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竜狩りの物語第三十二話   細い棒を遠くから飛ばす魔法

 甲高い悲鳴が人気の去った街路に響く。理性を奪われた獣人兵士たちが散り散りに逃げ去ったことで、既に街全体へと波及した混乱は至る所で住民たちの悲鳴を喚んでいたが、たった今響いてきた悲鳴は明らかに人間の物ではなかった。金属の管を通した声のように籠り、どこか無機質だ。


 バルカは自分の探し求める相手がそこに居ることを確信し、警棒を握り直して駆け出して行った。


「イヤ!ダレカ、タスケテ!ヤメテ!」


 がしゃん、がちゃん、と金属質の物体が至る所へ叩きつけられる音も悲鳴に加わる。駆けつけたバルカの目の前では、全身が傷だらけとなった金属製の人形が大型の狼に噛みつかれて振り回される光景が繰り広げられていた。


「ガルル……!」


「ヤメテェェッ!」


 狼がさして獰猛な唸り声をあげていなければ、そして人形がそこまで悲痛な叫び声を上げていなければ、それは単に大型の犬が人形を振り回して遊んでいるだけの、ごく無害な光景に過ぎなかったかもしれない。


 だが、金属人形たるエノが恐怖に耐えかねて甲高い悲鳴を上げるたびに狼は更なる興奮状態へと陥り、投げ飛ばされる都度じたばたと足掻いて逃げようとする動きはむしろ狼の追跡行動を誘っていた。エノの金属の身体に痛覚が備わっていなかったとしても、明確な攻撃対象として扱われる状況自体が恐怖を感じさせていた。


「アァァッ!ヒャアアッ!」


「ウゥゥ!グルル!」


 現場へと到着し、しかし率先して飛び出すことなく物陰から状況を観察していたバルカの心に迷いが生じた。場合によっては、あの狼が人形を完全にバラバラに破壊してしまうのを待つのも手かもしれない。


 人形たちの中から放出される叡智の花弁の糸は、既に知性を奪われ動物そのものとなってしまった存在に対しては何の効果も発揮しない。すなわち、一切の戦闘能力を持たぬエノは目の前の猛獣によって一方的に加害される以外の道を持たなかったわけであるが、そもそもが人形である。


 完全に破壊されたとしても、叡智の花弁さえ残っていればまた組み立てればよい話なのである。人形の体内に満たされているのは花弁から生える真っ白な糸のみであり、肉ではないものを獣たちもよもや喰らいはしないだろう。エノが全く行動する機能を喪失し、ただのガラクタと化してしまえば、狼も興味を失うはずだ。


「タスケテ!タスケテェエ!」


 またしても悲痛な叫びが響き渡り、バルカは顔を曇らせる。その甲高い声には金属の擦れる音が多分に混ざりつつも、人間の子供のそれとほとんど変わりない。既に街の至る所で人間たちの悲鳴が響いている状況にもかかわらず、目の前で助けを求める人形の声を無視することはバルカの心の中に大きな抵抗感を生んだ。


 たった今目の前で襲われているエノが、街中へと飛び出すよう唆したのはバルカ自身である。


 そも、街の住民たちに被害が出ることを織り込んだうえで、サベイ団長は獣人砦への攻撃を開始したのである。バルカ一人が今さら市民の救出に向かったところで、減らせる被害など知れている。だが、この現場にて助けを求めている、エノのことは確実に救う事が出来る。


「……そこで、じっとしてろ!」


 バルカはしばし思い悩んだ末、物陰から飛び出して行った。警棒を鋭く振り下ろし、狼の肩あたりめがけて打ち込んだ。不意を突かれた獣であったがすかさず距離を取って向き直り、唸り声をあげる。


 彼に自らの意を決させた材料には、更に現実的な側面もあった。獣人指揮官を始めとする、獣人軍の主力たる大柄な兵士たちは、動物同然の状態になったとしても人間の手に負える存在ではない。どれだけ身体を鍛えた人間であろうと、その数倍から数十倍にも匹敵する体躯の獣によってあっさりと殴り飛ばされ、食い殺されてしまう。


 が、ここに居るのは一匹の狼だけである。体重も、人間の大人と大差ないだろう……小柄なバルカでは多少劣っているかもしれないが。


「ガォッ!」


「なに!?」


 が、その見立ては早くもあっさりと覆された。人間と対峙する場合と比べても数段早く、狼はバルカに考える余地を与えずして飛び掛かって来たのである。軽いバルカの身体は容易く突き飛ばされる。ちょうど、組手練習の際に体格の貧弱さを笑われている時のように。


 咄嗟に受け身を取ったおかげで後頭部を打ち付けずに済んだバルカは、反撃を行おうとする前に無意識のうちに首元を守るよう警棒を構えていた。日々の鍛錬の賜物か、結果的にはそれが正解であった。


「ガルル!グルルルル!」


「くそっ、この……離れろ!」


 首筋めがけて突っ込んできた狼の、吹きかける吐息が熱くバルカの顔を拭っていく。構えていた警棒を狼の口に噛ませた状態で押し返そうとするも、バルカの腕では力不足だ。棒きれで簡単に追い払われる野犬しか目撃したことのなかった彼にとっては、予想外の膂力を狼は備えていた。


(ウソだろ……!?)


 じりじりと近づいて来る鋭い犬歯から、唾液がビチャビチャと滴り落ちる。カランカランと虚しい音を立てて転がり回るエノと比べて、明らかに肉を有していそうな獲物を前にいよいよ獰猛性を増しているのだろう。


 自らが死ぬという事をすぐに実感は出来なかったが、バルカは瞬間的に抵抗を観念しかけた。


「ギャウ!ガルル……!」


 いよいよ震えてきたバルカの腕に力が入らなくなり、狼の牙が喉元に届こうとしたとき、獣は鋭い悲鳴を上げてその場から跳び去る。力が抜けかけている腕でどうにか起き上がったバルカは、狼の脇腹に突き立った細い棒と、そこに滲んでいる獣の血を目にすることとなった。


「誰が攻撃したんだ?近くに……誰も居ない?」


 自分が未知なる攻撃を受けたことで半ば混乱しながら周囲を警戒している狼と同様、バルカもまた当惑してキョロキョロと見回していた。またしても、どこか遠方から細い棒のようなものが飛来し、狼の胴体に突き刺さる。その細い棒は小さな羽のようなものが付いており、それが武器だとしてもバルカの知識にない形をしている。


 姿の見えぬ敵に攻撃されている状況で危機感を覚えたのか、狼は名残惜しそうにバルカの方を見返りながらも、その場を足早に去っていった。


「いったい……何だったんだ。遠くから棒を飛ばして突き刺すだなんて、まるで魔法みたいな。しかし、おとぎ話じゃあるまいし……」


「弓矢、だよ。歴史の勉強などしてこなかった君が知らなくても不思議ではないけれどね、バルカ。」


 人々の叫び声が遠くこだまする街の状況に、似つかわしくないほど落ち着きはらった声がバルカの背後から聞こえてくる。振り返れば、一人の男が身軽に民家の屋根から飛び降り、ふわりと着地するところであった。


「アンタは、時々シオルのお守りをしてた……」


「レナルドだ。自警団の先輩の名前ぐらい、覚えておいてもらいたいね。」

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