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竜狩りの物語第四話   お嬢様は危険思想

 シオルは落胆していた。その直前までは期待に胸を高鳴らせていたにもかかわらず。


 彼女が自警団の詰め所を訪れ、獣人による支配を跳ね除けるべき理念を書き連ねた置手紙を忍ばせて帰ってから数日後。封筒に入れられた状態で家に届けられた返事の書簡には、会って話せる時と場所のみが指定されていた。正式な宛先が書かれていないということは、書いた本人が直接投函しに来たのだろうか。


 これならば学院の講義を抜け出して、自警団員たちと街の支配権を奪取する計画を直接話し合うことができる。そう考えて膨らんでいた期待は、待ち合わせ場所に現れたのがたった一人、それも戦闘の経験を幾分も積んでいなさそうな若者であったことで一気に萎んでいった。


 シオルの脳内には、昨日会ったサベイ団長が人間の部隊を引き連れ、獣人の耳に話が届かない場所で控えてくれている光景があらかじめ浮かんでいたのである。またしても現実は妄想を裏切った。おおかた、置手紙の内容はマトモに受け止められず、市長の娘にくだらない悪戯を控えるよう新兵が伝令に走らされたのだろう。


「自分はバルカと申します。あなたがシオルさんですか?」


「えぇ、私がシオルよ。」


 若者は自警団の兜を脱ぎもせず、小さく頭を下げて挨拶した。伝令を言いつけられた団員にしては、妙に気ぜわしく周囲を見渡していることにシオルは気が付く。


「お手紙、拝見いたしました。」


「そう。」


「あなた様のご意見、仰る通りだと思いました。市民たちは、獣人の軍によって課される税金の重きに喘いでいます。」


「『あなた様』はやめて。見たところ私とほぼ同い年でしょ。」


 バルカは自警団の屈強な男達に比べれば子供同然の外見であった。団の一員であるということは身体も鍛えているはずであるが、ぶかぶかな兜や何かの染みが残る使い古しの防具を無理に装備している様はいよいよ彼をみすぼらしく見せた。


 腰に帯びているのは剣ではなく警棒であり、それは剣を帯びることを許可される一人前の団員として未だ認められていない証である。だが、その目は真剣そのもので、見つめられればバルカの心に秘めた熱意がそのままに伝わってくるようであった。


「では、シオル。聞いてくれ。」


「いきなり呼び捨てになるのも、大概ね。」


「いいから聞いてくれ、シオル。俺は街の見回り任務中を抜け出して来ている、時間が無いんだ。」


「……まさか、あなた、あの手紙を他の団員に見せていないの?」


「あぁ、あれは危険思想だ。団長にも見せられないし、ましてや顧問獣人のアーネストにバレたらどうなってしまうことか。思想犯は重罪と聞く。」


 そのアーネスト本人に向かって、既にシオルは直接獣人排除の構想を語っているのだが。シオルはますますの落胆とともに天を仰いだ。これでは何にもならない。


 このバルカという若者が思想に熱く賛同してくれているのは伝わってきたが、任務の最中に抜け出してくるだけでビクビクしている兵士が一人来ただけで、何の実働力になり得るだろうか。


「俺はあの手紙の中にあった、獣人をも圧倒する戦力というものが何なのか知りたい。その戦力の程が明確になれば、自警団の中でも獣人に不満を抱いていそうな奴に話を持ち掛けてみるつもりだ。そうして初めて、具体的に作戦を練られるだろう。」


 シオルは天を仰いだ顔を戻し、目の前のバルカに視線を向けた。そう言われれば、シオルが書き綴っていたのは何ら具体性のない内容ばかりだった。一か八かに賭けて残してきた置手紙であったが、バルカのように熱意を即座に行動へと移す若者に拾われたのはある種幸運だったのかもしれない。


「どうなんだ、シオル。俺も勝算が不確かなままで計画を進めるわけにはいかない。」


「えぇと、そうね。その戦力というのはウチの学院で秘密裏に研究を進めているのだけれど、身体を鋼鉄で作り上げた兵士よ。」


「身体を……鋼鉄で……?」


 バルカの表情に訝しさと、同時に薄っすら落胆の色が浮かぶ。先ほどまでとは逆に、今度はシオルが必死になって説明する側に回っていた。


「本当にそんな兵士が居るのか?そもそも、学院の研究は宗教や歴史学に関するものじゃないのか。」


「だから、秘密裏にって言ったでしょう。もちろんこの場には連れてこれなかったけれど、あなたも実物を見れば驚くはずよ。」


「とても信じられないな。」


 そのはずである。この場で言葉を伝えるだけではとても彼を信頼させられないと踏んだシオルは、別な提案を示した。


「あなた、夜に自警団詰め所を抜け出して来られるかしら。」


「勝手に抜け出したら、懲罰対象になる。」


「それも、そうよね。」


「だが、その学院で研究しているという鋼鉄の兵士を見ることができるのならば、何とかして抜け出してくる。」


 これほどまでに真っ直ぐに、自分の信じる道を進む若者に会えるとはシオルも思っていなかった。全く内容の具体性に欠ける自分の手紙によって容易く感化されるのも道理だ、とも感じた。


「都合の良い日はあるかしら。自警団の皆さんがどういう任務についているか分からないけれど、夜に抜け出してきやすい日。」


「明日の夜。まだ言い包め易い連中と夜間警備で同じ班になる。俺が居ない間をどうにか誤魔化してもらう……どこに来ればいい。」


「学院。裏庭の方に来て、門衛に見つからずに入れる場所があるから。」


「わかった。」


 バルカは生真面目そうな顔のまま、駆け足で戻っていった。


 自警団の戦力がそのままに自分の起こそうとする革命へ加わるまで道のりは長そうであったが、頼りないながらも、つては出来た。


 残る問題は、鋼鉄の人形の父親を気取るコルニクスの存在である。彼が慈しむようにして日々人形の手入れをしている様を見ても、それを戦闘へと転用する案に賛同するとはとても思えない。ましてや、学院の他の教授に手柄を横取りされまいと人形の存在をひた隠しにし続けている彼が、学院の外から連れ込まれた人間に触れさせることを許可するとはますます考え難かった。


「世間にずっと出さないままで、どうするつもりなの。せっかくの発明を、日の目を見させないで錆びさせるつもり?」


「これは『発明』ではない、『誕生』なのだ。さぁ、エノ。今日もお勉強の時間だよ、簡単な計算を練習しよう。」


「ケイサン レンシウ゛」


 コルニクスが愛おしく見つめる人形は口の部分が複雑な機構へと改造され、無機質な音の組み合わせで聞き取りづらいながらも人間が使うのと同じ言葉らしきものを発せるようになっていた。気のせいでなければ表面も綺麗に磨かれ、輝きが増したようでもある。


 目の前ではコルニクスが単純な算術の問題をエノに解かせ、その上達を確認するたびに感嘆の声を上げていたが、シオルにとっては大して興味を惹くことでもなかった。


「その人形、ずっと椅子に座ってばかりだけれど、動けなくなったりしてないでしょうね。」


「『人形』ではない、エノと呼べ。動けるとも、毎朝早くに学院の庭を一緒に散歩している。誰にも見つからんようにな。」


「散歩程度?走ったり跳んだり、物を投げたりは?」


「エノがそんなことをする必要は無い。よいか、往々にして主観で思考を左右されがちな人間に成り代わり、エノは純粋なる客観的事実の研究者となり得るのだ。分かったら私の邪魔をせんでくれ、エノを赤ん坊の状態から成長させねばならんのだ。」


 現在のコルニクスは自らこそエノの教育係なりと断じてしまっているらしく、他からの提案を受け入れることなど考えられない様子であった。その様子を目の当たりにしたシオルは、これからの計画にコルニクスを加える必要性をいよいよもって見出せなくなっていた。

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