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第六夜 魔王さま、連れ戻される!(婚約なんて横暴だ)

 こんばんは、魔王さま。あなたの(しもべ)、ラウルです。

 今夜も大事な用があるので、直接会いに来ましたよ。


 ラウルよ、ちょうどいいところに! って、ようやくあなたも帰る決心がついたんでしょうか。部屋の荷物も綺麗にまとめて……いませんね。飲み掛けの牛乳とかバスタオルとかそこらに散らばってますもんね。これを読め!って、またいきなり顔面に紙をぐいぐい押し付けるのは止めてもらえませんか。

 

 先日に続き、何ですかこの紙は。……え、渾身の一作だ?

 

 ……まさかあなた、あんな話の後でまだ小説を書いていたんですか。言い訳の手段だったはずなのに、いつの間にやら(まご)うこと無き趣味になっていたようですね。


 それはともかく、魔王さま。今夜は私、大事な……え、今回は時代劇を参考にファンタジーを書いてみた?


 あなた、相変わらず人の話を聞いてないですね。そして、時代劇風ファンタジー……いえ、私はもう、ちょっとやそっとのことじゃ驚きませんよ。さすがに耐性がつきました。魔王さま、時代劇を見放題だとか言ってましたもんね。

 ただ、ちょっぴり嫌な予感がするので、一つだけ確認させてもらってもいいでしょうか。あなたまた【カキンッカキィーン】な殺陣のシーンとか、延々書き連ねてないでしょうね!?


 ……恋愛小説だから大丈夫だ? 本当ですか? 本当ですね!? 今度は痛い目をみませんね!?


 ……えー、ハッピーエンドだから大丈夫だ、との主張ですが、私は恋の行方を心配しているわけじゃありません。どうやら私、魔王さまの書くバトルシーンが軽くトラウマになっているようですよ。


 それでええと、ハッピーエンドですか。ええ、良いと思います。悲恋の方が印象には残りやすいですが、能天気な魔王さまの柄じゃな……あ、いえ、間違えました。怒らないで下さい、ちょっと間違えました。ええと……そう、能天気改め、明るく元気な魔王さまです。能天気改め明るく元気な魔王さまには、読後感の良いハッピーエンドが似合っていると思います。自分の適正を知るのも大切なことですからね。


 えー、何にしてもこの小説を読まない限り、私の話はまったく聞いてもらえなさそうなので、まずはこれを読んでからにしましょうか。


 ……

 ……これ、魔王さまが主人公なんですね。

 気づくとはさすがだ!とお褒めにあずかり光栄ですが【黒髪】【紅い瞳】【色白】【細身】な主人公の外見的特徴が、魔王さまにそっくりです。そして極めつけに、名前が【魔王子(まおこ)】……これで気づかないとしたら、どれだけボンクラなんだって話じゃないでしょうか。


 ですが、それより私が気になったのは相手役の男です。【無駄に美形】【無駄に有能】【無駄にいい声】と、可哀相になるくらい無駄無駄無駄のトリプルコンボを決められてますが、これ【緑の瞳】その他もろもろの外見的特徴からいって、モデルは私なんじゃないでしょうか。そして、名前が【るんるん♪】……

 

 ……魔王さま【ラウるんるん♪】が私だと、いつから気づいてたんですか?


 わしは何でもお見通しよ、フゥーハハハ! ってふんぞり返ってますが、前回会ったときには絶対気づいてなかったですよね。私が送ったメッセージを私に見せびらかしたくらいですもんね。それと前にも注意しましたが、ここで高笑いをするのは止めて下さいね。近所迷惑になりますから。


 まあ、何がきっかけで気づかれたのか非常に気になるところですが、それはまた後ほど聞かせてもらうことにして、今は小説の話に戻りましょうか。


 えー、時代劇を参考にしたファンタジーで、魔王子とるんるん♪の恋物語……なかなか混迷を極めてまいりました。


 それにしても魔王さま、この名前、もうちょっと何とかならないものでしょうか。【魔王子】はともかく【るんるん♪】って出て来たとき、男キャラだと思う人って、まずいないと思うんですよ。何ならキャラの名前だって気づかないと思うんですよ。どうしていきなり浮かれ出したの!? ってびっくりすると思うんですよ。

 せめて♪マークだけでも外すとか……え? 貴様が自分でつけた名前だ?


 ……真実は時に残酷ですね。それを言われると、ぐうの音も出ませんね。ぐうの音って何でしょうね。それはともかく私は今、過去に戻って自分をタコ殴りしたい気分です。

 ……いいから、最後まで黙って読め? ええ、ええ、承知しています。るんるん♪が出てくるたび、豪雪地帯の雪のように重く重くダメージが降り積もって行きますが、今回ばかりは身から出た錆。粛々と受け止めてみせましょう。


 ……

 ……

 ……

 

 ……あの、魔王さま。

 今、私かなり混乱しているんですが、ちょっと質問してもよろしいでしょうか。

 何がわからんのだ、とおっしゃいますが、何がというか、何もかもというか、例えば終盤のこのくだりですね、



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


  ベンベン ベベベン

 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

  ベンベン ベベベン


「ちょおいと、るんるん♪さん。この魔石を受け取っておくれな」

 恥じらう魔王子が取り出したるは、燃ゆるがごとき紅い石。

 

  ベンベン ベベベン ビヨヨンビーン


「あちきの瞳の色と同じだよ。この意味はわかるだろう?」

 嗚呼、瞳と同じ色を持つ、魔石を渡すは求婚の証。魔王子はその身を震わせて、愛しい男の答えを待つ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ……えー、私はいったい何を読まされたんでしょうか。そしていったい、祇園精舎はどこからやって来たんでしょうか。私、魔王さまの怪作には耐性がついたと思っていたんですが、まだまだ認識が甘かったようです。


 ちなみにですね、一応、念のために確認しておきますが、このお話と平家物語には何か関連が? ……無い、ときっぱり断言されてしまいましたが、そこまで断言されるといっそ清々しい気分になりますね。


 そしてもう一つ、どうしても無視できないのが、随所に挟まれた【ベンベン ベベベン】の存在です。私、これはひょっとして、もしかすると、琵琶の音かなーと、思ったり思わなかったりしたんですが……おお、やはりそうでしたか! 素晴らしい!


 ……えー、ものっっっすごく小さい声で、フゥーハハハ、さすがわし!って言ってますが、さっき注意したことを覚えていてくれたようですね。ポンコツな癖に、そういうところが本当に可愛いですよね。

 それはともかく、素晴らしいのは【ベンベン ベベベン】ではなく、これが琵琶だと気づいた私の推察能力ですね。得意気になってるところ申し訳ありませんが、単に自画自賛したまでです。


 ……うん、そんな気はしましたが、魔王さま、また人の話を聞いてませんね。……え? 日本の伝統芸能と魔界の融合を目指したんですか?……ああ、なるほど。融合どころか分裂をおこして、とんでもない小説ブツが誕生してますが、まあ良しとしましょう。ファンタジーで一人称【あちき】のヒロインなんて初めて見ましたが、魔王さまの一人称なんて【わし】ですからね、そこはもう今さらですね。

 

 これだけでも既にお腹いっぱいなんですが、私、るんるん♪の奴も放置することはできないんですよ。なんといっても私がモデルのようですからね。

 ……何が放置できないのだ? とおっしゃいますが、魔王子に求婚されて応える台詞がこれって、ちょっとあんまりじゃないでしょうか。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 魔王子の差し出す紅き石。

 感極まったるんるん♪は、喜びのあまりこう叫ぶ。

 

「嬉しくって、ナニカが出ちゃうYо!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ……ちょっと本当に止めて下さい。

 何ですか。どこから何が出るんですか。風評被害が起きかねません。


 ……え? 魔界の角トカゲは、嬉しい時に緑色の汁を出して喜びを表現する? ……そんなの説明されなきゃ、人間にはわかりません。なんなら私もわかりません。

 それからですね、どうしてここだけいきなりラップ調なんですか。……若者に迎合してみた? 純粋な疑問ですが、ラッパーの方ってネット小説なんて読むんでしょうか。迎合の仕方があまりに限定的過ぎじゃないでしょうか。


 ……ええ、まあ、そんなこんなで、もうすっかり一仕事終えたような疲れを感じている私ですが、今夜はこのまま帰るわけにはいかないんでした。無事に小説も読み終えたので、そろそろ本題に入らさせていただきますね。


 魔王様。ちゃんと忠告したのに、あなた結局、魔界に戻って来ませんでしたね。

 ……とぼけても駄目です。あなた中身はポンコツですが、とにかく強いし可愛いしで、我こそはという男達が集まって、婚約者の選定はかなりの混迷を極めましたよ。


 結局どうなったのだ!? って、結論から言えば、私が全員蹴散らしました。魔界の住人は、そういう点では単純で良いですね。自分より強い者には、粛々と従いますから。

 ……じゃあ結婚しなくていい! と大喜びのところ申し訳ありませんが、違います。

 

 きょとんとしないで下さい。私です。私が婚約者になったんです。

 私、前々から王配の座を狙ってたんですが、魔王さまも薄々気づいてたんじゃないですか?

 

 ……酷い、横暴だ!と言われても、これは大魔王様も認めて下さったことで、決定事項です。私、ちゃんと忠告しましたよね。あなたの意見を無視して、勝手に決まる、逃げ回ってる場合じゃないって。

 

 ……魔王さま、魔王さま。

 あの、青い顔で『婚約破棄』とか『追放される』とかぶつぶつ言ってますけど、大丈夫ですか。か弱い令嬢ならともかく、魔王を追放する命知らずなんてどこにも存在しませんよ。私の話、聞いてますか。


 ……また涙目になってますね。そこまで嫌がられると、さすがの私もちょっと傷つきますね。ですが、こればかりは私も譲ることができません。


 さあ、一緒に魔界に帰りますよ、魔王さま。

 魔界を総べる者として、諦めて私と結婚して下さい。

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