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竜狩りの物語第二十三話   叡智は知性に捕らえられる

 団長サベイの早急な判断によって、全ての叡智の花弁が回収されていたことは幸運だった。花弁から生えてくる白い菌糸のようなものも付着したままであり、バルカ達はこれらを新たな器となる金属の鎧内部へと押し込んでいく。叡智の花弁を内部に入れられた鎧は、一日ほど経てば自律行動が可能になった。


 ひとりでに立ち上がった金属鎧が、こちらの出した命令に従って行進し、剣を振り、また剣を鞘に収める様を確認したサベイは満足そうに頷いた。


「この調子で作り続ければ、鋼鉄の兵士で一部隊を築くことも現実的だな。」


「団長、人形たちの戦闘訓練はどこで行うんです。自警団詰め所の中庭では、獣人兵士に目撃される可能性が。」


「必要ないだろう、武器を振りかざして突撃できれば。コイツらが壊された時に出てくる、叡智の花弁とその糸が重要なんだから。」


「なるほど、獣人どもに破壊させ、内部に触れさせることで理性を失わせるわけですね。」


 計画が現実味を帯びたことを受けてサベイは本格的な発注を鍛冶屋に出したのか、その数日後からは運び込まれる金属鎧……もしくは、もとより鎧としての機能を備えない粗末な金属製の等身大人形……の量が一気に増えた。


 自律人形たちの作製に携わりつづけていたバルカたちだったが、彼らがシオルの傍で協力していた経験は実際のところ役に立っていた。例えば、叡智の花弁は十分に湿気のある環境でしかその糸を生やさないことを彼らは知っており、作業場には常に水を湛えた木桶がいくつも並んでいた。


「おかげで、俺たちはこの狭苦しく蒸し暑い中でチマチマと人形作りに精を出さなきゃならないわけだがな。」


「こんなことをするために、自警団に入ったわけじゃないんだが。」


「外を回らされてた時よりは楽だろ、飲み屋街で酔っ払いを相手する任務よりは。」


 愚痴をこぼし合いながらも、金属製の胴体内に叡智の花弁を置き、金属製の手足と頭部を繋ぎ合わせる作業は順調に進んでいった。あの倉庫でシオルがやっていたことの見真似に過ぎなかったが、当のシオルもまたコルニクスの見真似で人形たちを作っていたわけであり、すなわち誰にでも出来る作業だったのだ。


 が、彼らは間もなくシオルの不在が問題となる状況に直面することとなる。あらかたの叡智の花弁が人形の体内へと埋め込まれ、自律して動けるようになった彼らを倉庫の地下区画へと歩かせていったとある夜のこと。サベイは作業場の壁に並べられている花弁の箱が残り僅かであることに目を向けた。


「おい、あと少ししかないじゃないか。他に叡智の花弁は残ってないのか?」


「他から手に入れるとなると、礼拝所に安置されているものを盗んでくるしかないですよ。」


「そんなことをしたら大事件になる。聞いておくべきだった、シオルお嬢さんはどうやってあれだけ大量の花弁を入手したんだ。」


 獣人軍に対し叡智の花弁の作用を隠匿しつづけることに専念していたサベイは、今になって悔やんだのであった。シオルは今、獣人軍の砦内に幽閉されている。自警団の長が面会を求めれば、然るべき手続きの後に彼女と直接会い、話を聞きに行くことは出来るだろう。


 が、いかに真っ当な理由をつけたとしても、今さらになってサベイがシオルへの面会を要求したことを獣人たちが訝しがらぬとは限らない。そも、彼女と対話する場に獣人兵士は必ず居合わせるのだ。実行に移すことが困難な案をサベイはアッサリと思考の脇へ退け、さっそくバルカを呼び出した。


「お前は初期からシオルと行動を共にしていたそうじゃないか、バルカ。」


「はい。その際は報告を怠り、申し訳ございません。」


「今さら謝らんでいい、いま重要なのはいかにして叡智の花弁を大量入手するか、だ。」


「はぁ。」


 と言いつけられたところで、バルカも叡智の花弁が知らぬ間に増え、倉庫へ運び込まれた後のものを見ていたに過ぎない。彼は団長ほど学識を有していたわけではないため、叡智の花弁がどれほど稀少価値の高い代物であるか知らなかったのだが。


「シオルは、知らない間にあの倉庫を借りていて、いつの間にか叡智の花弁を入れた木箱をあの中に入れていました……。」


「あー、何の有用性もない情報をありがとうな。おかしいとは思わなかったのか、叡智の花弁がいきなりそんな大量に用意されていることを。」


「いえ、市長の娘ほどの金持ちなら、どこかの市場で買い叩いたのかと。」


「いいかよく聞け、叡智の花弁ってのは金を出せば買えるって物じゃない。街の礼拝所、あるだろ。そこにたった一つだけ、聖遺物として安置されているものだ。そうそうホイホイ入手できるもんじゃない。」


 ここまで聞かされ、バルカは初めて驚きを顔に表した。だとすると、初めてあの学院の研究室で見せられた金属人形は、いずこかの礼拝所から盗み出された叡智の花弁を用いて作られた、とでも言うのだろうか。


 今確認されているだけでも、あの倉庫から回収された叡智の花弁の数は百近くある。百の街、百の礼拝所から、厳重に安置されている聖遺物が盗み出されていたのだとしたら、今ごろ大きな騒動となっているはずだ。


「ひとつ入手するだけでもそんなに困難なものだとしたら、叡智の花弁は、勝手に増えたんだと思います。」


「稀少な聖遺物がそうポンポンと増えてたまるかってんだ。……まぁ、確かに、それ以外に考えられないが。その突拍子もない説が本物だとしたら、何が原因なんだ?」


「俺に分かるわけがありません。叡智の花弁がどういうものなのか、いま初めて知ったんですから。」


「俺だって、聖職者どもが有難がって拝んでる何かだ、ってぐらいしか知らねぇよ。お前がシオルと絡んでる間、何があったかをきっちり思い出せ。それだけでもヒントになる。」


 バルカには学がなく、相手の策に気付くほどの脳も無かったが、愚直な性格故か記憶力だけは確かであった。彼はサベイへと語り始める。あの歩き回る金属人形を見せられた晩、自分はシオルから警告を受けた。研究室の中に誰かがいる、ここにはいないはずの者が。


 それが研究成果を盗みに来た泥棒かもしれない、と唆されたバルカは警棒を振りかざして研究室へと突入していったのだった。中にいた貧弱そうな初老の男を叩きのめして気絶させたが、彼の身なりや人相は今まで見てきた犯罪者らしさがまるで見受けられなかった。


「それ、人形の研究をしている教授だったんじゃないのか。」


「俺は、シオルから泥棒だと聞かされました。」


「少しは疑うことを覚えろ、バカのバルカ。そもそも市長の娘が独学で自律人形を作り出す術を突き止めるはずがないだろ、どっかの研究者から技を盗んだに決まってる。」


「はぁ。」


「で、その後はどうなった?」


 研究者と思しき男が気絶して床に延びている前で、椅子に座らされた金属人形は頭を抱えてブルブルと震えていた。まるで、恐怖におののく子供そのもののような挙動。


 シオルがいかに声をかけてもそれは動こうとしなかったが、椅子の足を蹴っ飛ばされたことで怯え上がったのか、一目散に部屋の隅へと逃げ去り、そこで縮こまってやはり震えていた。


「……その次に自分が仲間を引き連れ、シオルから金属人形を見せてもらいに行った時には既に叡智の花弁が増えていました。何があったのか、さっぱりです。」


「お前が見ていない間に何があったかは、確かに分からないだろう。が、今のは手がかりの一つになるな。」


 サベイは傷跡が無数に残る、綺麗に刈り上げた頭をトントンと指で叩き、ひとつの考えをまとめている。バルカが真面目な性格そのものに真っ直ぐながら何も考えていない瞳を彼に向けていると、唐突に命令が発された。


「一体、完成した人形を連れてこい。実験をする。」


「実験ですか。」


「あぁ。俺たち人間も、本物の危険を身近に感じたら子孫を残す機能が強まるんだ。人形も同じだとしたら……辻褄は合うはずだぜ。」

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