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竜狩りの物語第三十三話   調子の違う人間

 砂埃を身体から払いながら立ち上がったバルカは、見慣れぬ武器を手にしたレナルドの長身を見上げていた。バルカの低身長では、大抵の相手と対峙する際には見上げることとなった。


「さっきの細い棒、どうやって飛ばしたんだ?」


「どうやって、って、この弦に引っ掛けて、弧をしならせる力を用いて飛ばしたんですよ。」


「……弦?……弧?」


「言葉自体を知らない相手に説明するのは、骨が折れますね。」


 バルカ自身の反応が鈍かった所以を説明するためには、この時代に弓矢という武器が完全に廃れていたという説明を付け加えざるを得ない。遥か昔、獣人たちとの戦いの歴史が幕を開けたばかりの頃であれば人間側の兵士たちは積極的に弓を用いていた。


 荒れ狂う獣にわざわざ接近することは無謀の極みであり、遠距離から効果的に傷を負わせられる弓矢こそ優れた狩りの道具とされていたのである。


 しかし、人間たちはいずれ自分たちが直面しているのは獣狩りではなく、戦いであるということをいやというほど思い知らされることになる。理性を持たず、統制も取れていない動物の群れならばまだしも、獣人兵士たちはわざわざ人間の側に有利となる状況を戦場に選ばなかった。


 すなわち、弓矢の射線が通りにくい森林や狭所にて人間の部隊を襲撃し、開けた土地で戦わざるを得ない場合は獣人特有の嗅覚や聴覚が優位に働く闇夜を開戦時刻として定めたのである。よほどの名手でない限り、視力の利かない状況で巧みに矢を命中させることは不可能に近かった。


 そも、獣人はその膂力を活かして人間とは比べ物にならぬほど頑健な重量鎧を身に着けている。人間の腕力で引かれる弓がその防具を貫くことは容易いことではなく、仮に鎧の隙間を突いたとしても自前の毛皮が鏃の突入を阻害し、更にその内側には分厚く硬い筋肉が体内への異物の突入を防いでいる。


 何よりも、野生動物であれば矢を打ち込まれた痛みに警戒してその場を逃げ去るという原則が、獣人兵士には通用しない。彼らは射手隊の位置を即座に特定し、遮蔽物に姿を隠したり、場合によっては優先的に進撃を行い彼らを撃破したのである。


 たった一体の獣人兵士に何百本もの矢を集中して射込めるのならばまだしも、布陣の死角を突き、人間の鼓膜を容易く破るほどの咆哮を上げて殺到してくる獣人軍を前に弓兵たちは思うように戦果を挙げられなかったのであった。


 身体能力においてことごとく劣る人間の側に、獣人兵士に対し効果的な戦法などそもそも存在しなかったのだが、真っ赤に焼いた鉄塊を投げつけて迎撃する手段が多少なりと効果を上げていたこともあり、飛び道具の主役はやがて投石器へと取って変わられた。


 ゆえに、弦の張り詰めた弓を掲げて見せたレナルドの前で、間抜け面を晒して瞬きを繰り返すばかりであったバルカが特段に低い知能の持ち主であったわけではない、とここに繰り返しておく。本人の名誉のためにも。


「そんな細い糸で、あんな勢いよく細い棒を飛ばして、離れた敵に突き刺せるものなのか?」


「細い棒、ではなく矢ですよ。」


「やですよ?……何が嫌なんだ?」


「もういいです、あなたに説明するのは難しい武器だということです。」


「そうか。」


 バルカもレナルドの言葉を受け、あっさりと更なる説明の要求を取り下げた。この探求心の無さはバルカの短所であると同時に、兵士としての美徳であった。彼は自分の身体に目立った傷が無いことを確かめた後、程近い路上に転がっていたエノのもとへと近づいていった。


 逃げ去っていった狼の姿はもはや付近に影も形も残っていなかったが、エノは獣の暴力に晒され続けた恐怖が身体から抜けないのか未だに縮こまってブルブルと震えていた。


「おい。」


「タスケ……タスケテ……」


「おい、起きろ。もうさっきの獣は居ない、だがグズグズしてるとまた襲われるぞ。」


「モウ、イナイ?」


「なるほど、これがお嬢様の関わっておられた人形とやらですか……。」


 バルカに促されたエノが金属の身体を巧みに動かして起き上がる様を、レナルドはさして驚く様子もなく眺めていた。自律人形の姿がある場所にシオルが決して連れてこなかったレナルドのことを自警団団長サベイは信用していなかったものの、バルカに彼を疑う知恵はなかった。


 立ち上がったエノは路上の砂利の上を引きずり回されたためか無数の傷がつき、身体のあちこちがへこんでいる。それでもなお二本の脚で立ち上がり、歩き続けるだけの機能が残っているのはコルニクス教授の作り出した機構の優秀であるがゆえであった。


 バルカはエノが向かっていく方に獣人砦がある事を見とめ、慌ててその腕をとらえる。


「待てって、獣どもの恐ろしさは十分に味わっただろ。詰所に戻るぞ、せめて建物の中に隠れて姿を見せずに居れば、理性を失った獣に襲われることは無い……たぶん。」


「ヤダ、パパニ、アイタイ!」


「無茶だ、さっきの獣はまだ小さい方だ。砦の中には、もっと狂暴な連中が居るんだぞ。また、怖い思いをしたいのか。」


「パパニ、アエナイホウガ……モット、コワイモン。」


「途中でぶっ壊されてバラバラにされたら同じことだ、戻るぞ。」


「ヤダ、ッテ、イッテルデショ!ハナシテヨ!!」


 文字通りに金切り声を上げ、エノはバルカに捕まれた金属の腕を力任せに振るう。自分の身体がフワリと浮き上がったような感覚があった時、バルカは自分の身に何が起きたのか判断できなかった。


 足の下に曇り空が見え、頭上に路面があることを確認した次の瞬間には、レナルドの腕の中で彼の身体は受け止められていた。エノの腕力によって、バルカの小柄な身体は易々と投げ飛ばされたのであった。


 呆気に取られていたバルカであったが、自分が少女のような恰好でレナルドの両腕に抱きかかえられていることに気付き、間もなく不機嫌そうに顔をしかめながら路上へと降ろされる。エノはと見てみれば、頭から真っ逆さまに硬い路面へと落ちていくバルカの姿にショックを受けてまたしても固まってしまっていたようであった。


 思慮深げにこの場に集った一同を眺めながらレナルドが静かに笑みを浮かべている傍らで、バルカが誰が意図したわけでもない侮蔑に対し小さく舌打ちする。


「……チッ。」


「ゴメンナサイ、エノ、アブナイコト、シチャッタ。」


「構わないんですよ、まさかバルカ君の体重がそこまで軽いとは思いもよらなかったのでしょうし。」


「うっせぇよ。」


「しかし……」


 レナルドは腰のベルトに差した幾本ものナイフの柄を弄りながら、何がしかの考えをまとめている様子であった。先ほどは弓矢という世にも珍しい武器にバルカは目を奪われていたが、改めて見てみればレナルドの武装は本格的なものであった。


「エノさん、でしたか。あなたの腕力は見かけによらず頼もしい。獣人には劣るかもしれませんが、並みの人間を越えているかもしれませんね。」


「ソウカナ……」


「我々が共に獣人砦へ赴けば、あなたの仰る『パパ』のもとへたどり着くことは出来るかもしれません。私も、シオルお嬢様の無事を確認しに行かねばなりませんし。」


「ホント!?イク!エノ、パパニ、アイニイク!」


「我々ってのは、俺も入れてるのか?」


「えぇ、戦力は多いほど良いでしょう。あるいは、あなただけ怖気づいて帰った、と後ほどサベイに報告しても良いのですが。」


「馬鹿言うな。」


 やはり人間の力では遥かに及ばない獣人兵士たちへの恐怖が脳裏をよぎるバルカ。が、さっさと歩きだしたエノとレナルドの背に急かされるようにして街はずれへの道を進み始めた。


 シオルの保護を優先すべき立場ながら、何故か今の今まで獣人砦に近づいていないレナルドに対する疑念が湧くほどの頭はバルカに備わっていなかった。

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