雨の陽
朝起きると小窓に水滴が付いていた。
デジャヴを感じるけれど思い出せない。
あ、思い出した。私は夢を見ていたんだ。
海の夢。
あなたはゆっくりと海底に沈んでゆく。掴んで引けあげたい。けれど瞼を降ろしたあなたの身体は鉛の様。私も沈んで往く。息が苦しくなる。
そこであなたは開眼して、口の動きで
「は、な、し、て」
と言った。私は耐えられず手を離して水面へ上がった。呼吸をしてすぐ水中を見渡すと、どこにもあなたは居ない。何故かひどく暑い水の中、ただ藻掻く。
そんな夢。
ぶるる、と震えた。六月も後半なのにこんなに朝が冷えるのは珍しい。風邪を引きそうだ。
ふと小窓を見ると陽が差していた。
雨が周りの色彩を吸い取って七色に輝く。
それも一瞬のことの様で、すぐに暗くなった。
行かないで、ただ願った。
私がおはようと言うとやはり貴方は、
「おはよう」
と返す。いつもの事なのに今日は何故かぎこちなくなってしまった。
学校まではなるべく下を向いて歩いた
なんだろう。今日は前の席にいる灰色のカーディガンがやけに遠く感じる。
――本当にいなくなっちゃうのかな。
指先の凍えと同じ位ちくちくと胸が痛い。
神経を尖らせて彼を監視しているともう一日が終わってしまった。みんな部活へと散っていく。今日は弓を射る気分になれなかった。ずっと貴方を見ていた。不安、緊張……。気付くと何故か私は寝ていて、肩には彼の手があった。
「下校時間過ぎてるから、ほら、帰るよ」
――まだ、生きている。
彼が死ぬと決まった訳でもないのに胸を撫で下ろした。
昇降口まで行くと、今にも雷が鳴りそうな空模様だった。
「これ、降るな」
途端、雨が降った。土砂降りだった。
――傘持ってないんだけど
今日一日で疲れて、彼に当たってしまった。不機嫌な私、最低。
「貸すよ、俺ジャージあるし」
彫刻の様な手で私に傘を差し出すあなた。その美しさに非人間的なものを感じた。そして、なぜか急激に彼の死を感じた。
「要らない」
言葉を放つや否や、彼に抱きついた。水のベールから彼の元へ逃げた。あたたかい。しかし次に聞こえたのは恐ろしい一言だった。
「はなして」
「――え?」
「放してって、暑すぎ」
なんだ、そんな事か、なんだ、なんだ。悔しさを込めてはにかんで言った、
「嫌だ、放してやらない」
カーディガンが溺れそうなくらい暖かかった。