第一章 プロローーーグ!
夜葉杉丸、大学四年生。
もうじき就職活動が始まるそんな時だった。
横断歩道を渡る俺に差し込む強烈な光。
まさかこれはトラック!?
かと思いきや足元に埋まっていた不発弾が爆発したらしく俺は天に召された。
短い人生だった……
ああ、彼女とか作りたかったな……
俺の人生はここで終わる。
「って死んでねぇじゃん」
目を開けるとそこは大草原広がる見知らぬ土地だった。
まさかこれが天国というものだろうか。
鞄を持っていた筈なのに何故か消えていて、俺は私服姿で手ぶらのままよく分からない土地に放り出されていた。
というかまずはここが何処か知りたい。
天国なら天使とか優しそうな神様とか出てきてもいいと思うんだけど、ぜんっぜんそんな気配がない。
あるのは地平線まで見渡せる大草原だけ。
よく考えろ俺。
これってもしかして異世界転移ってやつじゃないだろうか?
いや!間違いなくそうだ。
だって空気が美味しいから。
東京の空気ってなんだかちょっと濁っているというか、排気ガスの臭いがどこでも漂っているからな。
いやいやそんな事よりもこの状況を何とかせねばならん。
とりあえず周りを軽く見て回る事にした。
「何にも無いじゃないか……」
驚く事に木の一本すら生えていない大草原に俺の心は折れた。
せめて木陰とかあってもよくないかな。
これだけ何にもなかったら歩いていても代わり映えしない景色に嫌気が差してくる。
魔物とか出てこないかな……
いやいや、いま出てこられたら死んじまうよ。
よく考えたら俺手ぶらだし。
一時間はぶらついただろうか。
何にもない草原をひたすら真っすぐ歩いていると小さなゼリー状のナニカを見つけた。
「あれって……もしやスライムか?」
近づいてみると水溜りを立体化しました、みたいなサイズのスライムがいた。
ぷるぷるしてる。
初の魔物との遭遇はこんなもんかと無視して通り過ぎようとすると、スライムが突然ブルブル震え始めた。
威嚇のつもりかな?
「なんだよ、やるってのか?」
プルプルプルプル
なんか癒やされちまうよそれ。
まあスライム程度俺の拳でワンパンってやつよ。
「おらっ!」
全力で振り抜いた拳はスライムの中心を貫いた。
ぶにゅる、と何ともいえない感触が手に伝わり背筋がゾワゾワする。
「手応え全然ないな」
プルプルプルプル
ぷるぷるすんな。
どうやって倒せってんだこれ。
物理じゃ無理だろ。
困り果てているといよいよスライムが攻撃してきた。
ギュッと縮こまるとゴムボールのように弾かれ勢いよく俺の腹に突進してくる。
「グヘッ!」
なかなか強烈なボディブローを喰らって一メートルほど吹っ飛んだ。
なんか思ってたよりつよくてビックリ。
「やるなスライム!」
プルプルプルプル
それ返事してんのか?
まあいい、こんな魔物とやり合ってられるか。
俺は踵を返し元きた道を走った。
スライムの移動速度は亀並みに遅いらしく俺の速さについてこれなかった。
フッ、自慢じゃないが俺の足は遅い。
それでも追いつけないって事は……俺以下って事だ!
馬鹿め!下等生物め!
適当に悪態ついて今度は反対方向に歩き続けた。
もう方角も分からないしとにかく真っすぐ行けばどっかには到着するだろ。
……
……
……何にもないな。
もうかれこれ三時間は歩いている気がするけど、何にも人工物らしきものは見えない。
喉も渇くしお腹は減るし、足も疲れてきた。
でもこういうのは継続が力なりって言うしな。
自分に言い聞かせて俺はひたすら歩いた。
日も暮れてきた頃俺はやっと人工物を見つけた。
「よっしゃぁぁぁぁ!」
不思議と力が漲ってきた俺は全速力で駆け抜ける。
人工物があるということは文明があるという事。
そう、つまり現地住民との初の邂逅となるのだ。
「なにこれ……」
人工物と思っていたそれは、白い瓦礫と化した建物だった。
恐らく神殿みたいなやつだろうか。
丸柱のような石柱が倒れているし石像らしきものも砕けて地面に散らばっている。
そこそこ大きかった建物だろう。
とりあえず足を休めたかった俺は、石でできた階段に腰掛け溜め息をついた。
日が落ちると辺りは驚くほど暗く、明かり一つない。
徐々に視界が慣れてくるとボンヤリとだが、周りの景色が見えるようになってきた。
月明かり、ではないだろうがそれに近しい星の灯りだけが唯一の光。
野宿なんてやったことがなかったけど、ちょっとワクワクしてしまうのは異世界だからかな。
朝日に照らされ目を覚ますとまた大草原広がる景色が視界に飛び込んでくる。
また今日もひたすらに歩く事になるが、人工物があったという事は人の住んでいる地域も近いはず。
そんな藁にも縋る思いで俺は歩き出した。
永遠に続いていく草原。
視界が黄緑で支配され、目がバグってきた。
「腹減ったなぁ……」
柄にもなく独り言を零してしまう。
こんなに食事をせずにいるのもいつぶりだろうか。
あれは確か大学一年生だった頃に……
いやいや、辞めておこう。
嫌な思い出を振り返ると足取りも重くなるってもんだ。
太陽、ではないがそれと近しい何かが頭上にまで来ると日差しがキツく歩く速度も自然と遅くなってきた。
喉が渇く……腹が減る……早く人に会いたい。
ふと耳を澄ますと金属音が聞こえてきた。
近くで何かを叩いているのか、人か魔物か。
何でもいい、人であってくれと祈りながら俺は音の鳴る方へと走った。
音の正体は誰かが魔物と戦っている音だった。
隠れる場所がない為俺は離れた所でその戦いを観察する。
甲冑を着た人と頭身の低い醜悪な緑の化け物が戦っている。
ゴブリンってやつかな?
漫画とかでよく出てくる魔物にそっくりだった。
剣戟は激しくゴブリンと思わしき魔物が態勢を崩した所を、甲冑騎士が剣を一突きする。
緑の血液が飛び散り黄緑色の草原を染めていく。
どっちも緑で全然分からん。
戦いも終わり甲冑騎士が一息ついているところに俺はゆっくりと近づいて行った。
「さっきからずっと見ていたな。何者だ」
甲冑騎士が俺に剣先を向け警戒を露わにする。
興奮状態が冷めきってないのか?
怖いなもう。
とりあえず両手を上げておくとしよう。
「怪しい者ではありません」
咄嗟に出てきたセリフがもう怪しいやつが言うセリフだった。
気が動転してるらしいな俺。
「怪しい者のセリフではないか」
まあそうなるよな。
俺だってそう思うもん。
「いやいや、ほんとに。ただの通りすがりですよ」
「ふむ……それにしては身軽な奴だな。……それと何と弱そうな見た目か」
それはそう。
俺何にも持ってないから。
というかこんな何も無い状態でよく大草原を歩き続けたもんだよ。
褒めてくれよ誰か。
というかシレッとギスんなよ。
傷つくでしょうが。
「それで?私に何の用だ」
「用というか、あのーここって何処ですかね?」
「はぁ?」
分かるよその気持ち。
何言ってんだコイツみたいな態度辞めて、ちょっと傷つくから。
最近の大学生って傷つきやすいんだからさ。
「そのですね、信用して貰えないと思いますけど――」
俺はいきなりこの世界へとやって来た事を説明した。
まあ当然ながら甲冑騎士は首を捻り変な奴を見るかのような視線を送ってくる。
見えてないけどね、甲冑で。
でも多分送ってる。
ヒシヒシと感じるんだよな、変な奴だなーっていう視線を。
「話は分かった。とりあえず精神的な汚染を受けた訳ではなさそうだな」
「受けてませんよ!」
「この幻惑の大草原で無事でいられるのは奇跡のようなものだぞ」
何その不気味な名前は。
幻惑ってなんだよ、そんなヤバいところを手ぶらで歩いてたのか俺。
「幻惑の大草原は精神に作用する花粉が漂っている。私のように精神汚染対策の魔道具を身に着けるのは必須だぞ」
「持ってるわけないですよねー」
「それが不思議なのだ。うーむ、街でも見たことがない顔……本当にお前どこから来たのだ」
もう既に話しましたけど?
聞いてなかったのかな?
「もう一度説明しますと――」
一応聞いていなかった事を考慮しもう一度同じ話をした。
「もういい、それは聞いた」
聞いてるじゃねーか。
じゃあ分かるだろうが!
日本だよ!
日本からいきなりよく分からん草原に放り出されていたんだよ!
「とにかくここにいては危険だ。私と来い」
「あ、その言葉待ってましたぁ」
ふぅ、これでとりあえずの安全は確保できたな。
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