第一夜 魔王さま、小説を書く!(そしてダメ出しされる)
こんばんは、魔王さま。あなたの僕、ラウルです。
『フゥーハハハ! 愚かな人間どもを洗脳してくれるわ!』と、あなたが魔界を飛び出して行ってから早ひと月。
いったいどんな恐ろしい手を使うのかと思ってみれば、なんですか、これは。あなたの洗脳って、まさか投稿サイトに小説を投稿することだったんですか。
こんな手を思いつくとは、さすがわし! って、得意気なところ申し訳ありませんが、ひとつ確認させて下さい。
あなたの小説、ちゃんと読んでもらえてるんですか?
……おまえはいつも意地悪だ、って、これほどあなたを心配している私に対して、あんまりじゃないでしょうか。意地悪を言っているわけじゃありません。大事なことだから、確認しているんです。読んでもらえなければ、洗脳もへったくれもありませんからね。
それで、あなたの小説、ちゃんと読んでもらえてるんですか?
……あの、いきなり涙目にならないで下さい。私が本当に意地悪しているみたいじゃないですか。
え、ぜんぜん読んで貰えない?
ブックマークが3件?
なるほど、そうですか……その3件のうち、1件は私なんですけどね。むしろ私以外に2人も増えていたことがびっくりです。世の中、物好きはいるものですね……えっ?雑音が入って、よく聞こえなかった? ああ、通信用魔石の調子が悪いのでしょう。時々そういうことがあるんです。たまに雑音が入っても、気にしないで下さいね。
……うん? 情けない顔をしてどうしました。
どうすれば良いのだラウル、って……あなた、自信満々な割りに、すぐ弱気になりますよね。そういうところが狡いんですよね。放っておけないじゃないですか。
ええと、そうですね。でしたら、私の気づいたことをいくつか申し上げましょうか。あくまでも私見ではありますが。
あのですね、魔王さま。
まず【フゥーハハハ! わしの素晴らしい作品を読むがよい!】っていうのは、あらすじじゃありません。内容がわかりません。
しかも作者名が【魔王】なせいで、なりきりの痛いヤツだと思われてます。
わしは魔王だ! って、いえ、まあ、確かにそうですよ。私だって作品さえマトモなら、魔王でも聖女でも、好きに名乗っていいと思いますよ。ええ本当に、作品さえマトモなら。
どこがマトモじゃない? って、自覚がないのがやっかいですね。だってこの小説、魔王さまが主人公の、魔界が舞台の話ですよね?
完全に世界観の説明が足りないです。足りないというか、無いです。
例えばこれ、
【魔王の座をかけた、魔王と大魔王の壮絶な戦いが始まった!!!】
ってありますけど、何の説明もないですよね。『魔王』がいるのに『大魔王』もいるって、不思議に思いますよね、普通。
え? 親父殿のことを知らぬ者などいない? ……そりゃあ、知らない者などいませんよ、魔界なら。
でも、これを読むのって人間ですよね。人間は魔界の事情なんて知りませんよね。なんかもう、知ってて当然だ!といわんばかりに『魔王』と『大魔王』が登場しますけど、人間にとっては意味不明じゃないでしょうか。
それにですね、魔王さま。【魔王の座をかけた壮絶な戦い】なんていったら、大抵の人は、魔王の座を巡る凄まじいバトルを想像すると思うんですよ。なのにそんな期待の後に続くのが、この台詞ですよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フゥーハハハー! わしはそろそろ隠居する。今日からおまえが魔王だ!」
「何っ!? さてはわしに面倒なことを押し付けて、自分は遊び回ろうという魂胆だな!?」
「なっ、なぜそれを……!」
「フゥーハハハ! わしの目をごまかせるとは思わないことだ、クソ親父! 温泉のパンフレットを眺めてニヤニヤしているところを見たのだぞ!」
「きっ、貴様! 親に向かってなんて口を!」
「とにかく、わしはまだ魔王の座など継がん!」
「こうなったら、戦いで決着だ! 負けた方が魔王だぞ!」
「望むところだ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……あのですね、魔王さま。負けた方が魔王って、ちょっとおかしいんじゃないでしょうか。罰ゲームみたいじゃないですか。
それにはっきり言わせてもらえれば、これは親子ゲンカです。
【魔王の座をかけた壮絶な戦い】じゃありません。親子ゲンカです。
壮絶だったぞ、って、ええまあ確かに、壮絶な押し付け合いだったのは確かですね。私が立会人をして、馬鹿な争いを眺める破目になったので、よく知ってますよ。結局、あなたが大魔王様に押し負けて、魔王の座につくことになったんですよね。……戦いの様子は何ひとつ伝わってきませんが。
いいですか、魔王さま。
戦ってるなら、ちゃんと戦いの描写を入れて下さい。この後に出てくるかと思って読み進めたら、ひとつも無くてびっくりしました。これじゃ、口ゲンカしてるようにしか見えません。
それと決着がつく前に、あなたを『魔王』と書くのはおかしいです。戦いの前なら、あなたはまだ『魔王』じゃなくて……え、何ですか。何をまた、いきなり涙目になってるんですか。
おまえはやっぱり意地悪だ?……あなた、魔王のくせに本当に打たれ弱いですね。
わかりました。魔王さまの限界も近いようなので、最後にもう一つだけ。
この会話シーン、もう少し工夫した方がいいです。あなた達、口調も一人称も笑い方もそっくりなんですから、台詞だけが続くと読んでる方は混乱するんですよ。せめて一人称を変えるとか……え、何ですか。今度はいきなり、何を怒ってるんですか。
わしはあんな髭面のオヤジじゃない?
……わかってますよ。そっくりと言ったのは、そういう意味じゃないんですよ。大魔王様と違って、あなたはとても可愛らしい顔立ちをしていますからね。
……あの、そこで頬を染めるのは止めて下さい。事実を言っただけで、別に褒めたわけじゃありません。調子が狂うじゃないですか。
ところで『フゥーハハハ! 手始めに、日本という国の地脈を掌握してくれるわ!』と言ってスキップしながら出掛けて行った大魔王様ですが、先日、私のところに温泉まんじゅうが送られて来ました。
遊んでるなら帰って来いと叱っても『まだ地脈を掌握しきれてない!』ってダダをこねて帰ってきませんよ。あの方、私に仕事を押し付けて、日本全国の温泉巡りをする気ですよ。帰って来たら髭を引っこ抜いてやろうかと思うくらいですよ。魔王さまからも、何か言ってやって下さいませんか。
わしにも温泉まんじゅうを送れ? ……ええ、ええ、あなたに意見を求めた私がバカでした。わかってましたよ。あなた達が、似たもの親子だということは。
それにしても、あなたも大魔王様も、ちょっと私を信用し過ぎじゃないでしょうか。魔王親子が不在の間に、私が魔界を乗っ取ったらどうするおつもりなんですか。
え、おまえはそんな男じゃない? 誰よりも信頼している? ……
……あなた、そういうところが本当に狡いんですよね。お世辞じゃなくて、真剣に言ってますもんね、それ。
わしは常に真剣に生きている?
……知っていますよ。伊達にずっとあなたの傍で、あなたのことを見守ってきたわけじゃないんですよ、私も。
ところで魔王さま。
大魔王様の真似をしているのは知ってますが、ご自分のことを『わし』と言うのは、そろそろ止めてもらえませんか。
あなた、女の子なんですから。