竜狩りの物語第二十六話 人の思いは統べられず
拘留されている身とはいえ要人の娘ということで食事や着替え、入浴から睡眠に至るまで気を遣って面倒を見られていたシオルであったが、やはり常に監視の目が光る生活に嫌気が差さぬはずも無かった。そもそも獣人軍への反攻を企てた時点で陥ることを覚悟しておくべき状況からは遥かに良い待遇であったのだが、シオルは常に感じている不愉快を隠そうともせず黙り続けていた。
彼女の態度に初めて動揺が生まれたのは、獣人たちによって拘束されたコルニクスが連れてこられた時である。彼が何故拘束されたのか、その理由は想像するに難くはなかった。と同時に、コルニクスが我が子のように可愛がって育てていたエノの存在も気に掛かった。あの幼児同然に振る舞う金属人形も、確実に獣人たちによって回収されただろう。
何よりも、自分がこれほどの騒ぎを起こさなければ、コルニクスもエノも平穏に日々を過ごせていたのではないか。シオルがそんなことを考えているうちに、屈強な獣人によって引っ立てられるコルニクスは砦の奥へと姿を消していった。
「お嬢様。何か、喋る気にはなりましたか?」
「……。」
本日の面会に訪れたのはレナルドであった、鉄格子越しに彼の穏やかな声が投げかけられる。一日一度だけ監視下にて許される面会であったが、シオルは学院の友人が訪ねてきた時以外口を開くことは無かった。獣人兵士の目が光る中であったゆえ、ろくろく羽目を外したお喋りも出来なかったが。
父親である市長や学院の教授、家の召使であるレナルド相手には、シオルは自ら口を噤んでいた。彼等は一様に大人として、軍に拘束されているという現状がどれだけ将来の生活に悪影響を及ぼすものであるか、そして一刻も早く真っ当な市民としての暮らしに戻るにはどうすべきか、懇々と説くのが常であった。
そしてレナルドも含め、今回の件を引き起こした彼女の真意について触れようとする大人は居なかった。
「実は私も、お嬢様が拘束され続けるのは不当な扱いだと考えているのです。お嬢様はただ、古い時代の鎧を集めていただけですからね。」
「……。」
「獣人当局の許可を得ず武具を収集することは危険物の過剰所持として罰則の対象にはなりますが、あの倉庫にあったのは防具のみでしたよね。中には鈍器として転用できるものもあったかもしれませんが、もとより体の防護を目的として作られたものを危険物と認定する判断には、異議を申し立てようかとも検討中です。」
「……。」
シオルは黙り続ける。レナルドとの付き合いは長い、シオルが何がしかの理由で機嫌を損ねた時、彼がこちらに歩み寄るような姿勢を見せることは多かった。
この召使のことは昔から大して好いていなかった。子供時代のシオルが友人と険悪な仲になった時も、率先して勝手に動き翌日には相手と仲直りの握手をさせられる。おかげでシオルが友人を失うことは無かったかもしれないが、レナルドは一度だってシオル自身の本心を知ろうとしてくれたことは無い。
「ところで、お嬢様が気にかけておいでだったご学友のことですが。」
シオル自身も実際のところ忘れかけていたのだが、彼女が獣人軍による支配を覆そうと思い立ったきっかけは友人たちの貧困状態であった。獣人たちに支払う税金を稼ぐため、学院を去って就労する者たちの姿がシオルを立ち上がらせたのであった。
今、レナルドが触れたのは彼らについてである。
「市長たるお父様が学院総長へ働きかけられ、経済上の理由で退学せざるを得なかった学生に対し奨学金が給付される運びとなりました。良かったですね、お嬢様のお友達も皆さん学業へ復帰するご予定とのことです。」
シオルの目の前で、レナルドはにっこりと笑顔を作ってみせる。シオルはここに来てようやく真っ直ぐ彼と目を合わせたが、彼女の瞳にはむしろ憎悪が宿っていた。この男は、自分が状況を常に改善し続けていると思い込んでいる。実際、改善してはいるのだが。
気に食わない。反攻を思い立ち、行動を開始した根源を断てば、自分はあっさりと今まで抱いてきた志を捨てるとでも思っているのか。そんな単純な理屈で、この私を思うがままに操れると考えているのか。
「帰って。」
「お嬢様、ご学友の皆さんが学院でお待ちです。お嬢様の働きが実を結んだとお伝えすると、一様にシオル様へ感謝の言葉を述べておられました……」
「帰れっつってるだろ!二度と来んな!!」
レナルドが連発する「お嬢様」なる表現を殴り飛ばすかのごとき勢いでシオルは絶叫し、鉄格子に拳を強か打ち付ける。非力な彼女の腕で格子は微動だにしなかったが、監視に立っていた獣人兵士はシオルの両腕を掴んでその場から引き離した。
レナルドが驚きも怒りもせず、いつも通り冷静さを保った顔に多少の寂しさを浮かべている様は余計にシオルを苛立たせた。
「お嬢様のお手をきちんと診てあげてくださいね、指の骨にヒビが入ったのを放っておいては悪化してしまいます。」
シオルを思いやってはいるものの、シオルの心に一歩たりとて近づこうとしない紳士的な男はそう言い残して帰っていった。
椅子に縛り付けられたコルニクスは、シオルの叫び声が砦内のどこかから響いてきたのに驚いて振り向こうとする。が、ただでさえ狭い取調室にぎっしりと詰めかけた大柄な獣人兵士たちが彼の周囲の視野を塞いでいた。鋼鉄製の頑丈な机を叩き、顔面に傷跡が残る獣人がコルニクスを低い声で脅す。
「俺と目を合わせろ。今から執り行う質問に、全て真実を答えると誓え。」
「おい、さっきの叫び声は、市長のところの娘の声じゃないのか?アンタたち、あの娘も拷問しているのか?」
「我々獣人軍は拷問を行わない。脆弱な人間の身体はあまりに早く壊れてしまうからな。」
「な、なら、こんな大勢の兵士で取り囲む必要なんてないんじゃないのか……!」
「質問を行うのは我々の側だ。単刀直入に聞こう、どうやって我々獣人から理性を奪っている。あの金属人形どもは、獣人に対してどんな影響を与えているんだ。」
「え、えぇ……?獣人への影響だなんて、まったく想定していない……」
コルニクスの耳元を何かが素早く通りすぎ、直後、真下の床から轟音とともに破片が飛び散る。彼の真後ろに立っていた兵士が、渾身の力で戦鎚を振り下ろしたのであった。命中していれば、人間の頭蓋など容易く粉砕してしまう威力である。
一瞬にして全身から血の気が引いたコルニクスは、ガタガタと震え始めた。
「ご、拷問は、しないんじゃなかったのか?」
「お前に危害は加えていないだろう。鍛錬を始めた兵士が、武器を素振りすることはあるかもしれんが。さて、こちらの質問が聞こえるまで繰り返そうか。」
コルニクスが何も答えられないのも道理はなかった、多少手荒に扱っただけで破損する自律人形が屈強な獣人たちに対抗し得るとは思いもよらなかったし、そもそも彼には人形を戦闘のため運用する想定などなかった。むろん、叡智の花弁が直接触れた獣人たちの理性を奪う性質を持つことなど、知る由もない。
斯くして、金属人形たちの中に叡智の花弁が収められている事を知らない獣人たちと、叡智の花弁の有する性質を全て把握してはいないコルニクスによる問答は、延々と結論に至ることなく続けられたのである。コルニクスが一番気がかりだったのは、自分から引き離され自警団によって拘束されたエノの安否であった。
「ことによっては、自警団に保管させているあの人形を分解することになるだろうな。隅々まで洗い出せば、何か分かるかもしれん。」
「な、なんだって、やめろ、やめてくれ……」
「人間どももアレをバラすのに躊躇はせんだろう。どうせ人形、命など持たぬ存在なのだから。」




