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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「どこ、ここ」

 気付けば、本屋から随分と離れたところに連れて来られていた。電車に乗り、暫く歩いて、厳格で大きな建物の前にいる。

 ここだけ規模も建築様式も西洋だ。

「ようこそ、美術館へ」

 島崎はあたかも自分の家かのように、美術館を紹介する。その様子が可愛らしかった。

「この時期の展示は」

「はい」

「愛についてです!」

「はい?」

 彼女は頭の上に大きなハートを両手で作った。その様子に思わず笑ってしまう。島崎と付き合ったら、楽しいんだろうな、と彼女と恋人同士になった時のことを考える。

「世界中の人が愛について語っている現代アートに触れましょう!」

 島崎は美術館の方へと軽い足取りで向かう。僕も少し遅れて、彼女の後を追った。

 僕は二人分のチケットを払って、展示の中へと足を進めた。

「私が誘ったんだから、私が出したのに……」

「いいよ、デートなんでしょ」

 島崎のことを「一人の女の子」として意識しているからこそ、払いたかった。

「ありがとう」

「こちらこそ」

「何がこちらこそ?」

「デートに誘っていただいて」

 そう言いながら、僕は階段を上った。建物内もしっかりと造られていて、ヨーロッパに来たような感覚になる。

 数段上ったところで、島崎が隣にいないことに気付き、振り返る。ずっと下で立ち止っている島崎に「どうした?」と声を掛ける。

「ずるいよね」

 ボソッと彼女はそう呟いた。

「何が?」

「は~~、もう全部が格好良くて嫌になっちゃう」

 島崎は大きなため息をつきながら、どこか吹っ切れたように階段を上り始める。

 僕の何がずるいというのだろう。島崎の方がよっぽどずるい。可愛いのに、絶対に憎めない性格をしている。彼女の独特のキャラに惹かれていく人が多くいるのが分かる。

 入口に「愛とは?」と大きな文字で書かれていた。 

 時代や国境を越えた永遠のテーマだ。この世にいる限り、このテーマからは離れられない。最近の風潮では、愛を語ると白い目で見られることもある。そんな中、堂々と愛を取り上げて、それを芸術にしているのはなかなか興味深い。 

 愛は、きっと人の数だけある。各々が持っている愛の形や定義を知るのは面白い。

「可視化できないこの感情を最初に『愛』と名付けた人って凄いよね」

 島崎の言葉に僕は「たしかに」と頷く。五十音の最初の二文字をとって、愛と言う概念を言葉に落とし込んだのは凄いことだ。

 僕はそんなことを想いながら、壁に展示されている愛の言葉を読む。今日は平日だからか、あまり混んでいない。

 愛とは……、お互いに見つめあうことではなく、共に同じ方向を見つめることである。

「サン・テグジュペリ」

 ……たしか、星の王子さまの作者。

「サンクチュアリ?」

 島崎が首を傾げながら僕を見ていた。どんな聞き間違いだ、と思いつつも、確かにそう聞こえなくもないと納得してしまう自分もいた。

「サンクチュアリなんて見つけ出すものじゃない」

「二人だけの絶対誰にも邪魔されない場所って素敵じゃない?」

「愛っていうのは、お互い見つめ合っていればいいものじゃないらしいよ。同じ方向を、同じ未来を共に見ていなければならない」

 僕はサン・テグジュペリの言葉を借りた。

「……どの愛かによるよね。恋人同士なら、お互い見つめ合っているべきじゃない?」

 他の誰も要らないから、富も名誉も要らないから、その人だけがほしい。喉から手がでるほど求めるような感覚を「愛」と呼んでいいのだろうか。

「愛する者のために全て捨てれる?」

 島崎は僕が答えにくい質問ばかりする。けど、嫌いじゃない。彼女の僕を見透かしているような目に魅力を感じる。

「……どうだろう。……理性が働くかも。周りの環境とか」

「じゃあ、ダメだ」

 彼女は僕の言葉を一蹴するように笑った。

「恋をしても賢くいるなんて、不可能だ。……って、フランシス・ベーコンは言ってるよ」

 僕は彼の言葉を周りの展示から探した。

「ここには彼の言葉はないよ」

「……フランシス・ベーコンって、『知識は力なり』って言った人?」

「ご名答」

「いいこと言っているよね、彼」

 話がフランシス・ベーコンへと切り替わる。当たり前のことだが、その当たり前に気付いて、発言することで名言が生まれたのだ。

「トマス・ペインも『知識が義務であるところでは、無知は犯罪である』って言ってるもんね」

 また、島崎の魅力を一つ知れたような気がする。彼女の知的さを垣間見ることができた。さゆりも知的だったが、彼女と島崎は根本的に性格が違う。


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