嘘と本当
諸君!
事件が起きてしまった。
悲しい事件だ。
心して聞いてくれ。
しっぽ丸くんが、ニンゲンに囚われてしまったのだ!
もちろん、我ら自警団も手を尽くした。
しっぽ丸くんが戻ってこられるように。
だが……。
我らの努力虚しく、しっぽ丸くんは……。
ニンゲンどもはあろうことか、しっぽ丸くんの好物を、否……、我らの好物をどこからか仕入れたようだ。
諸君、我らの好物をニンゲンどもに知られている!
このことを忘れず、行動してほしい。
今回の集会は以上である。
-----
自警団の隊長演説が終わったあと、その場にいたものたちはざわめいた。
だが、誰かの囁きが沈黙を呼んだ。
『自警団がニンゲンから食糧をもらってるのを見たわ』
さきほどのざわめきよりも、更に大きなざわめきが、滝から落ちる水流の如く拡がった。
『おれは自警団の隊長がニンゲンに腹を見せているのを見たぞ』
『そういえば、ぼくの知り合いが--』
身に覚えのない罪を着せられそうになった自警団の隊員たちは、弁明をはじめたが誰も耳を貸さない。
逆に、懐疑的な眼差しが自警団に向けられた。
一波乱起きそうになったそのとき。
事件の元凶がやってきた。
そう、ニンゲンたちである!
「まぁ! なにか騒がしいと思ったら、あなたたちね!」
「おばあちゃん! この猫ちゃんたちもお家に連れていきたいっ。良いでしょう?」
「あらあら。そんなほいほいと猫ちゃんたちを連れていけませんよ」
「じゃあ……、さっき買ったキャットフードだけでもあげていい?
きっとお腹がすいて集まってるのよ」
「そうねぇ、まとめ買いしてしまったし……。一個だけよ?」
「わーい! ありがとう、おばあちゃん」
我らの前に、宿敵であるニンゲンたちからの差し入れが、置かれた。
実に、美味しそうな缶詰を開ける、パコンという音と共に。
我らは、微動だにできなかった。
静寂が走る。
……本当は、その音と匂いに釣られて動き出したかった。
だが。
動けば。
それはつまり……。
誰も動けない静けさの中、隊長が動いた。
悲鳴のような我らの声が響き渡る。
『静粛に!
しっぽ丸くんを助けられなかった、私が引き受けよう』
隊長は鋭くそう告げ、ニンゲンの元へと足を踏み出した。
-----
さて。
こうして私は堂々と罪を犯したわけだが。
後悔なんてしていない。
何故って?
美味しいものに勝るものはない。
それに、彼らが言っていたことに嘘はない。
私がニンゲンに腹を撫でてもらったことは本当だし、こうしてご飯を奢ってもらうこともしばしばだからだ。
世渡りは嘘も半分、本当も半分でなければ、上手くいかぬものよ。
ふっふっふっ。
ご馳走様。
因みに。
しっぽ丸くんはニンゲンのもとでの生活に憧れを抱いていた。
隠すように何度か指導したが、なかなか上手くいかず、そろそろ仲間たちを欺けなくなってきていたのだ。
そんな折に、先程のニンゲンたちが、我らを捕獲しようと動いていると知り、しっぽ丸くんをニンゲンたちに紹介したのだ。
そんなわけで、ああは言ったが、しっぽ丸くんは安全な場所にいる。
安心してくれたまえ。
=おしまい=