第17話 やればできる!
ゴブリンはジリジリと俺との間合いを詰めてくる。
モップとナタでは倍以上のリーチがある。
つまり、近づきすぎれば俺の突きが繰り出されるって訳だ。
それでも俺の冷や汗は留まることを知らない。
だってナタだぜ?
掠っただけでも肉が削げ落ちそうだ。
「オラァ!来いよバケモン!」
俺は全力で啖呵を切る。
無理矢理にでも自分を奮い立たせなければ魔物と対峙するなど不可能だ。
既に俺の足は若干震えている。
ゴブリンなんて雑魚中の雑魚じゃなかったのかよ……。
俺の目の前にいるゴブリンなんて緑の肌ってのはゲームとかで見たまんまだが、腕と足の筋肉はモリッとついているし眼つきなんて殺し屋みたいに釣り上がってやがる。
「グギギギ……」
「あん?何だって!?もっとハッキリ言ってくれねぇと聞こえねぇなぁ!?」
「グギィィィ!」
「グギグギうるせぇよ!」
睨み合いは十秒を超えた。
ゴブリンも下手に飛び込んでくるわけにいかずタイミングを見計らっている。
そして俺も一気に突きを繰り出せる程の度胸はない。
あの今にも俺の腕を切り落としそうなナタが視界に入って飛び込むなんて絶対できねぇ。
「グギィィィ!!!」
いよいよ痺れを切らしたのかゴブリンはナタを振り上げて走り出した。
来たか、と俺は黒龍丸を握る手に力を込める。
勝負は一瞬。
俺の突きが綺麗に入れば勝つし、躱されれば凶悪な光を放つナタが俺の胴を薙ぐだろう。
「うぉぉぉぉ!」
「グギギギィッ!」
ナタを振り上げて跳躍したゴブリンの喉目掛けて俺は全力を込めて黒龍丸を突き出す。
手に柔らかい感触が伝わってくると、そのまま俺は腕をめいいっぱい伸ばした。
俺の繰り出した黒龍丸の突きは綺麗にゴブリンの喉を穿ち、跳躍した勢いと相まってズブリと喉を貫いた。
ゴブリンはもう何も言葉を放つことはない。
黒龍丸の先っぽで腕をダランと垂らしナタを地面に落とした。
そのままカッコよく黒龍丸を振るって突き刺さったままのゴブリンを放る事ができれば良かったが俺の腕力では難しくその場にゴブリンを落とした。
黒龍丸は緑色の血液に塗れ汚れていた。
「ハァ……ハァ……やった、やってやったぞ!!俺はスライムを飛び越してゴブリンを倒したぞー!」
これが命の駆け引きかと思うと身震いが止まらなかった。
この世界に来て初めて生き物の命を奪った瞬間だった。
俺は下水道掃除用にストックしていた布で黒龍丸を綺麗にした。
緑の血液はなかなか取れなかったが、汚れ落としのポーションですぐに取れた。
「ヘッ……俺も結構やれるじゃん」
我ながら凄いと思う。
この世界に来て、スライムも倒せない、弱い、雑魚と散々な言われようだったが俺は確実にゴブリンを仕留めた。
これは優勝ものじゃないか?
今日は絶対に祝杯を上げてやると強く心に誓っていると、地面を蹴る音が聞こえ咄嗟に顔を向けた。
そこには三匹のゴブリンが各々武器を手に俺を睨み付けていた。
流石におかわりは望んでねぇぞ……。
というか一匹でも苦戦したのに三匹同時になんて自殺行為だ。
「グギギギ」
「ググ……」
「グギギグギィ」
何言ってるか理解できないが何かしら会話が行われているらしい。
しかも三匹の視線は真っ直ぐに俺へと注がれていた。
正直いって絶体絶命だ。
さっきは必死に戦って何とか勝てたが、次も上手くいく保証などどこにもない。
それに今度は一匹ではなく三匹だ。
どう頑張っても勝ち目は低いだろう。
仕方ない、ここは俺の切り札を使うしかない。
俺は深呼吸を一つすると、勢いよく口を開いた。
「誰かー!助けてくださーい!!」
あまりの大声にびっくりしたのか三匹のゴブリンもちょっとだけ後ずさる。
俺が叫んで十秒が経過した。
悲しい事に助けなど一切来なかった。
ただの虚仮威しだと思ったのだろう、ゴブリンは武器を片手にジリジリと距離を詰めてきた。
仕方ない……ここは最後の手段だ。
俺は振り返り全力で足を動かした。
そう、全力の逃げである。
逃げて生き残った者が勝つ!
「ギギギ!」
「ギギャギャァ!」
「ググギギィ!」
ゴブリンも俺が逃げの一手を選んだのが分かったのか、全力で追いかけて来た。
それはもう殺意の籠もった形相だった。
勿論俺も必死の形相だが、この追いかけっこどちらが勝つかなど目に見えている。
ゴブリンだ。
残念ながら多少筋トレと剣の指南を受けたからといって劇的に体力が増えるなどゲームの中だけである。
現実はそんなに甘くないぞ!
と、自分に戒めるように心の中で叫ぶがそんな事も考えていられない程俺の息が上がってきた。
「ハァ……ハァ……く、クソがぁぁぁ!」
あまりの不甲斐なさに俺は叫んだ。
無駄に体力を消耗する行為だが、叫んではいられなかった。
このままだと本当に追いつかれてしまう。
追いつかれたらどうなるか、そんなの簡単だ。
嬲り殺しに合うだろう。
こうなったらやるだけやってやる。
俺は突然足を止め振り返ると道具袋に入っていた臭い消しのポーションを投げつけてやった。
「グギッ!?」
「グゲェ!」
いきなり追いかけていたはずの人間が何かを投げつけてきたのだ。
当然ビックリして足を止める。
ちなみに臭い消しのポーションに攻撃できるような力はない。
強いて挙げれば汚いゴブリンの身体が清潔感を増すという事だけ。
そして俺はゴブリン共が足を止めたのを確認して踵を返しまた駆け出した。
これは時間稼ぎの作戦。
まんまと引っ掛かったようで助かったぜ。
ただしその代わり、ゴブリンの怒りは頂点に達したらしい。
ブチギレのご様子だった。
そのまま追いかけっこが五分ほど続くと俺の体力が限界に来た。
ゴブリンも流石に疲れたのか肩で息をしていた。
お互いゼーハーと荒い息を吐いて息を整える。
「ふぅ……やっと落ち着いた。心臓が破裂するかと思ったぞてめぇら」
「グ……グギギィ」
あ、何となく今の言葉が理解できたかもしれん。
多分、俺もって言ってた。
「しゃあねぇ、お前がそんなに戦いたいならやってやるよ。掛かってこい!」
啖呵を切ったのはいいが、何にも作戦は考えていなかった。
体力もない、力もない、頭も良くない、こんな俺だがたった一つだけ誰よりも優れている点がある。
それは運の良さだ。
今までどうやって生きてきたか、運が良かったと片付けられる事ばかりだ。
「よし!オラァ!」
覚悟を決めると俺は勢いよく黒龍丸で突きを繰り出した。
「グギャッ!」
棍棒で弾かれると、今度はその勢いを殺さずに身体を回転させて別のゴブリンの頭を狙った。
「グベッ!?」
丁度回転してきた黒龍丸の先っぽが一匹の頭を直撃した。
ほらな、運だけはいいんだよ俺。
だがまだ油断はできない。
一匹は気絶でもしたのか地面に転がるとそのまま起き上がっては来なかったが、他の二匹は殺る気満々だった。
「グギギギィィィ!」
何を言っているのか分からないがゴブリンの一匹が多分雄叫びを上げて錆びついた剣を大きく振り上げた。
それを俺は後ろに大きく跳んで躱す――はずが石ころに躓いてそのままみっともない転び方で後方へとゴロゴロ転がった。
「い、痛え……」
ダサかったが結果的にはゴブリンの攻撃を避ける事ができた。
良しとしよう。
ただ全然戦況は良くなっていない。
俺の命を刈り取ろうとゴブリン共は虎視眈々と狙っているし、俺は俺で身体が悲鳴を上げている。
これは明日筋肉痛で死んでるだろうな。
誰も助けてはくれない。
頼みのレオンやサラスティさんは魔族討伐の為に遠征に出たばかりだし、ロナルドさんの所に行こうにもゴブリンがそう簡単に行かせてはくれない。
これが俺の最期か……
そう覚悟を決め目を瞑ると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「おい、ヨワマル。もう諦めたのか」
その声はこの世界で初めて聞いた人の声だった。
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