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祝歌  作者: tosa
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皇上不服

 ······その場所は永遠の闇夜だ。光は存在せず、まるで自分が深海の底に漂う気泡の一つになったような気分になる。


 元より視力が皆無な事実。これが精神を消沈させる事に拍車をかける。指先一つ自由に動かせない。強烈な歯がゆさが全身を駆け巡る。


 そこは正しく牢獄だった。何かに怯える様に身体を丸めて、悪戯に日々を浪費して行く。


 始まりはこうでは無かった。目には見えない程の矮小な存在でしかなかった自分が、この牢獄でその形をを刻一刻と変えて行った。


 変化して行ったのは自分だけでは無かった。この牢獄は時間と共に円盤状に変貌し、その中で私は身体を成長させて行った。


 頼みもしないのにへその緒から強制的に栄養を送られ、広くもない牢獄を更に狭くして行った。


 幽閉される事十月十日。開く事も叶わず、一向に自由が効かないこの眼が苛立ちを募らせる。


 私が。否。余が一度眼光を放てば、文武百官総じて平伏した。片腕を一度動かすだけで百万の軍勢を進軍させた。


 日に三度の食事は天下の珍味が溢れんばかりに並んだ。後宮には各地から選りすぐられた美女達が余の寵愛を夜毎待ち焦がれていた。


 ······だが今はどうだ?余のこの体たらくには暗澹たる思いしか無い。帝国歴史上、最大の版図を獲得したこの名君の末路がこれか?


 だが、何よりも許せんのは天下万民の生殺与奪を握っていたこの余が他人に、しかも平民如きに我が命を委ねている事実だ。


 この下賤の女は市政の男と交わり、その身にこの余を宿した。この卑しい者共は口を揃えてぼざいている。


 自分達の子供に生まれて来てくれてありがとうと。何を世迷言を抜かしておるか!!誰が好き好んで貴様等下賤の者達の子になりたがるか!!


 余を誰だと思っているか!不世出のこの英雄に、卑しい貴様等が軽々しく話かける自体が重罪。それすら理解できんとは!!


 しかも。しかもだ。余はこ奴らの子供として凡百の容姿と能力しか与えられぬ事が決まっている。


 ······この屈辱。この辱め。耐えられる。余は断じて認められぬ。身体の自由が効けば余は毒をもって自害しているだろう。


 いや。万に一つ間違い無く余はそうしている。余のこの怒り。余の魂の慟哭を誰にぶつければいい?


 ······知れた事よ。余の魂を弄ぶ天にだ!!

おのれ天よ!!森羅万象の全てを操る天よ!!


 その姿さえ余の前に現せば、余の精兵達が貴様を滅ぼしてくれる物を!!


 ······だが、余のこの怒りも徒労に終わる。余がこの牢獄から引きずり出されるのも間近だ。


 罪人が死刑所に連行されるのはかような気分であろうか?


 ······分かっている。否。頼みもしないのに教えられている。忌まわしき、憎き天に。余がこれから平民の子として生み出され、とるに足らない七十年の人生を過ごす事を。


 そして余のこの人格も記憶も全て消し去られる事も。直にそれが実行される。


 ······何事だ?光が。微かだが光が見える。何故だ?今の余に視力は無い筈だ。何故光が見えるのだ?


 いや。違う。感じるのだ。直ぐそこに小さな光を感じる。余は、いや私はそこに向かっている。


 その光に導かれる様に、私を包む何か大きな力によって動かされている。私は、いや僕は何を急いでいるんだ?


 ······そうだ。僕は早く出たいんだ。この窮屈で退屈な場所から。ああ。僕は誰だっけ?何だか頭の中がぼんやりする。


 でもそんな事はどうでもいいんだ。早く出たい。早くこの世に生まれたい。


 ······何かが聞こえる。何だろう。弱々しく小さい。でも、生命力に溢れた音だ。それはまるで、何かを祝う音の様に感じる。


 ······違う。音じゃない。これは声だ。泣き声だ。誰だ?誰が泣いているの?


 ······これは、僕の泣き声だ。


 


 

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