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転生ヒロインの悲喜交々

転生ヒロインは世知辛いこの世を嘆く

作者: とも

 転生ヒロイン。


 小説やマンガなんかで見たことのある流行の設定に、自分が当てはまっていることに気づいたのはついさっき。


 近所の悪ガキ共と一緒に駆け回り、転んで胸を強打した。

 苦しくて苦しくて転がったまま呻いていたら頭の中で、ぱしん、と音が鳴るような感覚があって、走馬灯が怒涛のごとく駆け巡って気を失った。

 走馬灯はもちろん誤用だ。わかっている。なんたって自分はまだ生きている。

 目覚めた瞬間「生きているってすばらしい」としみじみ感動しながら、走馬灯じみていたなと考えた次第だ。

 走馬灯の内容は、日本での生活。テンプレか。

 そこら辺にいるような、ごく普通の成人女性だったので、特筆すべき長所も短所もなかったはずだ。

 仕事は営業だった。会社も普通に中小企業。特別世間様の役に立つ業種でもなかったので、本当にごくごく平凡な一生だったはずだ。

 なお、仕事は激務だがやり甲斐…はあったと思う。若干やり甲斐詐欺な部分もあったかもしれないが。「アットホームな職場」は地雷であるとは、後からネットで知った。


 多少平凡でなかったのは死因くらいか。

 歩いていたら路地から飛び出してきた自転車にはねられた。ちくしょう、あの男スマホ見てたな。許さん。




 さて、先ほど「転生ヒロイン」と自分をカテゴライズした訳だが、もちろん根拠はある。

 死ぬ前に見ていたマンガ、そのヒロインのミニチュア版だからだ。自分が。


 まじか。

 気づいた瞬間冷や汗がどっと吹き出した。


 あのヒロインのこと、好きではなかった。

 いや、はっきりと嫌いと言った方が良いだろう。

 絵が好きで、配信があるたびなんとなく追いかけていた作品だったのだが。


 ヒロイン、頭がお花畑なだけでなく、優柔不断の極みだったよなぁ、とキラキラした誌面を思い返す。


 元が乙女ゲームのコミカライズらしく、複数の見目麗しい男性たちから言い寄られていた学園物だった。

 例えば何か事件があったりヒロインの取り合いじみたことが起こると「そんな…私、そんなつもりじゃ…」なんて言いながら、ちらちら辺りを伺うのだ。苛つく。

 ライバル令嬢のいじわるにも「私が悪いんです。婚約者がいらっしゃる某様のお友達だなんて…」といつも、普段は元気溌剌!が代名詞のような行動なのに、こんな時だけ一転してうるうるお目々で儚い笑顔を見せつつ嘆き。

 それにキラキラしい顔面の青少年が「そんなことはない!いつも君の笑顔に救われているんだ」「そんな。私こそいつも助けてもらっていて感謝してるんです!」などなど。

 いやぁテンプレ。ワンパターン。

 そして青少年数名を侍らせてきゃっきゃうふふと楽しそうだった。

 フィクションだから楽しかろうで許されていたが、これが現実だったらゾッとする。


 勿論ヒロインの見目は素晴らしく良かった。

 お約束通りキャラたちの中で一番かわいかったなー。瞳なんてキラキラしていた。髪もつやつやだった。

 「私なんか~」などと謙遜しまくりだったが、それがまた鼻につく。平凡じゃないだろお前。何気に成績も良かったしな。


 思わず髪を触ってこれが?あれに?と目の前に持ってくる。

 現れたのはヒロインムーブのピンクブロンドではあるものの、ぺたりとした毛束だったので、思わずすん、とチベスナ顔になった。


 顔に触れると、肌はごわごわで、髪も前述のとおりぺったりしている。

 まだマンガの年齢に達していないせいか、育成状況はそこらの子供と同じなのか。


 ちなみに今世の自分は、容姿はともかく生活環境、両親共前世と同じごくごく普通の家庭である。

 そう。一遍の曇り無く、紛うこと無き庶民と言える。

 学校なんて行ってないし、家庭の中ではきちんと労働力として組み込まれていて、一日中遊ぶほど暇じゃ無い。今日はたまたま両親が妹を連れて出かけていて、主な仕事である子守が免除になっていただけだ。


 そんな庶民に毎日洗顔や入浴をする習慣はないし、定期的に美容院で髪を整えるなんて文化もない。

 着ているものは、ベッドに入っているから当然寝間着だがこれまた垢と埃でなんとなく汚い。

 これが当たり前だから清潔不潔なんて考えたことなかったけどね。

 だから自分も周りも、何もかもが薄汚れているのはしょうがない、と諦めねばなるまい。


 うへぇ、となるが、これが当然なのだ。


 例えば庶民は毎日着ているものを洗濯なんてしない。大変だし、毎日着替えるほど服を持っていない。

 逆に頻繁に洗っていたらすぐに痛んで破れたりほつれたりで着られなくなる。

 飲料水は井戸から汲んで家の中の水瓶に溜めておくが、洗濯は外にある用水路で行っていることを知識として知っているのだ。

 この世界の水はどうやら硬水らしく、なけなしの石けんを使っても泡立ち悪いので、その分洗濯棒でぶったたいたりぎゅぎゅっと踏んだり絞ったりするから当然生地は傷む。だから服は数日着てから洗濯なのだ。生活の知恵?


 ため息をつきながら、真横にある窓から見える外の景色を見回すと、なるほどナーロッパ。中世ヨーロッパもどき、というかまんまハ○ステンボス。ホテルやら商業施設やらがある所っぽい建物が並んでいる。あんなにきれいじゃないけどね。

 お約束過ぎて失笑する。

 転じて室内を見る。汚い。見えないところは変に現実的なのね、とげっそりする。


 ベッドから出てぺたぺたと数歩移動。

 水瓶の水をひしゃくで掬ってそのまま飲む。あんまりおいしくない。

 ここはナーロッパ要素を発揮して是非軟水にしてほしかった。そっちの方が味も好きだったし。


 そんなことをつらつら考えながら再度部屋を見回す。


 うん。狭い。汚い。

 狭いと言っても、何も無ければそこそこ広いと思われる面積だが、一部屋に台所、食事するためのテーブル、家族全員でごちゃっと潜り込むベッドまで置いてある。

 ちなみに集合住宅である。上階であるほど安い。階段だから昇るの大変だからね。私の家は3階。上から二つ目だ。

 これが普通。この世界の、一般庶民の平均だ。

 庶民中の庶民、トップオブ庶民。自分が知っている人達の中でもちょうど真ん中くらいの環境だろう。


 いや待て普通?これが?清潔大国ニッポンを思い出した、今の自分に耐えられるのか?


 無理だ。もう一度言う。汚い。床は埃だらけだし、食べこぼしか何かのシミだっていっぱいだ。

 天井の隅には蜘蛛の巣があるし、床の隅に積もった砂埃には鼠か何かの足跡がある。

 黒いヤツがいないだけマシなのかも。そもそも存在しているかどうかはわからんが。


 掃除するか?だめだ、使えるほうきが無い。ぞうきんも無い。

 普段は窓を開けて空気を入れ換えて、布団をぱたぱたするくらいで、ゴミなんて窓から外にぽいだ。掃き掃除なんて数ヶ月に一度するかどうか。

 ほうきは必要になったときに都度作成する。当たり前だ。ほうきの材料になりそうなシュロなんて無いし、竹箒状になる細かい枝なんかは焚き付けに使う。そっちの方が大事。

 中世ヨーロッパ?ナーロッパ?ではこれが当たり前なのか?わからん。

 少なくとも今の自分の周りではこれが普通だ。

 毎日掃除、常に清潔に、なんて提唱してみろ。気狂い扱いになること請け合いだ。


 頭の中でそんな益体の無い考えがぐるぐる回る。だんだんと思考が加速していき、じわじわとにパニックになる。

 ぎゃーとなって頭を掻きむしると爪の間にフケがみっちり。ついでに爪も真っ黒だ。

 もう一回ぎゃーとなる。つらい。泣ける。


 なんだよこれ。こんなんで乙女ゲームできるのかよ。

 他の転生者のみなさんは何してるんだよ。生活改善してないのかよ。いや、転生者なんて自分だけか?

 思わず床に手をつくと、じゃり、と音がする。やわこい手のひらは砂まみれだ。涙出てきた。

 こんなんで赤ん坊触ってたのか?無いわー。


 放心状態で動けなくなっていると、がちゃりと玄関であるドアが開いた。


「あら、目が覚めたの?ばかねぇ。だからお転婆はそこそこになさいっていつも言ってるでしょ?」

「…かあさん」


 にやりと笑って入ってきたのは、20代前半で暗めの赤髪と緑の瞳を持った女性。今世の母である。

 いや待て、改めて見ると本当に若いな。前世の自分より若い。あれ?前世の自分って何歳だった?


 ぼんやり眺めていると、歩み寄った母がぴたりと額に手を当てる。

 ちょ、手のひら泥ついてる。きちゃない。


「熱は?無いね。あんた覚えてる?こけて気絶したんだよ」


 はっはっはと人参っぽい野菜を片手に豪快に笑い飛ばされた。

 おぅそうだったな。確かにこけて気絶したわ。


「悪ガキみんなで、あわあわしながらあんたを取り囲んでたのを見てどうしたかと思ったよ。ちょうど帰ってきた時でよかった。うまいこと拾えたからね」


 なるほど。お出かけ帰りに気絶した娘を見つけて拾って帰ったと。

 帰りってことは父も一緒だったろうから私を抱えたのは父だろう。

 良かったな、母よ。腰を痛めずにすんだな。


「かあさん、ミシェルは?ちゃんと教会で洗礼してもらえた?」

「ん?大丈夫。今日のために頑張ってお金取っといたからね。きちんと洗礼名も貰えたよ」

「そっか。よかった」


 この国の国教はキリスト教に似た何かだった。ちなみにプロテスタント寄り。

 だから洗礼名なんてのもある。

 洗礼名は大事だ。だってそれが無いと人権も無い。


 所謂貧民街に住む人々は洗礼を受けるためのお布施を貯めることができないので洗礼名を持っていない。

 すなわち、洗礼名を持っていないイコール貧民街に住む人間と見なされる。

 なお、庶民と貧民の違いは戸籍の有無で分けられると乙女ゲームの知識から引っ張り出すことができた。

 そして戸籍が無いと、その町の住民と認められない。住民ではないから一般的な社会サービスが受けられず、治安維持網から逸れやすい。結果、人権なにそれ?おいしい?な状況になってしまう。


 洗礼名が無い = 貧民で戸籍が無い = 虐げても良い。

 いやいやなんて恐ろしい三段論法。世知辛すぎる。


 今暮らしているここは、王都より少し離れた大きめの町だ。

 幸いご領主様は良い人で、社会サービスも余所に比べると充実している、らしい。

 例えばちゃんと警邏に人員が割かれていて治安が良い、とか。孤児はもれなく教会付属の孤児院に収容されて、飢え死にすることはない、とか。教会では読み書き程度なら無料で教えてくれる学校もどきがある、などなど。

 逆に言えば他の領地だとこれらは望めないわけかー。

 それでも少なくない数の貧民はいて、そこに我が子が陥らないように務めるのは親の常識とされている。良かった。親に甲斐性あって。


「それでミシェルは?父さんは?どんな洗礼名もらえたの?」

「あんたが気絶してたからお隣に預けてあるよ。うつる病気だったら良くないし。熱もないし大丈夫そうだねぇ。父さんは仕事。あと、ミシェルの洗礼名はクリスティーヌ」

「おお。なんとなく高貴な響き」


 立て続けの質問に、順番に笑って答えてくれる母は美人さんだ。確か貧乏子爵家の四女だったらしい。

 父は侯爵家の次男だったそう。本当ならお隣の領地である実家に籍を置いたまま現当主である兄の補佐をする予定だったのが、家格の低い母と結婚したくて、その座を蹴り飛ばして平民になったと聞いている。「お父さんかっこよくて」と散々母に惚気られた。

 そんな父の勤務先はこの領地の役所だ。母のために治安が良いと評判のここに、わざわざ移り住んだそうだ。

 愛されてるなぁ、母。そして父実家の侯爵家領地の治安は悪いのか。

 これまでに腐る程聞いていた惚気エピソードを思い出してほのぼのしていたのだが、はたと気づく。


 待てよ。ここか?貴族フラグ。

 父実家か母実家になにかあって、引き取られて貴族入りパターン?


 たった今沸いて出た前世の、マンガの記憶から、そこら辺の設定を引っ張り出す。

 確か、平民出の侯爵令嬢だったとか…。高位貴族なのにマナーのなってない、平民ぽい天真爛漫ヒロインだったな。


 うわ!ビンゴ!


 ざっと血の気が引く。

 見えた!未来が見えた!!

 

 脳貧血でふらりとよろめいた所を母が受け止めてくれた。


「どうしたの?真っ青よ。具合悪くなった?」

「あー、大丈夫。ちょっと立ちくらみしただけ」


 「そう?」と首をかしげる母が気にかかるが、それどころじゃ無い。

 早急に貴族フラグ折りたい。いや、最悪貴族はしょうがないとして、ヒロインフラグは絶対に折る。


 決意をして母の顔を見上げる。

 そうと決まれば早く動き出さなければ。


「おじさんとおばさんの所に、ミシェル見せに行かなくて良いの?」


 にっこりと笑った顔は引き攣っていなかっただろうか。

 とりあえず、伯父侯爵の元に行って、父が侯爵を受け継ぐフラグを折らねば。方法はこれから考えるけどね。


 決意も新たに鼻息荒く拳を握ったのだが……。いや待てよ。

 権力持った方が生活環境改善できるか?そもそもヒロインになったら、マシな環境になる???


 ぐるぐるぐる、と考える。

 ヒロイン回避と生活環境改善。

 どっちが大事かなぁぁーーーーーーー!!!

続きました。

https://ncode.syosetu.com/n1729ir/

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