竜狩りの物語第二十七話 騙しの仕込み、人間の狡猾
コルニクスの研究室から回収された、最初の自律人形『エノ』は人間たちの自警団によって拘束されていた。団長サベイからは得体のしれない人形を自警団詰め所内に迎え入れることの危険性について訴え出があったが、獣人軍からは取り合われなかった。理性を失ってしまうという謎の現象は、獣人についてのみ発生していたためである。
もっとも、サベイは自身が訴えた危険性など本心では全く感じておらず、一応は自律人形について何も知らぬ体を装うための演技に過ぎなかったが。既に自警団詰め所内には叡智の花弁によって自律行動する金属人形たちが数十体ほど保管されており、彼らが人間に対し全く無害であることは自警団内に限って知れ渡っていた。
……とはいえ、エノのように人間そっくりの情動まで持ち合わせている人形が不気味であったことは事実である。シオルの製作過程を真似て自警団が作り続けていた自律人形たちはあくまで命令通りに動作するにすぎず、何も命令されていない間は文字通り動かぬ人形そのものだった。
しかし、エノは盛んに喋り、そして感情を分かりやすく露わにした。詰所の寝室の一つを拘束室とし、一台だけ残した寝台に括りつけられた後もエノは延々と泣き言を並べ続けていた。
「パパ、ドコ?オジチャン、ドコ?オウチ、カエリタイヨ!」
「うるさい人形だな、なんだって勝手に喋る機能なんか付けたんだ。」
一応は自律人形製作に関わってきた期間が最も長いとの理由でエノの監視役に付けられていたバルカであったが、寝台に拘束された人形がギシギシと抵抗を続ける音、そして耳障りな金属音めいた喋り声にはウンザリさせられていた。
思い切り殴りつければ気絶するだろうか、それとも金属の皮膚を持つ相手には効果がないだろうか、と彼が考え始めた頃、拘束室の扉を開けて団長サベイが入ってくる。何故か、彼の両手は白く乾いて固まった何かで点々と汚れていた。
「お疲れ様です。人形は抵抗を続けていますが、ご覧の通り拘束は持続中です。」
「おう、ちっとはそいつと仲良くなったか?」
「ヒィィ、モウヤダ!パパ!パパー!タスケテェ!」
「どうして、こんなうるさい人形などと仲良くなる必要があるんです。」
「ったく、今からコイツには協力してもらわなきゃならないってのに。おい、エノ、とか言ったか。俺を見ろ。」
サベイが入って来た後もヒステリックに泣き叫び続けていたエノであったが、自警団団長のいかつい顔が間近に迫り、覗き込んでくるその目が発する威圧感に怯えて押し黙る。錯乱状態に陥った相手を迫力で黙らせることに慣れているサベイも、人間と全く同じ反応を見せるこの人形がやはり不気味だと感じていた。
「よく聞け、俺たちは獣人に言われた通り、お前を捕まえているだけだ。獣人、ってわかるか?おうちから連れ出されるときに見ただろう、俺たち人間と違ってぼさぼさの毛に身体が覆われている連中だ。」
「ジュウ……ジン?」
「あぁ、その獣人どもは、お前をバラバラにして体の中を見たいって言ってる。」
「ヤ、ヤダ……!バラバラ、サレタクナイ!」
エノは四肢を拘束された状態ながら、今聞かされた内容の恐ろしさに震え戦慄いてしゃくりあげ始める。無機物の目から涙が流れるわけではなかったが。
「そうだろう、いやだよな。俺たちは、お前を守りたいんだ。悪い獣人から、助けてやる。」
「タ……タスケテ……クレルノ?」
「そうさ、だから俺たちに協力しろ。こちらの言うとおりにすれば、お前は身体をバラバラにされずに済む。もう怖い目には遭わせないさ。」
「パパニモ、アエル?」
サベイは相手を安心させるようにニッコリと笑って見せながらも、こちらの顔色を窺うように小さく冷たい水晶の目がオドオドと泳ぐ様を見せつけられていた。本来は命を持つはずのない存在が人間にとことん似た挙動を取ることが、かくも不気味なものだとは。この異変に巻き込まれなければ、一生味わうはずのない感覚だった。
反吐が出そうになるのを彼は抑えながら、慣れない優しい声色を使ってエノをなだめ続けた。
「おう、お前のパパにも会わせてやれる。また、あのおうちに戻れるんだ、嬉しいだろ。」
「……ウン。ハヤク、カエリタイヨ……。」
「じゃあ、俺たちの言う事を聞けるな?まずは、ちょっと我慢してもらうことになる。」
サベイが開きっぱなしの扉の外へと目配せすると、団員が二人がかりで大きな金だらいを持ち込んできた。生真面目な顔でただただ団長と金属人形の会話を見守っていたバルカはテーブルを動かし、金だらいを置く場所を作る。その中には、白くきめ細やかな泡がいっぱいに膨らんでいた。
サベイからの約束は聞かされたものの、やはり拘束を解かれない現状に不安をぬぐえずにいるエノは落ち着きなくキョロキョロし続けている。
「団長、なんですか、これは。カエルかカマキリの卵でしょうか。」
「そんなもんを集めて回るほど俺たちも暇じゃない。これは粉を水に溶いて、ひたすら泡立てただけのものだ。」
「おかげで、腕の筋肉の良い鍛錬になりましたよ。」
たらい一杯のクリームを今まで泡立て続けていたのであろう団員たちは、ようやく地味な肉体労働から解放された疲れを示すように腕を振っていた。そんな彼らを前にして、エノは唐突なことを口走る。
「ケーキ、ツクルノ?」
「ん?ケーキなんて知っているのか。」
「ウン……オウチデ、パパトイッショニ、ツクッタノ。」
「そうか、そうか。おうちに帰れたら、またパパと一緒に作れるかもな。だが、今はケーキなんて作ってる場合じゃない。」
サベイが取り出したのは、ギザギザと研ぎ上がった歯の並ぶ鋸であった。あまりに物騒な道具の登場に言葉を失って体をこわばらせているエノは、腕にあてがわれた鋸刃の震動を感じながらもサベイの言葉を聞き続ける他になかった。
「お前の身体をちょっと開いて、こいつを中に流し込むんだ。」
「エッ……ナンデ?ソンナノ、ヘンダヨ、エノ、ケーキジャナイヨ!」
「心配するなって、お前を食べたりはしない。お前の身を守るために、やってることなんだからさ。」




