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竜狩りの物語第三十五話   今さら気付いても、遅い

 獣人たちが異変に気付いた直後、シオルは拘禁場所を移動させられていた。人間側の統治者の娘として逮捕後も特別扱いを受けていた彼女は、鉄格子で囲われているとはいえど日当たりの比較的良い砦の上階に留め置かれていたのだが、人間たちによる反乱発生の報告が届いて即座に地下牢へと移された。


 気を配った扱いを受けている彼女は窮屈な拘束具や拘束衣を着用させられることもなく、ただ獣人兵士の護送に従って歩かされるばかりであった。だが、自らの身柄が薄暗くジメついた地下へ移されるのだと見てとった瞬間から、シオルの表情には明確に不服の色が浮かび始めた。


「どうせ父さんも面会に来ないからって、私を雑な扱いに格下げするってつもりじゃないでしょうね?ひったくりや酔っ払いと同じ扱いになんて、させないわよ。」


「頼むから大人しく来てくれ、それとも全身を拘束された状態で運ばれたいか?」


 この移動には乱闘に巻き込まれる可能性からシオルの身柄を遠ざける意味があったのだが、それと知らず見当違いな警戒心を尖らせるお嬢様に獣人兵士はウンザリした顔で答えた。


 獣人砦の地下牢は多くの人間たちもイメージする通りの薄暗く、薄ら寒い、見るからに居心地の悪そうな独房の並びであった。軍律を乱した獣人兵士に懲罰を与える名目で作られため、獣人の体格に合わせて大きく作られていはしたが。


 冷たい石の床に座り続けさせるわけにもいかぬ、と護送の獣人兵士はクッションを一つ持ち込んでくれていた。が、先ほどまでは背もたれのある椅子に座っていたシオルは直に床の上に置かれたそのクッションを前に、いよいよ機嫌を損ねたふくれっ面を見せて立ちっぱなしで居ることを選んだようであった。


「座らないのか?」


「私は文化的な人間なのよ、床に直接座るだなんて野蛮な仕草を強要しないでくれる?」


 せっかくの好意を無碍に拒まれた獣人兵士は、独房の施錠を確かめおえて無言で離れて行く。時はちょうど、サベイたちが人形の部隊を押し立てて既に獣人砦へと突入した頃、戦闘の騒ぎはシオルのもとへ未だ届いていない。


 シオルからは石の壁に阻まれて隣の独房の様子を窺い知る事は出来なかったが、鉄格子越しに向かいの独房に何者かが居る様は見えた。みすぼらしいボロ着に身を包み、粗末な寝台の上に横たわっている。


 薄暗い中ではあっても見覚えのある彼の服装を識別したシオルが、彼の名前を思い出すのにさして時間はかからなかった。


「……コルニクス?」


「……。」


 返事はない。眠ってしまっているのかと目を凝らしたシオルは、寝そべったコルニクスの片手が弱々しく、震えるように動いている様子を見て取った。


「コルニクス、寝ぼけているの?」


「……。」


 やはりコルニクスは無言のままであったが、彼の身体の中で唯一動かせる部位であった左手だけを、シオルの呼びかけに応じるように動かしていた。


「聞こえてるのね?」


「……。」


 コルニクスの左手の指先が不規則に、音もなく寝床の端を叩く。声を出せない中で何らかのメッセージを伝えようとしているのか、あるいは単に手が震えているだけなのか、シオルには判別できなかった。


「どうしたの、コルニクス。具合が悪いの?」


「……。」


「コルニクス、ねぇ、コルニクス……ちょっと!兵士さん、コルニクスの様子がおかしいわ!誰か!いないの?」


 見張りの獣人兵士は上階にて、人間たちが用いる人形についての注意事項を受け取っている最中であり、この場には居合わせていなかった。


 全身を動かせず、弱々しく震えながらもどうにか動かしていた片手も徐々に動きが鈍くなっていくコルニクスが、いよいよ体力の限界にあることは明白であった。シオルは自らを緊迫状態に置くことを拒んでいた。


 コルニクスは少し具合が悪いだけであり、背中をさするか水を飲ませるかすれば一息つける程度の状態なのだ、と思い込もうとし続けていた。命に別条があるような状況ではあるまい、と。


 自分の行いが巡り巡ってコルニクスを現状へと追いやったことは間違いないのだから。


「まぁ、しばらく寝ていれば具合も治るでしょう。にしてもコルニクス、あなたヘマをやらかして捕まったのね。獣人軍に見つかったんでしょう、エノのこと。」


「……。」


「私だったら、決して研究室の外には出さなかったでしょうね。可愛がりたいあまりに、エノを庭で散歩なんてさせるもんだから。」


「……。」


「世の中、悪いことは出来ないようになっているものね。叡智の花弁を研究に転用するだなんて、禁忌を犯したのがいけなかったのよ。」


「……。」


「でも安心なさい、いずれ叡智の花弁で作った人形たちの力で獣人の支配を覆せば、研究の第一人者である私たちは英雄として崇められるんだから。」


 もはやコルニクスは指先をピクリとも動かせはせず、一切の反応を示さぬままに独房の寝台の上で横たわるばかりであった。


 砦内を攻め立てて来る人間の靴音、人形たちの硬質な足音、そして獣人たちの吼え声が地下牢にまで届き始めた頃、立ち続けるのにも疲れていたシオルは先ほどのクッションの上で膝を抱えて座っていた。 じめつく地下の薄暗がりの中、冷え切った石の床に腰を下ろせばあっという間に体温は奪われ、骨の歪む痛みが腰に響き始めるのは明白であった。


 誰も話し相手が居らず……話し相手になり得たコルニクスはピクリとも動くことなく……不安の中で時を過ごし続けるシオルは、唯一の温もりを獣人見張り兵士が持ってきてくれたクッションの存在にのみ感じていた。


 突如、ドスドスと重い足音が響き、数名の獣人兵士たちが地下牢区画へと踏み込んでくる。一様に舌を出し、ハッハッと熱い息を吐いている彼らは、やにわに各々手近な独房の扉を開けて自らその中へ閉じこもった。シオルの独房にも見覚えのある一体の獣人が入ってきたが、彼はシオルの監視を任ぜられていた兵士であった。


「なっ、なんのつもり?この狭い中で、抵抗できない私に何をするつもりなの?」


「人間どもの蛮行は、すぐ近くまで迫っている。お前を守らなければならない。」


「すぐ近くまで、人間が……」


 シオルはすぐさまに状況を推察した。おそらく自警団団長のサベイはあの後、シオルから技術と叡智の花弁を引き継ぎ、人形の部隊を完成させたのだろう。人形の中身に触れさせることで獣人兵士に次々と理性を失わせ、今や人間の部隊が獣人兵士をここまで追い詰めているのだ。


 それも、間違いなくこの私を助け出すため。これといった根拠もないままにそこまで確信したシオルは、緊迫した様子で鉄格子越しに外の様子を窺っている獣人兵士へ居丈高に言い放った。


「フフフッ、この私を人質にして、自分の身を守ろうってわけ?残念だけれど、もう獣人の支配を終わらせる目前まで来ているのよ。私一人の身を案じて、計画を止めるはずがないわ。」


「違う。あの人間どもは、理性を失っている。平穏の守護者たる我々を殺し、狂わせ、犠牲を徒に増やしている。」


「まぁ、あなた達、自分たちのことを平穏の守護者だなんて考えていたの。私たち人間から見れば、単なる抑圧者よ。」


「もうじき、お前にも分かる。奴らが、すぐそこまで来ている。」


 獣人兵士は腰から鉄製の太い棍棒を引き抜き、石の床を叩き割り始めた。唐突に開始された破壊活動にシオルが困惑と驚きのまま距離を取っていると、彼は砕き終えた手ごろな石の破片を手元に集めているのであった。


 やがて人間たちの声がすぐ近くで聞こえ始めた時、獣人たちは鉄格子から腕を出し、その破片を人間たち目掛けて投げつけ始める。変わらず人間たちは人形の部隊を先頭に立てているらしく、獣人兵士の剛腕が振るわれるたびに飛来する石片で人形の身体が粉砕される音が響いた。


 おそらく、人形を破壊した後に飛び出してくる内容物に触れると理性を奪われる、という情報は生き延びた獣人たちの中で共有されているのであろう。彼らは徹底して自律人形に近づかず、近づけさせなかった。


 シオルは、自分の入れられた独房で同じく人間の部隊目掛けて投石を続ける兵士の背中をずっと眺めていた。その気になれば、目の前で無防備に晒されている背中に飛びつき、人間の自警団および人形部隊への投石を妨害することも出来た……少女の非力さでは、何ほどのことも出来なかっただろうが。


 しかし、獣人兵士の浮かべる必死の形相は何らの下心も感じさせないものであり、そこには自らに課せられた任……シオルの身柄を監視し、護衛するという役割への遵守が明確に表れていた。


 確かに獣人軍は人間の社会を一方的に管理、監視しながらも、秩序を守る側だったのである。

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