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中:自由な燕、鳥籠の踊り子

大体は変わらない、平和な江戸の真っ昼間。小さな茶屋で働く千鳥は、ここ最近で欠伸が増えてきた。


「ちーちゃん、ここんとこ休めてるかい?何か日中、ボ~ってしてるのが増えてきてるみたいだけど」


女将にそう言われて、ビクッと震えた千鳥。慌てて平気だと返事をする。


「働くのは大切だけど、度を過ぎたら体を壊すよ?ちょっと休憩しなさいって」


そう言われ、今日はもう休むよう言われてしまった。お給金は減らさないから!と、一方的に進められてしまったのもあるが。まぁ休む時間が増えて良かったと、良いように捉えることにしよう。


茶屋を出て、すぐに仮眠して、契約の時間が来る。千鳥は盗人・燕となり、人目を避けて屋敷に忍び込む。小さな離れで、その契約者は待っていた。


「こんばんは、燕さん」


いつも通り、笑顔で出迎えてる幸。その手には綺麗な簪が握られていた。鮮やかな色合いに、燕はつい見入ってしまう。


「こんなに綺麗なモノ、良いのか?」


「はい、使い切れないほどありますから。ご主人様も、何がどれだけあるのかは把握してないほど。それに僕が持ってるより、お金になって、たくさんの人が喜んでくれた方が嬉しいんです」


そうか、と愛想鳴く返事して、教えられた目的地まで届けに行く。幸の主人が可愛がって彼に与えた、使いきれないほどの高価な簪や服。質屋にもっていけば高い値が付くであろうモノばかり。それらは盗人・燕により、毎晩のように様々な人へと届けられた。


ある時は、子供が病気なのに薬を買えない母親に。


ある時は、家もなくお腹を空かせた兄弟に。


ある時は、仕事を失い路頭に迷う若者に。


「僕はここから、何も出来ないから。せめて高価なモノを届けて、少しでも役に立ちたいんです。もっと多くの人に、幸せを届けるために」


毎晩毎晩、燕は幸の元へ行き、闇夜を駆け抜けて届け物をする。それは契約であり、自分の生活を守るために過ぎない。


だが・・・いつしかその考えは、どこか変わりつつあった。その証拠に最初の頃は、出来たことだけ伝えて、すぐ帰っていた。だがここ最近は戻った後、少し話し相手になっていたのだ。他の者に見つかったら、互いに罰せられる。それでも幸と話す時間は、何故か楽しく感じていた。


とある日、幸は自分の生い立ちについて教えてくれた。ずっと誰にも話していないという、己の過去について。


「へぇ、元々は名家の息子だったんだ」


「はい。でも子供の頃に実家が火事になって、家も財産も失って。苦しんでいた親のために、僕自身を売りました」


そうして幸が身を置いたのが、遊女の世界。元々男にしては綺麗な顔と体つきだった幸は、踊り子としての技術を磨き続けた。結果、ここの主人に気に入られ、この屋敷の名物踊り子になったという。


(遊女ってことは・・・やっぱり、()()()()()()もするのか)


「あ、()()()()()()は未経験です。僕はいわゆる観賞用。籠の鳥として、この屋敷にいるようなものですから」


燕の心を読んだのか、未だ純潔は保っていると、笑いながら話す幸。なよなよした見た目の割に芯が強いなと、燕はどこか感心した。


(・・・何だか、俺と似てるな。良い家の生まれだけど、今やその面影は無いし)


幸の境遇は、自分が辿ってきた人生と似ている。そんな気がした一方で、燕は幸と決定的に違うことも感じていた。


忍びの力を使いたいと、盗人・燕として自由に飛び回る己。


家族のために自らを売り、籠の鳥として生きるしかない彼。


同情のような、哀れみのような、不思議な気持ちがこみ上げているのだ。イヤイヤ聞いているお願いも、必死に聞くようになっている。幸と話すことも、幸の笑顔を見ることも嬉しい。


だが、すぐに気持ちを切り替えた。何を呑気に思っている、これは1ヶ月の契約だ。幸が自分のことを秘密にする代わりに、彼の願いを聞くという契約。それ以上でも、それ以下でもない。ならば、そんな感情を抱えるのがおかしいのだ。


何度も何度もそう言い聞かせても、心はどこか別の方向へ進んでしまう。盗人としても忍としても、今の自分は失格だろう。


ふと空を見上げれば、だいぶ月は欠けていた。そろそろ新月だろう。やっと半分終わって安堵している、もう半分過ぎて焦っている・・・両方の思いを抱えてしまっているのだ。空を見つめる幸の横顔は、燕が今まで出会ってきた誰よりも綺麗で。どこか胸がときめいてしまう。


不運で色んなモノを失った奴が、さらに自分の身を削ってまで、他人の幸福を願うなんて・・・不安だった。1人で抱え込むのではないか、何故か心配し続けている。もっと傍にいたい、そんな馬鹿みたいな感情が芽生えては、日に日に育つばかり。


「どうしました?」と不思議そうに覗き込む幸に、何でもないと首を横に振る燕。今夜はもう戻ると告げれば、幸は笑顔で手を振ってくれる。その笑顔を見る度に、燕は思い悩んでしまう。契約が終わった後も影から見守り続けようかと、自らの首を絞めるようなことまで考えてしまうほどに。


産まれて最初の恋心が、盗人であると知られて、弱みを握られた相手とは。自らに呆れつつも、強い思いに逆らえない己を抱え、盗人は闇夜に消えていくのだった。




あの火事で、少年の人生は一変した。苦しむ家族のために自らを売り、踊り子として愛でられる存在であり続ける道を選んだのだ。


踊り子として学んだ屋敷は、ほぼほぼ遊郭のような場所。何も分からない自分を育ててくれて、可愛がってくれた姉様も、踊り子・・・いわば遊女として、多くの客を相手してきた。襖越しに聞こえる嬌声、隙間から見えた行為の一瞬。幼い少年には、ただただ恐怖だった。


ここで学んでいる間も、酔っていた客に遊女だと勘違いされて、無理矢理触れられたこともある。人に触れられるのが怖い、奪われるのが怖い。


だが、自分は運が良いらしい。とある男に気に入られ、「傷つけてはいけない」と、この屋敷の中で生きているのだから。まるで骨董品のように大切にされ、そこまで触れられないのは、ある意味幸運かもしれない。


外に出られないとはいえ、誰にも汚されずに過ごせている。幸は自らを「幸せな踊り子」だと思うようになった。


外の世界の不幸を知っても、何も出来ない籠の中の鳥であることを受け入れていた頃。幸はとある噂を聞いた。闇夜を飛び回り、悪しき金持ちから色々盗んでいく、盗人・燕のことを。素顔も分からない盗人だが、自由に羽ばたくその姿に、どこか憧れていた。


その思いが幸運を呼んだのか・・・屋敷で嫌な男に追われていた幸は、偶然にも忍び込んでいた燕に助けられたのだ。


盗人・燕は、整った顔立ちの青年だった。黒い髪と吸い込まれるような瞳に、思わず胸が高鳴った。しかも彼に抱きしめられ、鼓動も熱も感じられた。誰かと触れることに、初めて心地よさを感じたのだ。


自分の願いも叶えてくれるかもしれない。盗人であることを秘密にする、という立場を持ったことを良いことに、毎日来るよう頼んでしまった。


だが、そんな理由など二の次だった。ただただ、燕に会い続けたかった。



助けてくれた優しさに惚れ、自分だけしか知らない顔立ちを好み、自由に羽ばたく姿に憧れ、燕という存在に恋をしたのだから。



他の者にバレた瞬間、立場も命もなくなるだろう。それでも、危険性を顧みず手に入れた日々は、何にも代え難い幸せになっていた。2人の関係は1ヶ月だけの契約、「それだけ」で「それまで」だと分かっていても。

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。

「下」は明日夜に投稿する予定です。

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