狐の耳としっぽのかわいい君をお嫁にもらいたいから筍料理もおぼえます
自転車に乗って10キロ近く。
気怠い中学校からの帰り道。
最後の上り坂も終わって、あとは下り坂。
滑り落ちる坂から吹く風にも花の匂い。
ふんわりと春だ。
あたたかい空気が土の匂いを運んでくる。
中2の春は、ほのぼののんびり。
気持ちいい。
まろい空気にほんわかしつつ、自転車を走らせる。そこに見えるのは、大きな袋を抱えるばあちゃんの背中。
ジャージを抜ける風が心地よい。
ばあちゃんに声を掛けながら、自転車を寄せる。
「ばあちゃーん、ただいまー」
「おう。豊比古ぉ、おかえりぃ。これ、カゴに入れてってくれ」
抱えていた袋の中身は、たくさんの筍。
「わぁ、初物だなぁ。どこで採ったの?」
「ひろみさんちの山だぁ。食い切れんからって、もらった。ちょっと畑にいって、菜花とってくるから、先にやっといてくれ」
「わかったー」
腰の曲がったばあちゃんが、カゴが壊れるかと思うほどの掘りたて皮付き筍を、話をしながらぼんぼん投げ込んでくる。
ちょっと、カゴに押しこめないでよ。
壊れる、壊れるってば!ばあちゃん!
「鍋に全部入るかなー」
あまりの量に不安になる。
どうしようかなぁ。
「炉端の方に羽釜のでかいのがあんだろ。かまど使ってやれよ」
「そっかー。これはさすがに多いから、そうするよ」
カバンを背負って自転車を立ち漕ぎする。
結構、重いな。これ。
前輪を少しふらふらさせながら、カゴいっぱいの筍を運ぶ。
青臭い匂い。
筍の匂いだ。
春だなぁと思う。
自転車を停めて、家に入りながら着替えを始める。
これから火をおこして、お湯を沸かすのは時間がかかるぞ。
考えながら、服を脱ぐ。
学校ジャージのままだと、かまどではじいてくる火で穴が空くかな。じゃあ、ジーパンにはきかえて、と。上は木綿素材のは…パーカーかな?
上半身裸のままで、ふすまを開けると、
「おかえり〜……きゃー!」
座布団を投げつけられた。
ぽすんと胸元にあたって落ちる。
投げつけた相手は、顔を両手でおおっている。でも、その手の上にある頭からは、ふかふかの耳が出ている。
「可子〜、ただいま。耳出てる」
「だれのせいよ!!」
「……まだ腹筋われてないから、大丈夫」
「何が?!」
ちょっとつり目で大きい可子の目が、指のすき間からバッチリ見えてる。
うんうん、意識してくれて何より。
でも、まだ腹筋もわれてないし、やせ気味だし、ちょっと貧弱かなぁ。
「もうすこし、薪割り回数を増やすか」
「なんのチェックをしてるの?!服着て!」
さすさすと腹をなでてから、可子のうしろに置いてあったパーカーを着る。
薪割りするならロンティーでよかったかな。まぁいいか。
きゃあきゃあと騒ぐ可子のきれいな黒髪をなでる。そのあとに、親指と人差し指でふわふわの耳をつまむ。
気持ちのいい手触り。
「耳出てるー。これから筍を湯がくからてつだって」
「な、なでなくていいから!」
「ああ、健康チェックだから」
もふもふと耳もなでてから、かまどの方にむかった。
ふかふかなのはシャンプー変えたからかな。よし、あのメーカーでしばらくやってみよう。
ふり返ったら、ワンピースのすそを直して立ち上がっている可子が見えた。
顔がまっ赤でかわいい。
思わず顔がゆるむ。
***
同じ中学に通う僕と可子は、両親たちの仕事の都合で、一緒に住むようになった。もちろん、ばあちゃんの家だ。2人っきりじゃない。
可子は、狐の国からの留学生だ。
でも、それは一般的に知られていない国だから、普段の可子は耳もしっぽも隠してる。
時々びっくりしたり、喜んだりすると出てくるけど、まぁ、なんとかなってる。
田舎だから人が少ないのもあるし、バレたらバレたで狐の国を教えているだけだから。
なんでもこの地域は、お稲荷様の信仰が昔からあって、ちょいちょい狐の国の人たちもきている。だから、バレても「あー、じいちゃんがいってたのこれか〜」くらいで終わる。
だって、別にひどいことされないし。むしろ、ちょっといいことが起こるし。
そんなかんじで、去年から可子はこっちで、僕と暮らしている。
***
かまどに薪をくべて、一番大きな鍋でお湯を沸かす。
その間に、筍の皮むきだ。
「去年は出来なかったから、あたしがんばるね!」
「あぁ、そういえば…そうだったね。知恵熱出して、寝こんでたね」
「あの時食べた、筍ごはんのおむすび、おいしかったなぁ」
「ようやくそれで餌付け、できたんだよなぁ。あのころは、人見知りがほんと、ひどくて……」
「さ、さあ!どんどんやるから!教えて!」
去年のとがった可子の話をしようとしたら、あわて始めた。
ツンツンしてたこと、今は恥ずかしいって思ってるのが、丸わかりだよ。
あー、かわいい。
「じゃ、縦に切って半分にするから、そこから皮をむいて」
「え?切っちゃうの?」
「うん。その方が皮がむきやすいからね。
料理するときには、結局切っちゃうし。それにこのままだと、鍋に入りきらない」
僕は話しながら、筍を縦切りにしていく。文字通りの一刀両断。丈夫さがウリの使用済み米袋の上で、どんどん真っ二つにしていく。
それを可子が受けとって、ぺりぺりと皮をはがしていく。たくさんの皮が山のように積み重なっていくが、むき終わった筍は、小さい。
「えー?これだけ?」
釈然としない顔の可子が、かわいい。
「まあ、ほとんど皮だからねー。
それにあんまり育ちすぎると、固くて食べられないから。このくらい小さい方がおいしいよ」
「ふーん。でも鍋いっぱいになるのね?」
「うん。これだけあればね」
「じゃあ、今日は筍づくしね!」
わくわくとした顔で可子が、筍の皮むきをしている。
やる気を出して、袖をめくりはじめた。白くて柔らかそうな肌があらわになる。かわいい。
「筍ごはんに、筍の煮ものと炒めもの。あとは、筍汁やってみようかなぁ」
「筍汁?」
「ほんとの名前はわかんないんだけどねー。前に母さんがサバ缶入れて作ってくれたのがあってさー。あとでスマホで調べるよ」
「へぇ、なんだか分からないけど、おいしそうね!」
「可子は、サバ缶好きだよね」
可子は狐の国では、なかなかのお嬢さまだったらしい。そのため、缶詰を知らないまま育ったらしく、こっちにきてから珍しさもあり、すっかりハマった。
むしろ、農繁期になると缶詰でしかご飯を食べない生活だった僕には、可子の驚きにカルチャーショックをおぼえた。
それならばと、缶詰料理に精を出したのも去年のこと。おかげですっかり懐いてくれた。
さて。筍、たけのこ。
縦切りにして、皮をむいた筍。糠をひと握り入れたお湯に投入。
ひたすらに湯がく。
炉端に筍の茹だる匂いが満ちる。
花の匂いを押しだして、筍の匂いと湯気だけになる。
火の番と鍋をかき混ぜる役を可子にまかせて、僕は米をとぎに外の井戸端へ。
筍ごはんを多めに作って、あまった分はおにぎりにして冷凍庫に入れようと、多めに米をとぐ。とりあえずは5合。
しゃっかしゃっかとリズムよくといでいると、ウグイスの鳴き声が響いてきこえた。
日に日に、うまくなっている。
庭の奥にある桜の木は、きれいに咲いていた。
ほこほことした白い花が、咲き始めの初々しさを感じさせる。
米のとぎ汁を庭にまいてから、炉端のほうに入ると、真剣な顔で鍋を見ては、薪をたしている可子の姿があった。
しゃがんでいるのに、背筋をまっすぐにしている。そういうとこ、お嬢さまっぽくて
かわいいと思う。
「あついでしょ?ちゃんと水飲んでよ」
「人の姿だから、それほどでもないわ!」
去年の夏に、毛皮姿で熱中症になったのを見てから、色々心配で口出しをしてしまう。
可子は、時々無謀だ。
それでも手を抜くことはしないから、ついついかまってしまう。
クラスメイトたちには、過保護だとよく言われる。
そして、ばあちゃんからは生ぬるい目で見られている。
まあ、いいけど。
ゆがいた筍は、熱くてさわれないから、本当は一晩そのままにして、翌日に水洗いする。
でもなぁ。
可子が食べたいって、言ってるもんなぁ。
僕は、特にやわらかそうなものだけを選んで、さきに菜箸で取り上げる。井戸水をバシャバシャと流して洗いまくる。
ボウルに浮かぶ筍たち。
さて。
炊き込みごはんに使えるように、包丁で細かく切る。ついでにニンジンとシイタケ。
可子が喜ぶから、好物の鶏のモモ肉も細かく切って入れる。
雪平鍋でしょうゆとみりんとごま油で、じくじくと炒める。汁気が飛ぶまで、炒めて放置。
次に。味噌汁用に、野菜を切る。
筍はひと口で食べられる大きさに。
そろそろ保存がむりそうになった白菜を食べられそうなところだけを切って。
あとは、ジャガイモとネギ。なんかわからないけど、ヤーコンもあるから入れてしまえ。
ついでに大根も。
鍋に水を入れて、大根とヤーコンとジャガイモを投入。ガスコンロで火をつける。こっちは普段用の鍋だからガスコンロで。かまどでやったら煤がすごいし、火力が調整がうまくできない。
大きな鍋や羽釜のときだけ、かまどは使う。
さて、鍋の中がくつくつと煮立ってきたので、残りの野菜を入れて、と。
その後に、水にひたしておいた米をガス釜に。
水の分量は5合に合わせて、最後にさっき炒めた筍ごはんの素を入れる。
軽く箸で混ぜてから、スイッチオン。
15分くらいで炊き上がるから、その後にまた15分放置。
さてさて、汁ものを。
ガスコンロの前で、可子がソワソワと水煮のサバ缶を持ってまっている。
楽しみで仕方ないのがわかるソワソワ具合だ。わくわくした顔が、かわいい。
「サバ缶、入れてもいい?」
「うん、いいよ」
缶切りのいらないワンタッチ式の缶詰をあけるのが、可子の小さなマイブームだ。
ぺきょっと音を立てて、あける。
うれしそうにフタをはずすと、湯気ののぼる鍋にそのまま全部入れた。
ふわっと広がるのは、
「サバ缶の匂い……」
よだれ出てるよ、可子。かわいいけど。
ふんすふんすと、オタマで鍋をかき混ぜる可子。味噌を入れて、味見をさせる。
「お、おいしい……!」
ぱぁぁっ!と太陽よりもまぶしい笑顔で、可子が笑う。
ついでに、耳としっぽも出ている。
ふわふわと、左右にゆれるしっぽ。
ちょっとだけ、ワンピースのすそがしっぽでめくり上がっているけれど、可子には教えない。
サービスタイムは、有り難く頂く所存。
こういう時のほうが、キリッとした顔をしてるらしい。いらぬ指摘を、先週ばあちゃんにされた。
ばあちゃん、気にしないで。そこでゆるんだ顔してたら、警戒されるじゃん。
さて。
可子が味見した小皿を、そのままもらって、僕も味見をする。可子相手の間接キスは、自然にやれば案外できる。
キリッとした顔?
してるけど、何か?
すうっとひと口ふくむと、普通の野菜の味噌汁とちがって、魚のうま味が強い。あと、塩気がちょっと強いかな。
あぁ、水煮だけでも、普通にちょっとしょっぱいもんね。
「ちょっとしょっぱいね」
「でも…ご飯すすみそうよね…!」
「たしかに〜」
じゃあ、このままでいいかと、可子とないしょ話のように、クスクスと笑いあう。
夕方のななめに入るオレンジ色の光が、可子の耳をふんわりと照らす。
思わず、ふんわりとした笑みが浮かぶ。
鍋から顔を上げた可子が、僕を見ると急に顔を赤らめた。
「どうしたの?」
アルコールは、入ってないはずだけど。
「……そういう顔、急にされると、その……」
ふわふわの耳が、ぴこぴこと動く。
可子が、なんだか照れているみたいだ。
理由は分からないけれど、照れている可子がかわいくて、つい、腕を伸ばそうとすると。
「………油揚げの匂い!」
急に可子がそう叫ぶと、僕を跳ね飛ばす勢いで、縁側から外に走り出していってしまった。
あぶない。手を出しそうになった。
ため息を大きく、ゆっくり吐く。
「またばあちゃんか」
片手で顔をおおいながら、状況を察する。
たぶん、栃尾の油揚げをまた買ってきたんだ。肉厚だからなぁ、あれ。
ばあちゃんの行商スキルは、化け物じみていていて、お稲荷様からの偏愛を感じる。
100キロ先でも5分とかからない。
筍だってまだこの辺では、全然とれない。でもばあちゃんが行く気になれば、西日本のひろみさんの山でも、1時間で行って帰ってこれる。
「まあ、ばあちゃんのおかげで、狐の国から可子が来ているんだけどさぁ」
本来、狐の国はとても遠い。
それがこの辺りと行き来ができるのは、ばあちゃんたちの力による。
長生きをして、すこやかに、たおやかに過ごしていると、還暦の年にお稲荷様から神通力をいただけるらしい。だから、この村で年寄りだからと、粗末に扱う人間はいない。むしろ、粗末にした途端、物理的に痛い目に遭う。
「菜花と油揚げで、おひたしかなぁ」
すこやかに生きて、まっとうに年をとって、お稲荷様に認めてもらえるような男になれば、狐の嫁入りもアリだそうだ。
「まぁ、まだ10年近くかかるけどさぁ」
お嬢様の可子の胃袋はつかんだし、もうちょっとで腹筋も割れそうだし。
「料理に畑に勉強と、あとは規則正しい生活かー。お稲荷様、よろしくお願いしますよ〜!」
筍ごはんをかきまぜながら、僕は願い事をくそでかい声で唱え続けた。
中学生男子の煩悩にまみれた決意を甘く見るなよ!
縁側の外からは、ほんのり油と香ばしい匂い。
ばあちゃんが、七輪で油揚げを焼いているらしい。ちょっと隙あらば可子の胃袋をつかみにいくのは、ほんと、やめて欲しい。
「ばあちゃん、ちょっとぬけがけしないでよー」
まろい春の夕暮れの空に、僕は下駄をつっかけて外に出た。
ふんわふんわと揺れるしっぽを目印に、庭の中へ進む。
中2の春は、ほのぼの、のんびり。
でも、水面下では、そうでもなかったりする。
普段は隠している、耳としっぽを持つ君を、僕のお嫁さんにしたいから。
のんびりしているわけには、いかないんだ。
(*´Д`*)続編あります〜
『狐の国から来た子にお菓子をあげなかったので、イタズラをされて鼻血を出しました』
(https://ncode.syosetu.com/n2604hx/)
同じく短編です。ハロウィンの話なので、秋ですよ〜。