない。女っぽくて嫌いだ。清一のような昭和の男児っぽい名前が良かった。

「島崎順子って、バスケサークルの?」

「なんで記憶が曖昧なんだよ。結構可愛いだろ、順子」

 突然の順子呼びに、俺も「順子は可愛かった」と適当に返答する。

 ……本当に顔を思い出せない。

 島崎順子、という名前の女の子がバスケサークルにいたのは覚えている。だが、顔、体型、声や性格などが全く出てこない。

 大学二年生になってから、俺はほとんどサークルに顔を出さなくなったから余計に記憶が薄れているのだと思う。

 その点、清一には皆勤だ。

「忘れられて可哀そうに、順子」

「すまん、順子」

「お前が順子呼びするな」

「清一もな」

「俺は良いんだよ。順子の顔も覚えているし、彼女ともちゃ~んと会話したことあるから」

「で、その順子が僕のこと好きなんだ」

 僕はそう言いながら、白飯を口に運んだ。

……今日の米はなんだかパサついているような気がする。あまり美味しくないなと思いながら噛んでいると、清一が呆れた様子で俺のことを見ていた。

「沖原って女に興味ないの?」

 その聞き方は色々と誤解を生みそうだ。

 清一は紙コップに入っている水を一気に飲んで、更に口を開く。

「いっつも断ってないで、そろそろ彼女作れば? 大学生活楽しもうぜ」

「カエルが彼女のやつに言われてもなぁ」

「だから、あれはちげえよ。それに俺にはちゃんと沙知っていう可愛い彼女がいるんだ」

「この前、喧嘩してなかったっけ?」

 沙知もバスケサークルの女の子だ。

 その子のことは、清一の彼女、と言う理由で覚えている。ボブカットの小柄で明るい女の子だ。

「あれは沙知が勝手に嫉妬しただけで……。あ! 島崎!」

 清一の視線の方向を見ると、女の子が二人並んで僕らの方を見ていた。僕が見た瞬間に、一人が恥ずかしそうに目を逸らした。

 きっと彼女が島崎順子だ。

 けど、俺はそんなことよりも、その隣にいた女の子から目が離せなかった。静かに全身に鳥肌が立った。

「さゆり」

 無意識のうちに口から名前が零れた。

 島崎順子の隣に立っている彼女は、僕の心の持ち主だ。

見間違えるはずがない。艶やかな真っ直ぐに伸びた黒い髪に、艶やかな一重の目、シュッと鼻筋が通っていて、整った唇。

もう二度と会うこともないと思っていた。

 最後に見た時よりも、少しだけ大人びているような気がする。……高校二年生から大学二年生までの間で随分と綺麗になった。

「さゆり?」

 清一が不思議そうに首を傾げた。

 僕はその言葉でハッと我に返った。

そうだ、俺が彼女のことを知っていてはいけない。岡峰さゆり、など知らない。

「後藤くん」

 島崎は清一の名を呼んで、俺達の方へと向かってくる。勿論、その隣にいた女の子もついてくる。

 僕の鼓動が少しずつ早くなり、うるさくなる。手汗がゆっくりと滲み出てくる。

「一緒に座る?」

清一は二人に声を掛けて、椅子の上に置いてあったリュックを地面に置き始めた。同様に俺も鞄を地面に置く。

「え、いいの? ありがとう」

 順子は嬉しそうに顔を綻ばせ、清一の隣に座った。

「お友達も座ってちょ」

 その語尾はなんだ、可愛くないぞ。

 清一の言葉に「ありがとう」と短くお礼を言って、俺の隣に順子の友達が座った。

 緊張状態が解れないまま、僕は「どうも」と順子に頭を下げた。

 ……言われてみれば、確かにバスケサークルにこんな子がいたような気がする。クリッとした大きな瞳に、小さな顔で、男の間で「カワイイ」と噂になっていた。

 小動物系女子だなぁ、という記憶しかないが、確かに近くで見ると、女の子らしさが滲み出ていて人気な理由が分かる。


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