第14話 明日は絶対筋肉痛!
さて、まずは今の状況を説明しよう。
俺はロナルドさんが見てる前で木剣を振ったんだ。
するとどうしたことかロナルドさんは固まってしまった。
お前に剣術は向いていない。
そう言いだけな表情で目だけを俺に向けてくる。
「……マル殿、こんな時におふざけは良くないな」
「……真剣ですけど」
「……そうか」
何とも言えない空気が流れる。
空気が凍るってこんな感じなんだ。
「ふむ……なるほど。団長が自分には務まらないと言ったのが理解できたよ」
「そうだろう。私は何から教えたらいいのかすら検討がつかん」
教える側が悩むくらいってよっぽど酷いんだな俺。
二人があーでもないこうでもないと議論を交わしている間、俺はただボーっとその様子を眺めていた。
「よし、方針は決まったぞ!」
数分かけた議論でついに結論が出たらしい。
「マルに剣術は無理だ!徒手空拳を覚えてもらおう!」
「え?は?」
徒手空拳ってなんだよ。
もう剣一切関係ねぇじゃねぇか。
なんなら騎士団で教えてもらう内容ですらないだろ。
「徒手空拳ってそもそもなんなんですか?」
「言葉通り素手で戦うのだ」
「素手……俺筋力もカスですけど」
「むむ……筋力もないときたか」
またロナルドさんと協議が始まったよ。
俺に教えるだけでそんな苦労する?
俺だって多少は筋トレした事だってあるんだよ。
ただ三日も持たなかったけど。
「よし!決まったぞ!」
二度目の結論が出たらしい。
さあ次は何と言われるか、ドキドキするな。
「やはり剣術をほんの少しばかり覚えてもらおう!」
「おお、俺も剣術を覚えられるんですね」
「いや、覚えられるようにではない。剣を使えるように、が最終目標だ」
目標低っ。
剣を使えるようにって使うくらいは俺だってできるわ!
カチンと来た俺が木剣を縦に横にと振り回すと、ロナルドさんまで憐れみの目を向けてきた。
「ここまで運動神経の悪い人を初めて見たよ」
「そんなにですか!?俺!」
「とりあえず剣を真っ直ぐ縦に振り下ろせるようになろう。まずはそこからだ」
そして始まった剣術指南もとい剣の基礎訓練。
俺は三十回ほど剣を素振りすると、息が乱れる。
その度にコソコソロナルドさんとサラスティさんが協議をする。
そしてまた剣を振る。
疲れて休憩する。
協議が始まる。
この繰り返しを十回ほどすると、ようやく剣を真っ直ぐ振れるようになってきた。
ただ、俺の感覚ではの話だ。
ロナルドさんとサラスティさんからは褒め言葉を投げ掛けては貰えない。
「腰が曲がっているぞ!目線は下げるな!」
「は、はいっ!」
俺は言われた通りにやっている。
つもりなのだが、まだへっぴり腰らしい。
徐々に日が暮れてくると流石に俺の腕は殆ど上がらなくなっていた。
そういえば途中からロナルドさんもいなくなってたな。
「よし!今日はここまで!」
「あ、ありがとうございました……」
俺はもうヘロヘロだった。
歩くどころか立つのもキツイ。
地面に座り込むとどこから汲んできたのかサラスティさんはコップ一杯の水を手渡してくれた。
俺はそれを一気に喉へと流し込む。
「くぅぅぅ!冷たい!いやー訓練の後の一杯の水って格別に旨いですね!」
「ふふふ、そうだろう。明日からは下水道掃除を終えたら訓練だ。流石に今日のように一日中はせんから安心しろ」
「あ、はい」
なんか当たり前のように明日も訓練とか言われたけど、俺了承してねぇよ。
それに疲れてたから普通に返事しちまったよ。
まあ……いいか。
強くなる分にはデメリットなんてないし。
ただなぁ、恐らくだけど俺は明日筋肉痛で死んでると思うんだよな。
こんなに動いたの初めてだし。
「そういえば今更なんですけど、サラスティさんって騎士団の仕事は大丈夫なんですか?毎日俺を手伝ってくれていますけど」
「む……まあ、うむ。問題ない」
反応的に問題ありありじゃねぇか。
おいおい、まさかとは思うけど仕事サボる理由にしてないか?
下水道掃除よりしんどい仕事ってなんだよ。
「仕事……してないんですか?」
「む……して、いる」
してないわこれ。
絶対やってない反応ですわ。
「何の仕事なんですか?やっぱり護衛とかですかね?」
「いや……私のように団長クラスにもなると滅多な事では外に出ん。……書類仕事ばかりだ」
あー理解理解。
書類仕事が嫌になって飛び出したところ、俺を見つけたって訳か。
それで若者を育てたい的なそれっぽい言葉を並べ立てて仕事をロナルドさんに押し付けたってとこだろ。
「いいんですか……サボっても」
「サボってはいない。少しばかり気分転換をしているだけだ」
ものは言いようだな。
普通にサボりじゃねぇか。
新入社員がサボるときでももっとマシな言い訳するだろ。
「サラスティさんがいいなら別に俺は何も言わないですけど。でもそのせいで他の団員から俺が怒られるみたいな事にならないようにしてくださいよ?」
「む、そこは大丈夫だ。みな私が書類仕事を極端に嫌っている事を知っている」
バレてんじゃねぇかサボってるの。
騎士団長ともあろう御方がそれでいいのか?
騎士団は正常に動いているのか?
まあロナルドさんがいるから大丈夫なんだろうけど、なんだか不憫に思えてきた。
「ロナルドさんが過労で倒れなければいいですけど……」
「問題ない!あれは丈夫だからな!」
そういう問題ではないが。
これ以上何を言っても無駄な気がしたので俺は会話を切り上げた。
「ではまた」
「うむ!また迎えに行くからな!」
元気いっぱいの挨拶を受けて俺は帰路についた。
流石にヘロヘロだ。
あれだけ動けば本当に明日筋肉痛でベッドから起き上がれないかもしれん。
宿についた俺は早々に夕飯を済ませさっさと風呂場へと行く。
シャワーとまったく同じような魔導具で身体を洗い自室へ戻るとベッドにダイブした。
ああ、このまま死んだように眠ってしまいそうだ。
微睡みの中、明日もまた下水道掃除かと思うと憂鬱な気分になる。
いくら慣れてきたからとはいえ、下水道は臭いんだ。
あの臭いはなかなか慣れるものでもない。
そういえば自前のモップを用意しようかな……。
そんな事を考えながら俺は意識を手放した。
夜が明けると案の定俺はベッドから起き上がれなかった。
身体はバキバキになっている。
やはり昨日の運動が響いているらしい。
指一本動かすだけでも激痛が走る。
これは今日は無理だなと二度寝しようと瞼を閉じた瞬間、俺の部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「おはようマル!やはり起きれていなかったようだな!」
「サ、サラスティさん……どうしてここに」
「む、そんなもの決まっている!下水道掃除に行くぞ!」
元気が有り余ってるな。
というかどうやって鍵を開けたんだよ。
俺の部屋は誰でも入れる仕様じゃないんだぞ。
「鍵はどうしたんですか?」
「む、鍵は……壊れた」
壊れた、ではなく壊した、が正解だろう。
勢いよく開けたからか蝶番も歪んでいるように見えた。
「昨日の疲れが取れていないのか」
「まあ、そうですね。こうなる事は想像できてましたけど」
「ふむ……鍛錬が足りんな」
サラスティさんは腕を組み何かを考える仕草をとった。
もうこれ以上俺の身体を酷使させないでくれ。
「よし、では今日は街をぶらつこうではないか!」
「ぶらつく?」
「うむ。毎日休みなく働くのもいいが、たまには息抜きもいるだろう。それに昨日の給金を渡していなかったし、今日の買い物は私が奢ろう」
奢りというワードはいつ聞いても素晴らしいものだ。
俺は気合で身体を起こし服を着替えた。
サラスティさんは普通に部屋にいたが、俺の裸を見られた所で大したものでもない。
サラスティさんも騎士団で見慣れているのか俺の上半身をマジマジと見つめていた。
着替えが終わるとサラスティさんは小さく呟く。
「ふむ……なんと不憫な身体つきなのだ」
朝からいきなり貶してくるのはやめてくれよ。
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