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表面上は祖父母の家に住んでいることになっているけれど、私のことを話すのにはまだ早い。それに、同情されたくない。
「ちょっと~、そこイチャつかない!」
違うクラスの髪をツインテールにしている女の子が私の方を指差す。私を見るその目に嫉妬が混ざっていた。
……あ、この子、谷沢くんのことが好きなんだ。
「徹、一緒に何か歌おうよ」
ツインテールを揺らしながら、谷沢くんにマイクを渡す。ハイブランドの香水の匂いがする。「女の子」って感じが誰よりもした。
「え~、俺歌いたい気分じゃねえよ」
「いいじゃん~~。ノリ悪いよ~~。もう、曲入れたし!」
女の子は強引に歌い始めた。谷沢くんも諦めたのか歌い始めた。
……二人とも上手い。
華の高校生活だ。私とは無縁だった。……けど、加奈子と放課後に喫茶店に行く時間の方が好きだ。
こんなはずじゃなかった人生を少しだけ良い方向に変えてくれたのは加奈子だった。
チラッと携帯の画面を見るが、加奈子からの通知はない。こんなに返信がこなかったことはない。私はコップを持ち、その場に立つ。
どこ行くの、という目で谷沢くんは私の方を見た。私は「ドリンク」とだけ一言放ち、部屋を出た。
籠った熱気から解放されて、呼吸がしやすくなった。
コーラをもう一度コップに入れていると、「まつり?」と私の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、大人になった「彼」がそこにいた。
この男と過ごした自分の過去を殴りたかった。私は固まったまま、何も言えなくなった。最後に会ったのは彼が高校生の時だ。
「覚えてる? 俺はもう大学生だよ。まつりはあの時まだ中学生だったっけ?」
この男の名前を知らない。私が中学生の時に、間違った道を進んだ場所にいた。姉に忘れ去られた私は自分の価値を見失っていた。
だから、誰かと繋がっていることで自分を保っていた。それが良くない方法だと知っていたのに……。
「無視?」
男は顔を顰める。
どうして運命はこうも残酷なのだろう。幸せになる権利を放棄した覚えなどないのに……。
「あんなに可愛がってあげたのに、忘れたのかよ」
「まつりん?」
丁度、男が私に触ろうとした瞬間、さっきのツインテールの女の子の声が聞こえた。
私はもう口を閉ざすことしかできなかった。コップに入っているコーラも炭酸が抜けきっているに違いない。
それぐらい私はこの時間が長く思えた。
「え、お前、友達いんの?」
「誰この人、まつりんの知り合い?」
「まつりが中学生の時に沢山遊んであげていたおにいさん」
男がニコッと笑う。その笑みに思わず鳥肌が立った。
「なにそれ?」
女の子の名前、なんだっけ。
私はこの子の名前を思い出そうと気を紛らわした。宮川さん、この子のことなんて呼んでたっけ……。
「こいつ、美人だけど、ヤッても反応薄くて面白くねえんだよ」
男の口からその言葉が出た瞬間、私はこの場から逃げたくなった。逃げたいのに、足が動かなかった。地面に根っこが生えたかと思うぐらい、少しも動かすことができない。
「え、何、まつりんってそういうタイプだったの?」
一番見られたくない相手にこの場面を見られたかもしれない。
「莉子、結構驚きなんだけど……」
莉子、だ。彼女が一人称を自分の名で呼んでくれたおかげで、思い出した。皆、この子のことを「りこっぺ」って呼んでいた。
「お前、高校でどんなキャラなんだよ」
男は私に視線を移す。鋭い視線に私は目を逸らした。




