第26話 魔族の子供がいた!
黒ローブの女の子は肌が紫色だった。
どう考えても人間ではない。
でも顔立ちは人間の女の子そのものだ。
俺の頭の中で警笛が鳴っている。
魔族なのではないか、そんな言葉が俺の頭の中を巡っている。
「えっとー、君は誰だ?」
「…………」
「ああ、俺の名前はヨハスギ・マルだ」
「…………」
やべ、会話が成り立たねぇ。
見た感じは中学生くらいの女の子だ。
俺は自慢じゃないが女の子と会話するのが苦手なんだ。
なんていうのかな、共通の話題がないんだよな。
男の子だったらゲームの話とかで盛り上がれるけど、中学生くらいの女の子って思春期真っただ中だし、ちょっと話かけただけでセクハラとかなんだとか言ってきそう。
お互いに無言が続くこと数十秒。
やっと女の子が口を開いた。
「……ヘレン」
「ん?ヘレン?それが君の名前か?」
俺がそう問いかけると女の子は頷いた。
ヘレンか、なかなかおしゃれな名前だな。
西洋とかでありそうな名前だ。
「ヘレンはどうしてこんなところにいるんだ?」
「…………転移に失敗した」
転移と言ったか今。
おいおい、魔法といえば転移魔法だろ?俺がめっちゃ憧れる魔法じゃねぇか。
使える人は殆どいないって聞いてたけど、ヘレンは使えるらしい。
まあ嘘ついている可能性だって否めないけど。
「転移に失敗してずっとここにいたのか?」
「……うん。ここは人間の国だから外に出たら危ない」
はい、決まり。魔族だわこの子。
人間の国って言うやつが人間なわけないし。
どうすっかなこれ。
迷子センターとかあったら連れていきたいところだけど、多分街に連れて行ったら即捕まるよな。
どう見ても魔族だし。肌の色は誤魔化せないし。
……まぁ、とりあえずこの娘の素性は置いておくとして、どうやってこの地下で暮らしていたのかを聞かないといけない。
「ヘレンはどうやってこの地下で暮らしていたんだ?」
「……小動物を食べた」
「なるほど……」
小動物は確かにいる。
ドブネズミらしききたねぇ小動物がな。
そんなものを食べて生き長らえていたとは、サバイバル根性極まれりだな。
「何日くらいここにいたんだ?」
「分からない。もう何日目かも。多分、一ヶ月以上」
ヘレンは自分の爪を見てそう言った。
恐らく爪の伸び具合である程度の目測がたったようだ。
それにしても一ヶ月以上か。
こんな鼻の曲がりそうな場所に一ヶ月もいるなんて正気じゃない。
「一ヶ月以上この地下道で寝て起きてを繰り返していたのか?」
「違う。この先に寝床がある」
ヘレンはそう言うとてくてくと歩き始めた。
この先と指差した方向はあまり足を運んだ事のない地下道だ。
歩く事数分。
辿り着いたのはこれまた汚い木の板で仕切りを作った簡易的な家だった。
近づくだけで強烈な悪臭が漂ってくる。
女の子にくせぇ!なんて言える根性がない俺は息を止めて近付いた。
「ここが私の家」
「そ、そうか。なかなか個性的じゃないか」
いかん、鼻が曲がりそうだ。
「どうぞ」
ヘレンが手招きしている。
多分、中に入ると臭い指数は数段跳ね上がるだろう。
よし、ここは入らないという選択肢を突きつけるとしよう。
「いや、流石に悪いよ。女の子の家に入るのは気が引くっていうか」
「私が構わないと言ってる」
くそが!
打つ手無しか。
俺の鼻よ、もってくれ。
俺は意を決してヘレンの家へと足を踏み入れた。
刹那、俺の鼻を破壊すべく凶悪な臭いが直撃した。
息を止めていても何の意味もなさなかった。
「オエェェェッ!」
俺は吐いた。
しかもヘレンの寝床の上に。
吐瀉物がヘレンの寝床を更に汚していく。
俺は止められなかった。
吐き気という本能には抗えない。
ひとしきり吐いた後俺は申し訳なさで土下座を敢行した。
「すまん!新しい寝床を作るの手伝うから許してくれ!」
「…………」
ヘレンは無言である。
怒ってるかな?
いや、怒るよな普通。
だって自分の寝床に吐かれてるんだから。
俺だったらブチ切れ案件ですわ。
「じゃあ人間の国を案内して欲しい」
「え!?」
ヘレンの口から出てきた言葉は青天の霹靂だった。
新しい寝床を作るんじゃなくて、案内して欲しい?
「私は魔族だから一人でうろつけない」
「まあそれは分かるけど……いやでもリスク高すぎやしないか?」
魔族が街の中を歩いている光景なんてこの世界に来て一度たりとも見たことがない。
紫色の肌なんて見ればすぐに分かる。
いくらフードを被っていたとしても近付かれたら確実にバレるだろう。
「うーん……そうだな、よし!じゃあこうしよう。俺が明日綺麗な水を汲んでくるからそれでまずは身体を洗おう。街を出歩くのはそれからだ」
「臭いから?」
「うっ……まあそうとも言うが、ほら、清潔感がないと人間にバレるかもしれないだろ?」
というより臭すぎて誰も近づこうとはしないだろうけど。
俺だって横を歩けと言われればなかなかキツイものがある。
「……分かった」
「悪いな。明日は必ず来るから」
そう言って俺はヘレンと別れ帰路に着いた。
宿に戻ってからもヘレンのことが頭から離れなかった。
魔族ってのは転移魔法が当たり前に使えるのだろうかとか、悪臭に強い性質なのかとか、人間とどれほど犬猿の仲なのかとか。
考え始めるときりがない。
とりあえず今日はもう寝るかと俺はベッドへと潜り込んだ。
翌朝俺は魔道具店へと足を向けた。
水が沢山出る魔道具をかわないといけないからな。
バケツで汲んで持っていくわけにもいかないし、今持っている魔道具じゃあ身体を洗うなんてとてもじゃないができやしない。
手を洗ったりする程度ならいいが、ヘレンの場合は全身が汚れきっている。
「あら、どうしたの。ヨワマル」
「ヨワマルって定着しすぎじゃない?」
店主にもヨワマルと呼ばれているのは常日頃から冒険者の奴らが色んなところで俺を呼ぶ時ヨワマルヨワマルって叫ぶからだ。
まあそれは今置いておくとしよう。
「水がめっちゃ出る魔道具ってあります?」
「あるわよ〜、そこの水瓶がそうね」
棚に置かれた水瓶を手に取るとズッシリとくる重さがあった。
確かにこれなら大量の水を出せそうだ。
「これいくら?」
「三十銀貨よ」
以外に安いな……いや待て待て、俺にはレオンの依頼を手伝った時の報酬があるとはいえ三十銀貨といえば三十万円ほどだ。
全然安くないぞ。
「まけてくれません?」
「ええ〜?そうね〜、まあ下級冒険者のヨワマルにはキツイか。じゃあ二十五銀貨でどう?」
二十五万も決して安くはないが魔道具自体そもそも高い。
俺は即決して魔道具を購入した。
ギルドで毎度おなじみの依頼票を取りその足で地下道へと向かう。
まずはヘレンを探さないといけないが、多分寝床のあった近辺にいるだろうと当たりをつけてそこへと向かった。
「おーい、ヘレン。どこだー?」
寝床の近くにはいなかった。
食料でも取りに行っているのだろうか。
しばらく寝床付近で待っているとヘレンがネズミ片手に戻って来た。
「お?狩りに行ってたのか」
「うん」
相変わらずきたねぇ格好だ。
どうせなら新しいローブとかも用意してこれば良かったか。
「ほら昨日言ってたろ?水を持ってきたからこれで身体を洗え」
「ありがとう」
水瓶をヘレンに手渡すと俺は少しその場を離れた。
いくら小さい魔族のこどもとはいえ裸を見られたくはないだろうからな。
俺は配慮のできる人間なんだ。
「お待たせ」
水浴びが終わったヘレンから声がかかると、振り向く。
そこにはマッパの彼女がいた。
「服は!?」
「服はない。この汚いローブならある」
「着ろよ!何のために俺が後ろ向いてたと思ってんだ!」
「でもこの汚いローブを着たらまた汚れる」
「じゃあそのローブをよこせ!」
俺はヘレンからローブを奪い取ると手揉みで汚れを洗い流した。
固く絞りある程度水気を落とした後ヘレンへと投げ渡す。
「……冷たい」
「文句言うなよ。これで街に出られるようになったんだから」
ちょっと不格好だが、ローブ姿の冒険者だってたまに見かけるしそこまで目立つことはないだろう。
「よし、行こうか」
俺はヘレンを連れ立って地下道を出た。
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