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忘れられたころ第三十六話   罪深き過去

 前に住んでいた街でも、パブロは常に飢えていた。いつも傍らに居たマディスと手を組んでおり、その当時のマディスは「ペラ」と名乗っていたのが現在との違いではあるが。彼は窃盗を生業としていたが、当然ながら収穫は運によって大きく左右され、さらに彼らが犯行を重ねるごとに街の商店は当然ながら警戒を強めた。


 やがて、いかにも見すぼらしい身なりのパブロは街頭に顔を出すこと自体が難しくなった。彼が近づけば、ありとあらゆる店の従業員や店主から不審の目で見られるようになったのである。いよいよ窮した彼らは、盗みのために乗じることの出来る混乱を起こす計画に手を出した。


 美しい金髪に、整った顔立ちを備えたマディスは、まだ外見で不審者扱いされることは無かった。その内面はパブロと似通ったものであったが。彼がまずその街の礼拝所に見習いとして住み込み、パブロは礼拝所で行われる食糧配布に浮浪者の一人として参加する。


 礼拝所にて無償で行われる食糧配布は聖職者による慈善行為であったが、当然ながら集まってくる市民全員に対して食べ物が行き渡ることはない。毎回必ず、食事にありつけずすごすごと帰らざるを得ない者たちが居る。パブロはそんな連中をかき集め、一斉に不満の声を上げ、折り取った手すりや廃材を振り回して暴動を起こしたのである。


「食い物をよこせぇぇ!腹を空かせたまま帰れってか!」


「俺たちを飢え死にさせる気かぁぁ!」


 マディスの役割は礼拝所の中にあった。説教台にて演説を行う教父――前の街では司教と呼ばれていなかった――以外の礼拝所関係者は、全員が揃って厨房の調理場、および聖職者専用の礼拝室にて朝の祈りを捧げている。


 彼らが暴動に対処し、早急に騒ぎを収めてしまわぬよう、足止めするのがマディスの仕事である。礼拝室の扉は静かなる祈りのため、早朝から閉じられている。マディスはその扉の前に机や椅子を積み上げた。外開きの扉が確実に封じられるよう、廊下いっぱいにつっかえるよう扉の前に即席のバリケードを築いたのである。


 厨房は、食事を給する役目を終えた見習いたちが礼拝に参加する場所であった。教父による説教が終わらぬうちにと大急ぎで戻って来た見習いたちは、マディスがいずこかへ姿を隠している事にも気づくことなく厨房の扉を閉め、各々床に跪いて手を組み、祈りの姿勢を取っていた。


 マディスはその厨房の扉の前にも、書見台や書物庫から引っ張り出してきた読書机を次々と積み上げ、開かないように封じていた。家具を引きずる重い音が厨房内にも聞こえたかもしれないが、原則として教父が説教を続ける間、祈りを中断することは無い。


「敬虔な聖職者ってのは良いカモだな、俺たちどうして最初っからここを狙わなかったんだか。」


 パブロが引き起こし始めた騒動を遠く聞きつつ、ひとりマディスは前もって目を付けていた教父の執務机を開いて金目のものを懐に詰め込んでいる。部屋の隅にある金庫は後ほどパブロとともに運び出す予定だ、おそらく街の有力者から寄進された金が詰め込まれているだろう。


 そこまでは、パブロと打ち合わせた通りであった。ポケットを金品で一杯にして、相方とともに金庫を抱えて礼拝所の裏口から逃げだす。警備は騒動の集中する表門に掛かり切りだろう。が、廊下を渡って来た煙、そして焦げ臭さにマディスの動きは固まる。


「おい……おい、まさかパブロの奴、火を放ったのか?」


 教父の執務室から掛け出てみれば、廊下は既に充満した煙で視界が利かなくなっていた。パブロは礼拝所に火を放ったのだ。火事を起こせばより混乱は大きくなり、自分たちが盗める量も増えると踏んだのか。パチパチと炎のはぜる音に混じり、民衆の怒号や悲鳴が聞こえてくる。


 いや、この悲鳴は礼拝が行われていた聖堂から聞こえるにしては近すぎる。こんな近くで悲鳴を上げている者たちが居る、となれば……。


「俺が封鎖した、あの部屋!」


 つい先ほど、自分は礼拝室および厨房の扉前に机や椅子でバリケードを築き、窃盗を行っている間に聖職者や見習いたちが出てこられないようにしていた。今、その部屋からは凄まじい勢いで煙りが噴き出している。絶叫と号泣、数多の手が必死で扉を叩く音に耳が劈かれる。


「熱い……熱いぃ!」


「開けてくれ!開けてくれよ!」


「どうして扉が開かないんだ!助けて……!」


 マディスは大急ぎで厨房前に積み上げた机を撤去しにかかる。自分ひとりで持ってきた机を、再び動かすことは容易い筈だった。が、濛々と扉の隙間から吹き付ける煙と熱風に咳き込みながらの作業は遅々として進まない。


 ようやく机の位置をずらし、厨房の扉が人ひとりが通れるほど開いた時、中から何か黒いものが飛び出してきた。


「あ……。」


 それは廊下に倒れこみ、声も無く激しく痙攣している。煤で真っ黒になったそれが元々誰だったのか判別はつかなかった。


 既に厨房は火の海となり、開いた扉から放たれる熱射は浴びるだけで火傷を負いそうなまでに強烈だ。もはや悲鳴は聞こえない。が、折り重なって倒れた黒い塊、髪や肉、臓腑の焼ける猛烈な悪臭の中でも、なおうごめき続けている者たちがいる。廊下に転び出た者は、焼かれた喉から声も出せずに悶え続けている。


「ごめん。」


 マディスは腰に忍ばせていたナイフを取り出した。パブロとの「仕事」のために調達した、刀身の捻じれた殺傷力の高い刃物。今なお死にきれずに苦悶し続けるその黒い塊たちに向け、マディスは手あたり次第に刃を突き立てた。


 ブシュッ、ブシュッと湯気が立ち、鮮やかなピンク色の肉が黒ずんだ皮膚の下から現れる。彼らの動きが止まるのを確かめるまで、マディスは刺し続けた。何の罪滅ぼしにもならない行為を続ける彼を熱波と煙が襲い、彼の金髪は吹きつけられた煤で黒ずんだ。


 不意にその背を叩かれる。即座にナイフを振りかざして体を反転させたマディスは、おどけたように両手を上げるパブロと目を合わせた。


「よお、人殺し。収穫はどんなもんだ、そいつらから追いはぎしたって、大したことねーんじゃねぇの?」


「どうして、礼拝所に放火した。計画と違う。」


「ここが火事になったら、街中から目立つだろ?火消しに向かった連中の家は空っぽになる、そこに忍び込めばさらに収穫が増えるってもんだ。」


 得意げに喋りながら、パブロは床の黒ずんだ遺体を足先で小突いている。パブロの靴裏にしごかれた遺体の指先はズルリと肉が剥がれ、真っ白な骨が現れる。


 もはや力が入らない腕が動かなくなる前に、マディスはナイフを鞘に収める。そしてその震える手で、彼は自分のポケットに詰め込んでいた金品を廊下にばら撒いていた。驚いたように後ずさるパブロに背を向け、マディスは力なく足を運び礼拝所の外へと向かっていく。


「おいおい、どこ行くんだよ相棒。これ全部もらっちまっていいのか?」


「好きなだけ取ればいい。お前と組んでいたのが、俺の間違いだった。」


 間違いなく、パブロと組んでいたおかげで自分は今まで生きてこれた。これだけ無差別に多くの人間を苦しめて死なせることまで、彼の計画に入っていたことなど知らないままに。


「……パブロ。お前が何処で何をやろうと、二度とかかわるもんかと思ってたのに。どうして、この街に来たんだ……。」


 自分のつぶやきが、妙にボソボソとくぐもって聞こえる。ハッと顔を上げると、部屋には眩しい朝の光が差し込んでいた。周囲のベッドには誰の姿もない、既に朝の礼拝が始まっている時刻である。


「しまった!」


 マディスは睡魔に抗えず、かつての光景を夢に見ながら眠りこんでしまっていたのであった。大慌てで宿舎の寝室を飛び出したマディスは、礼拝所の聖堂へと駆けて行った……。前の街で行われたことを、再び繰り返させるわけにはいかない。

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