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竜狩りの物語第二十二話   最初の啓蒙市民

 学院の当直室で目覚めたポールソンは、早朝の空気を吸いながら作業服に着替えて裏庭へといそいそ出ていく。夜間に三度の校舎内巡回を行っていたにもかかわらず、彼の寝ぼけ眼がぱっちりと開いていたのには十分すぎるほどのワケがあった。


「オジチャン!オハヨウ!」


「おぉ、おはよう。エノ。」


 相変わらずじめついた庭の中で地衣類の菌糸に覆われたコルニクスの研究室から、扉をバタンと開いて駆け出してくるのは磨かれた金属の身体を有する自律人形である。かつてのポールソンであれば、声を上げてこちらに走ってくる子供サイズの人形など目撃したとたん、余りの不気味さに卒倒してしまいかねなかった。


 が、今のポールソンはまるで親戚の子供でも愛でるようにその金属製の頭を撫でまわし、優しく言葉を掛けてやっている。


「今日は朝から良い天気だ。おじちゃんが植えたお花たちも綺麗に咲いてくれた。」


「オハナ、キレイ!パパー!オハナ、サイタヨ!」


 研究室から遅れて顔を出したコルニクスは、寝不足の顔をしかめながらも苦笑いをこぼしている。興味の対象が移った子供らしい気まぐれさで、「おじちゃん」ことポールソンの傍から花壇へと駆け出して行ったエノは、しゃがみ込んで並んだ花を観賞している。


 微笑ましくその光景を眺めやったポールソンは、庭の隅に備えられた水撒き用の蛇口で顔を洗っているコルニクスへと近づいていく。


「おはようございます、コルニクス教授。エノは日に日に成長していきますな、まるで人間の子供のようだ。」


「我が子同然に可愛がっているのだ、当然だろう。」


 面倒臭そうな調子は相変わらずであるものの、コルニクスの声からはかつてポールソンに向けていた刺々しさが消えている。


「おかげさまで、私にも『おじちゃん』なる呼称を与えていただきまして。」


「仕方なく、だ。エノが興味を持った対象物について、教えないわけにはいかない。」


 顔を拭きながらコルニクスが視線を向けた先では、早くも花の観察に飽きたのであろうエノが飛来した蝶を追いかけまわして遊んでいる。そこそこ重量のある金属の身体だったが、今やエノの動きにぎこちなさは無い。


 直線的なシルエットの表面が金属光沢を有している以外は、遊び盛りの子供と何ら変わりないはしゃぎようである。


「あ、あ、踏んでしまったか。あそこにはまだ芽吹いていない種が植えてあったのですが。」


「好きなだけ遊ばせてやれ、学院の始業時刻が来ればまた私の研究室に閉じ込めておかねばならないのだから。」


「分かってますよ……ほら、こっちにおいで、エノ。おじちゃんと追いかけっこしよう。」


「ウン!エノ、ハシルノ、ハヤイヨ!」


 エノの発言に誇張はなく、やがて走り回るエノに振り回されたポールソンが息を切らし始めたのを見つめるコルニクスの口角は自然と上がっていた。


 ふと、彼は学院校舎の屋上を見上げる。本来であれば朝の眩しい空に一直線の影を引いているはずのそこに、何か黒っぽいものが突き出しこちらを覗き込んでいたかのように感じたためである。が、いくら目を凝らしても屋上には何も見当たらない。自らの思い過ごしを払拭するように頭を掻きむしりながら、コルニクスは研究室へと戻っていった。


 誰にもその存在を気付かれぬまま、学院の屋上に身を潜めていた猫型の獣人は改めてそっと裏庭を覗き込む。こちらを見上げていた人間は既に姿がなく、金属製の人形はもう一人の人間と今なお遊びまわっていた。


 十分にその光景を観察した後、校舎の外壁に備えられた窓枠に次々と爪を引っかけながら身軽に地表へと降りた獣人は、音も無く早朝の街へと駆け出して行った。


 シオルが拘禁されていたのは、獣人軍の砦の内部、殺風景ながらも相当の広さを有した一室であった。元は倉庫として使用されていたのか、壁際には錆びついたまま放棄されたのであろう武器の柄が転がっている。


 獣人の砦にも犯罪者を捕らえておく牢獄は存在した。が、シオルは仮にも市長の娘である。


 さらに様々な嫌疑が掛けられていたとはいえ、実際に確認できているのは廃棄予定だった古い鎧を何故か彼女が倉庫へ回収していたことだけ。万が一にも無実の市長の娘を誤認逮捕してしまっていた際、被征服民とはいえ人間たちから反感を抱かれることは必至である。


 現状はあくまで逮捕ではなく、単なる事情の聞き取りに過ぎない。円滑な統治を続行するためには、避けられぬ措置であった。


「これらの鎧が、倉庫内からは見つかった。」


 獣人軍の指揮官は、件の倉庫内に転がっていた鎧を部下に運び込ませながらシオルに話しかける。力任せに破壊された痕跡の残るそれらが目の前に陳列されても、シオルはそっぽを向いて口を噤み続けていた。


「常識で考えれば、これらにただ触れるだけで我ら獣人の理性が奪われるという現象など起こり得ない。」


 豊かに蓄えられた真っ白な頬の毛を弄りながらも獣人指揮官は、知らんぷりを続けるシオルに向かって語りかけ続ける。


「知っていることは全て喋っていただきたい。唐突に獣人が動物同然となる現象、放っておいては市民への危険にも繋がるのだ。」


「街の中の見回りは、自警団の仕事でしょう。人間に任せておけばいい話じゃん、獣人が街に入ってこないでさ。」


 ここに連れて来られてから丸一日が経過しようとしていたが、シオルの強情な態度に変化はない。睡眠と食事のために短い時間を取った以外、延々とこの取り調べの席に着き続けているにもかかわらず、未だ折れることのない彼女の精神力には指揮官も些か感心しつつあった。


 彼女から真相を聞き出すためには、あらゆる手段を試す必要があった。たった今、その中の一つに必要な人物が到着したのを彼は鼻で嗅ぎ取った。


「シオル!」


 獣人サイズに作られた、人間の身長の倍ほどはある扉が開かれ、室内へと飛び込んできたのは市長その人である。娘は、実の父の登場を横目で見たものの、興味なさげに視線を逸らす。


「いったい、何をしでかしたんだ、シオル。獣人さん達に取り調べられるだなんて……実のところ、私も急に呼び出されたばかりで何が何だか……。」


「そんだけ、娘に関心が無かったってことね。」


 悪びれもせずに口答えするシオルを前に、小太りの男はオロオロするばかりである。獣人指揮官は市長にも人間用の椅子を勧め、厳かな声で状況を説明し始めた。


「現在、市内にて獣人兵士が理性を失い、動物同然の状態となって逃走した事例の目撃報告が多数上がってきている。根本的な原因が見出されぬ限り、我ら獣人軍は警戒態勢を解除できず、さらに市長には事態を調査し市民の安心を取り戻す責任がある。」


「は、そ、そうだったのですか!それならば、もちろん、私としても尽力いたす所存でありまして……。」


 平身低頭してペコペコと頭を下げる市長。指揮官は彼の方を向きながらも、視線だけはジロッとシオルに向けて言い放った。


「事態が解決する見込みがない場合は、現在の市長を解任し、より有能と見做される人間を新たに任命することになるだろうな。」


「わ、私は、早急に、この事態についての情報収拾に努め、誠心誠意、早期解決に向け、えぇと、全霊にて注力いたします……」


「我らも独自に情報収集を続けているが、真相を娘さんに喋ってもらわないことには解決の道はないぞ、市長。」


 冷や汗を流して顔を青くしている父親の傍ら、娘たるシオルはやはり口を噤んだままツンと横を向いただけであった。

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