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竜狩りの物語第三話   一念発起、意にも介されず

「確かに言葉をきちんと覚えてもらわなければ、こちらの命令通りに動かすことも出来ないでしょうね。コルニクスが人形の言語教育に勤しんでる間に、仲間を募らないと。」


 いかに鋼鉄の頑丈さを誇る人形を戦力に仕立て上げたところで、孤立無援の状況に放り込まれてはその力も十全に発揮できないだろうことは、戦闘についての知識を持たないシオルをしても想像に容易いところであった。


 とはいえ素人を寄せ集めた所で烏合の衆が出来上がるのみ、一定の戦闘訓練を積んだ『仲間』を求めて彼女が次に向かったのは街の自警団の詰め所である。団員募集窓口を務めるアーネストに話を通しても以前のように門前払いを喰らうことは確実だったため、彼女は直接彼らと接触を図ったのであった。


「しかしお嬢様、なぜ私が元自警団員であったことをご存知でしたので?」


「あなたが家の門番をしている時、街を見回っている自警団の方たちは必ずあなたに頭を下げていくでしょう。私の部屋の窓から毎日見てるんだから。」


「お暇なんですね、お嬢様。」


 市長の家にて雇われている警備員兼使用人、レナルドはシオルを連れて自警団詰め所の裏口扉を叩いた。これと言って暗号のような取り決めがあるわけではないのだが、かつてこの組織に身を置いた者であれば名乗らずとも自分が団員たちの仲間であることを伝える術がある。


 それは単純に力任せなノックを叩きつけるだけであり、扉横の窓をガタガタと震わせるほどに乱暴さを示して見せた訪問者には


「帰れ!」


 との丁重な応対が中からすかさず飛んでくる。シオルは、白髪交じりの髪をぴったりと頭に撫でつけたレナルドの紳士的な一面しか見たことがなかった。彼女が目を丸くしていると、振り返ったレナルドはどこか悪戯っぽい笑顔を見せつつ、改めて過剰なノックを行う。


「ちょ、ちょっと、中の人を怒らせたいの?」


「これが自警団員の挨拶ですよ、お嬢様。」


 此度は中から無言だけが返されたことを確認し、レナルドは扉を開く。目の前には眉根に皺を寄せた大男が警棒を手に立ちはだかっていたが、頭を下げたレナルドはこれまたシオルが普段聞き慣れない、腹の底から響くドスの効いた声で挨拶を投げかけた。


「お疲れ様です。こちらはサベイ団元団員、レナルド。お邪魔いたします。」


「こりゃ珍しい。団長が見回りから帰ってくるには早すぎると思えば、アンタのお訪ねとは。」


「ウチのお嬢様が詰め所を見学したいとのことで。まだ見張り番を続けてるんですか、マーカス。」


「足を悪くした兵士に出来る仕事と言やぁ、これぐらいだ。ようこそお嬢さん、ここはむさくるしい所だが。」


「……どうも。」


 マーカスと呼ばれた大男は片足を引きずるようにしながら通路から退き、シオルに向かって微笑んで見せた。彼にとっては笑みのつもりだったのかもしれないが、肉厚な表情筋に覆われたその顔が口角を引き上げたところで戦士の顔の獰猛さが増したようにしかシオルには見えない。


 自警団員の男たちの荒々しさを片鱗だけ見せつけられ多少怯んだ彼女であったが、そのような事などおくびにも出さずレナルドの背についていく。


「どうやら、自警団の本隊は団長に連れられて街の見回りに出ているようですね。丁度良かった。」


「良くはないわ、詰め所がガラガラじゃないの。」


 シオルが指摘した通り、殺風景な建物内には椅子と机が乱雑に並ぶばかりであり、普段ならば自警団員が戦闘訓練を行っている詰め所の中庭にも人影は無かった。部屋の端で暇そうにしていた待機中の老兵が数人、レナルドの姿をみとめ片手を挙げた。


「丁度良いですよ。引退間際の団員はともかく、自警団員の一日は慌ただしいものです。見回りから戻って来れば休憩の時間なく戦闘訓練、のち武器装備の手入れ、それが済めば炊事班は厨房に、他の者たちは詰め所内の清掃ないし建物補修に、と休む暇もありません。」


「私は彼らに会いに来たってのに。」


「えぇ、団員の様子を見るだけであれば問題ありません。ですが、お嬢様がここに来られた目的はそうではないのでしょう?」


 シオルはレナルドの顔を見上げる。自分が学院で関わっていることについては家の者に全く知らせていないはずであったが、獣人を街から追い出したいと話したアーネストから話が漏れることは十分にあり得る。何せ、自分は獣人が街を支配する状態の転覆を目論む危険人物なのだ、自分を監視できる存在へと話が渡る可能性も視野に入れておくべきだった。


 今さらのように顔色を変え始めたシオルに対し、レナルドはにこやかな表情のままにあっさりと打ち明ける。


「いえ、アーネストに対してあのような話をしたところで、お嬢様が逮捕されるようなことはありません。ただ、アーネストは心配しておりましたよ。お嬢様が妙な思想に走ったがために、本来勉学に費やすべき時間を無駄にしておいでではないかと。」


「そんなこと、ないわ。最近は私、サボらずに学院に通っているでしょう?」


「そうですね。さておき、詰め所内の見学が済めば、見回りの本隊が戻ってくる前に帰りましょう。」


「だから私は、自警団の団員達に会いに来たって言ってるでしょう。」


「会えたとしても、話をしている余裕はありません。建物に充満した男達の汗臭さを嗅がされるばかりですよ。」


 面倒を見るべきお嬢様が余計なことを仕出かす前に帰らせたがっているレナルドの腹積もりは十分に伝わってきたが、彼の思惑通りに退き下がるシオルではなかった。別段見るべきもののない見学を無意味にダラダラと長引かせ、自警団が戻ってくるまで待つ。


 机と椅子あるいは粗末な寝台が並んでいるばかりの質素な屋内を見回り、団員たちの宿舎に囲まれたがらんとした中庭をむやみやたらと歩き回り、さすがに武器庫内を覗くことは断られ、既に見て回った建物内を意味もなく再見学し始めた頃、見回りの自警団員たちは戻ってきた。


「お嬢様、こちらへ。彼等は団長の命令に従って動きます、どこの娘とも知れないお嬢様が居たとしても邪魔になれば突き飛ばされますよ。」


「命令に忠実な兵士なのね、心強いわ。」


 詰め所内の勝手を知ったレナルドがシオルの身体を壁際に寄せていなければ、唐突に開かれた扉から駆け足でなだれ込んでくる隊列に彼女は撥ねられていただろう。人ひとり分の間隔だけを空け、足並みを揃えて狭い廊下を駆け抜けた彼らはあっという間に中庭へと突入していった。


 一人でも足並みを乱せば、そして転びでもしたら次々に巻き込まれて倒れかねない彼らの行軍を見せつけられ、目を丸くしたシオルは息をのむ。レナルドとシオルの姿は彼らの視界にも入っていたはずだが、見張り番のマーカスから話が行っているのか気を散らす兵士は居ない。中庭の方からは号令と点呼の鋭い声が聞こえてくる、これから戦闘訓練を始めるのだろう。


 レナルドの言った通りだった、と飲み込んだ息を吐き出しながらシオルは肩を落とす。これでは、自警団員たちに語り掛ける隙もない。詰め所に乗り込んでいった自分の呼びかけに応じ、獣人支配を払い除けるため気勢を上げ次々と兵士の立ち上がる光景を妄想していたシオルであったが、現実は想像と随分異なっていた。落胆に項垂れた彼女の頭上から、張りのある声が唐突に降ってくる。


「誰かと思えば……レナルドじゃないか!」


「久々だな、サベイ。いや、団長とお呼びすべきか。」


「どうしたんだ、市長の家をクビにでもなったか。」


「お嬢様の社会見学だ……シオルお嬢様、こちらの礼儀知らずが自警団の現団長ですよ。」


 詰め所の見張り当番を務めていたマーカスも大男であったが、団長サベイもまたそれに劣らぬ偉丈夫であった。小柄なシオルの身長よりも高い所に彼の胸部はあり、うつむいていた彼女が挨拶のため見上げようとすると同時にサベイは跪き、シオルの目の前でがっしりした造りの顔が笑っていた。


 兜の中で蒸れないように刈り上げた頭にはいくつも傷跡が残り、見れば片方の耳朶は削げ落ち、鼻も歪な形になっており、本格的な戦争のない時代にそのような傷を負うのはどういった人種なのだろうとシオルは訝しんだ。


「礼儀なら心得ておりますとも。これはお嬢様、ようこそ自警団の詰め所へ。男臭い場所で恐縮でございます。」


「いいえ、気にしていないわ。シオルよ、よろしく。」


 堂々たる体格の割には、甲高い声をした男だとシオルは感じた。ある程度以上の声量を出さなければ擦れてしまいそうな彼の喉は、戦闘訓練や騒乱の中で声を張り上げるのにうってつけなのだろう。


「サベイ、その強面を女性にそこまで近づけるものじゃない。シオルお嬢様は寛大ゆえ、窘められないがな。」


「おっと、これは失礼いたしました。自警団は何かと血の気の多い連中と絡むものでしてね……。」


 サベイは慌てて立ち上がり、恐縮したように後ずさってぎこちなく頭を下げる。いかに繁華街での小競り合いや犯罪者を相手取ってきたとしても、市長の娘への対応には慣れていないのだろう。レナルドの指摘で申し訳なさそうにしているサベイを見て、シオルは彼を擁護すべきだと感じた。


 自分の理念の賛同者として、自警団団長を引きこめれば計画は一気に現実的なものとなる。そのためにも、相手には好印象を抱いてもらわなければ。


「そうだったのね。ところでレナルドは穏やかそうな顔立ちをしているけれど、彼は自警団時代にサボっていたのかしら。」


「そりゃもう、俺が暴れる酔っ払いと取っ組み合ってる最中にだって平然と女の子を口説いてましたからね。」


「あの時は客引きの子がお前の乱闘に巻き込まれないように避難させていただけだ、何度も言っただろう。」


 その話はレナルドとサベイの間ではお約束のような話になっているらしく、互いの顔に笑みが戻ってくる。彼らの話している現場の光景は市長の娘たるシオルには具体的に浮かんでこなかったものの、場の雰囲気が和やかとなったと見て取った彼女は本題を切り出そうとした。


 が、その言葉をシオル自身は次の瞬間に飲み込むこととなる。


「客か?サベイ。本日付けの報告書を待っているのだが。」


「いやすみません、アーネストさん。珍しいお客さまと邪魔くさいお客さんがいらっしゃってましてね。」


「俺が邪魔くさいってか?」


「レナルド。……と、シオルお嬢さんか……。」


 聞き慣れた重低音が、控えめの声量ながらシオルの立つ床板をも震わせる。人間用の扉を開け、彼の体格では窮屈そうに頭を屈めて部屋を覗き込んだのは真っ黒な毛並みの獣人であった。


 人間たちによって構成される自警団の詰め所に獣人兵士が常駐していることなどシオルは知らず、よりによって今日はアーネストの番であったことなどいよいよ知る由もなかった。アーネストは上瞼のゴワゴワした毛並みをうごめかし、シオルを不審そうな目つきで眺めている。


「どうしますかね、アーネストさん。もうじき団員どもが見回り締めの鍛錬を終えて戻ってきますが、市長さん所のお嬢様にひと演説頂いて士気の向上にでも。」


 その申し出はシオルとしては願ってもない提案だったのだが……。


「駄目だ。団員の睡眠時間が削られるだけだ、お前も平団員時代が長かったのだから分かるだろう。」


 アーネストは厳然としてその提案を却下する。人並外れて恵まれたサベイの体格も、獣人族のアーネストと並べば遥かに見劣りした。恐らく、アーネストがその気になればサベイなど片手で投げ飛ばされあっけなく気絶してしまうだろう。彼に言い返させる暇も与えず、真っ黒な毛並みの顔は扉枠の上へと隠れ、バタンと扉が閉められた。


「やれやれ、アーネストさんは真面目なお方だ。そういう訳でして、団員たちが戻ってきてもシオルさんのお相手は出来なさそうですねぇ。男どもがむさくるしい共同生活している様子、見ていただくのはご自由ですけれど。」


「いえ、詰め所内は十分に見させていただきました。」


 実際のところ、自分の声を自警団員に届かせる目論見をシオルはほぼ諦めていた。仮に団員達が戻ってきた宿舎の中で無理やり声を張り上げたとしても、アーネストにつまみ出されるのは目に見えている。


「この後は、団員の皆様で詰め所の掃除をなさるんですよね?レナルドから聞きました。」


「えぇ、常に身の回りを清潔に、何処に何があるかを常に把握し、内部に忍び込んで隠れている不届き者が居ないか常に探し続ける。団の鉄則です。」


「では、ますますこれ以上お邪魔できませんね。私はこれにて失礼させていただきます。」


 我儘なお嬢様が妙なことをしでかす前に帰ると知りホッとした様子のレナルドが、サベイと別れ際に二言三言交わしている。シオルはその隙に、家からしたためてきた置き手紙を宿舎テーブルの引き出し内に滑り込ませた。

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