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どれだけ疑われようとも、僕とさゆりはあの食堂で初めて合ったことにしとかなければならない。
『ふ~~ん』
それだけだった。清一はそれ以上踏み込まかった。
僕はそのことに驚いた。いくら気を遣っていても、「記憶喪失とか?」の一言ぐらいはあると思っていた。
清一は、僕が隠そうとしていることを詮索しない。それが本当に分かった瞬間だった。
「それで清一は?」
僕は清一に話を戻した。
ちゃんと答えてくれるのか分からないが、彼がどんな回答をしようとも僕はそれを信じよう。
『絶対に馬鹿にするなよ』
「うん。しない」
僕は確かな声でそう言った。いつもなら「これまでにないぐらいの声量で笑ってあげる」って言っていたけれど、清一の声があまりに真面目だったから、ふざけることができなかった。
『カエル味の飴玉がこの世にあるんだ』
またその名前を聞くことになるとは……。
清一も知っていたのか。
僕は「うん」と相槌を打つ。清一は話を続けた。
『それを舐めれば、記憶を消すことができるんだ。ただ、自由自在に忘れることができるわけじゃない。最愛の人を忘れてしまうんだ』
「うん」
高校生の頃に全く同じことを聞いた。嘘みたいな本当の話。この話を真に受ける者はとんだ愚か者だと思っていたが、僕はその愚か者の一人になり、そして、本当にその効果を知った。
『今ではその噂の一部が出回って、自分が一番なくしたい記憶を失くすことができる、なんて言われているみたいだけど』
「急に便利な飴玉になっちゃった。……てか、それ危険じゃね?」
あの時の女子高校生たちはどっちの噂を知っていたのだろうか。
『ああ、危険だよ。効果を知らずに飲んだら……って、沖原、俺の話、信じてる?』
「嘘なの?」
『嘘じゃねえけど、そう簡単に信じれる話でもないだろ』
「清一が嘘つくとは思えないから」
僕は自分もカエル味の飴玉の存在を知っていたということを隠した。
『お前、良い奴だな』
「知ってる。それで?」
『その飴玉の呪いを解こうと思って』
「ちょっと待て、呪いって解けるのか?」
清一の言葉に思わず食い気味に聞いてしまった。そんな話は聞いたことはない。
失った記憶は取り戻すことはできない。そう勝手に思い込んでいた。
『いや、分かんねえ』
「……だから、自分でその呪いを解く方法を探す為に、あんなどでかいカエルを持っていたのか?」
『……うん』
清一らしい。
あのカエルの大きさをよく発見できたと思う。……それぐらい記憶を取り戻したかったのだろうか。
「誰かに忘れられた?」
僕の言葉に清一は『どうだろうね』と濁した。




