上-1:盗人・燕の危機
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
童話「幸福の王子」を元に作った作品です。原作は悲しい結末でしたが、あの終わりだからこそ物語の味があるんですよね。でも私はどうしても、幸せな終わりを求めてしまう。
長い平和の裏には、事件と混乱が共存するのが世の定め。平穏に見える江戸の街には、とある盗人がいる。噂好きな商人は、小さな茶屋で奴について話していた。
「盗人・燕ねぇ。闇夜を真っ黒な装束で、鳥のように飛び回るから、そう呼ばれてるんだっけか」
「そうそう、まだ姿は確認されてねぇんだけどな。性別も年齢も不詳らしいぜ」
「でもよぉ、燕の被害先って、結構嫌われ者なんだろ?端からは「自業自得」「因果応報」とか言われてやがったし。逆にもっとやれって感じだよな」
「だよなだよなぁ、ウチの商売相手に入らねぇかなぁ。そうすりゃ向こうは悪徳になって、コッチは滅茶苦茶儲かるってのによ」
ゲラゲラと汚い笑い声を出す男たちに、茶屋の女将がズシズシと近付いていく。
「ハイハイ、そこのアンタたち!他のお客が嫌な気分になるんだから、その口はお茶か菓子で塞いで頂戴な!」
そう言って女将は大量の団子を持って、お喋りな男どもの前に出した。その量に圧倒されたのか、男たちは先程までの笑いを封印して、お金だけ置いてそそくさと行ってしまう。おととい来やがれ!と大笑いする女将に対し、奥にいた茶屋の店員が苦笑いで声をかける。
「女将さん、流石にやり過ぎじゃないですか?他のお客さん、引いてますよ」
「なぁに言ってんだい、ちーちゃん!あそこで好き勝手させたら、アイツらは次もやらかすかもしれないんだよ。これくらいやって、牽制させないと!」
「その呼び名はやめてください。俺は千鳥です、もう20歳超えてますよ。いつまで子供扱いするんですか!」
女将と若い男店員の掛け合いは、ある意味この茶屋の見物だ。他の客は先程までの嫌な気分を、この明るい掛け合いですっかり忘れていった。あの男たちのことなど、誰も気にしていない。
ーーー奴らを次の盗み先と狙った、盗人・燕を除いては。
○
とある曇り空の夜。盗人・燕が狙いを定めた家は、今日も今日とて宴会だ。会場はどんちゃん騒ぎで、人々の大声や楽器の音が鳴り響き、塀越しでもその騒々しさが分かる。今月に入って何回目だ、本当にここの主は浪費家なのだと呆れてしまう。
オマケに宴会など関係なく、相変わらずの警備の手薄さだ。自分は被害を受けないと、相当自負しているのか。余所を悪徳だと非難する癖して、自らの醜態を隠せると思うなよ。彼は先日の彼らの言葉を思い出し、ほくそ笑んでいた。
そう、巷を騒がせる盗人・燕の正体は、茶屋の店員である青年・千鳥である。
彼は元々、地方で有力な忍の一族の産まれだ。幼い頃から修行を重ね、子供ながらその才能は飛び抜けていた。しかし長だった父が早くに亡くなり、一族は分裂。母は息子を江戸の知り合いに匿わせて、彼を闘争から守ってくれたのだ。もう2度と、忍として生きてはダメだと言葉を残して。
だが、千鳥は忍への憧れを捨てられなかった。闇夜を飛び回り、敵の手の内から、情報や財を盗みとる。その姿にただ憧れているのだ。もう忍じゃなくて良い、どんな形でも良いから、この力を使いたい。あんな風に輝いてみたい。
そうして選んだのが・・・盗人だった。盗みが悪いことは百も承知。だから侵入するのは悪い金持ちだけ、人に危害は加えないと、自分なりの決まりも作った。活動を始めて早1年。未だに姿も見られず、口伝てでの噂でしか広まってない。
(懲らしめ先には丁度良いな。適当に奪って、その天狗鼻を折らせてもらうぜ)
とはいえ、油断は禁物だ。燕は宴会の影になるように、そっと屋敷に侵入した。
外と同様、屋敷内もザル警備だ。見張りらしき奴らは、主やら客人やらに強引に呑まされたのか、ほとんど見張りとして機能していないのだから。彼らに同情しそうだが、盗人である今はありがたいと思っておこう。
さて、金目のモノがありそうなのは・・・。そう考えつつ、屋敷内を忍び足で進む燕。背後に気をつけて、死角に気をつけて・・・真正面を、全く見ていなかった。
ドカッ!と何かに、いや誰かにぶつかり、盛大にすっ転んだ燕。その衝撃で頭巾がズレて、顔の大半が露わになってしまう。
「痛っ、何だ・・・!?」
眩む視界を整えて、目の前を見て・・・息を、呑んだ。
翠玉のように透き通った瞳、紅玉のように輝く簪、柔らかな黄金色の着物がよく似合う。それに滑らかな髪が美しい、衣服から見て踊り子だろうか。その整った顔と体つきで、男だと気付くのに8秒はかかった。はぁ、はぁと、何故か息が切れているが。
「え、あ・・・」と、お互いに呆気にとられている時、奥からくぐもった声がしてくる。
「ヒック、ヴぉぉお~い。どこだぁ~い、遊ぼぉよぉ~~??」
随分酔っ払った声のようだ、宴会の参加者だろうか。その声を聞いた瞬間、踊り子の体はビクッと震えた。慌てて立ち上がると、その声から離れるように動き出す。が、向かう方向からもバタバタと、誰かの足音が聞こえてきた。
「ど、どうしよう・・・どうしよう・・・」
踊り子の顔に、段々焦りが見えてくる。どうやら、彼は誰にも見つけられたくないようだ。これは燕にとってもマズい。侵入者が顔を露わにした状態で見つかれば、逃げられたとしてもあっという間に指名手配だ。これ以上、誰かに姿を見られるわけにはいかない!
燕はガシッと踊り子の手を掴んで、強引に引き寄せる。すぐに耳元にて、小声で指示を出した。
「おい、どうにかなりたいなら俺に協力しろ。今後一切、声を出すなよ」
さらにビクッと震えた彼だが、コクコクと小さく頷く。それを合図に、燕は素早く行動を開始。運が良いことに、今いる部屋には使われていない押し入れがあった。隠れるしかないと、彼らは押し入れの中へと滑り込む。
そして間を置かずに、部屋に人が入ってきた。男2人で随分窮屈な押し入れだったが、とにかく身を潜めるしかない。燕はギュッと彼を強く抱き締め、変に声を出さないようにさせる。
「あんれぇ~、幸ちゅぁん~どごぉ~?やっっっさしくシてヤっからよ~~、出てぇおいでぇよぉ~~」
ゲップを出しながら誰かの名前を呼ぶ声は、本当に心地悪い。早く出て行けと思っていると、別の男が部屋に入ったようだ。
「なっ、何をしておりますか!ここは会場でもお手洗いでもありませんぞ。ささっ、戻りましょう」
どうやらまだ正常に動く見張りがいたようだ。彼らはぎゃあぎゃあ騒ぐ酔っ払いを、しっかり連れ出していく。しばらくして、ようやく部屋の音は消える。人の気配もなくなった。
「・・・行ったか」
フゥーっと息をつき、そっと押し入れから出た2人。踊り子にとっては窮地を脱せたようだが・・・燕は違う。
「あの、ありがとうございます。それで、あの、貴方は・・・?それに、その格好・・・巷で有名な、燕に似て・・・」
恐る恐る尋ねる彼に、燕は黙らせる意で、持っていた小さな刃物を首元に寄せる。殺すつもりなど無いので、刃とは反対方向だが。
「まずは2人だけで話せる場所を寄こせ。話はそれからだ」
顔を見られた以上、慎重に接する必要がある。向こうが燕について奉行所に突き出せば、その時点で彼は終わるのだから。かといってこの踊り子を殺すことは出来ない。盗み以上に手を汚すなど、彼はしたくなかったから。それに・・・。
いや、考え事はここまでにしよう。燕はそう思い直し、再び彼を睨みつける。すると、踊り子は怯えながらも静かに答えてくれた。
「わ、分かりました。なら、僕の部屋に案内します」
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
「上-2」は明日夜に投稿する予定です。