竜狩りの物語 第二十一話 頭を切り落とす蜥蜴
バルカ、および普段から彼と行動を共にしていた自警団員たちは、その日の朝から延々と詰め所内に閉じ込められ、装備の点検作業に従事させられていた。が、彼らはどこか上の空であり、目の前の作業に集中している様子はない。
皆が一様に不安そうな表情を浮かべていたのは、当然ながら現在閉じ込められている者たちは全員がシオルに協力していたという共通点を有していたためである。顔を上げて互いに目を合わせるたび、彼らの抱く懸念が口々に吐き出された。
「シオルお嬢さんに、何かあったんじゃないか。あの倉庫のこと、バレたのかもしれない。」
「かもしれない、って話じゃ済まないだろ、この状況。俺らが指名されて屋内作業に充てられてるってことは、ほぼ確実だろう。」
毎朝欠かさず、詰め所へ顔を出す顧問獣人アーネストは未だ現れない。保管庫から取り出した防具を布で拭う単純作業も大して能率が上がらぬまま、一同は昼を迎えていた。
「なぁ、バルカ、お前も黙ってないで何か言えよ。元はと言えば、お前が俺たちに持ち掛けてきた話だろ。」
「俺に何が分かるというんだ。ここに閉じ込められているのは、皆と同じだ。」
「それでも、シオルお嬢さんとは付き合いが長いんだろ?」
「あの小娘を信頼すべきでなかったということだけは言える。確かに獣人に対する切札を有していたかもしれないが、余りに迂闊で、不誠実だった。」
バルカに話題を押し付ける試みは、その場の雰囲気をさらに沈ませる結果に終わった。仮にシオルの行いが獣人軍に露見し、連行されたとなれば彼女は洗いざらい喋ってしまうかもしれない。そうなれば、間違いなく自分たちにも咎が課せられる。
自らの目的のため周囲の大人たちを巻き込み、操ってきたシオルの所業を目の当たりにしていたバルカの予測は更に悲観的であった。
「ことによってはアイツ、全ての責任を俺たちに擦り付けるかもしれない。」
「なんだって。」
「覚悟はしておくべきだ。むこうは市長の実の娘、こっちはいつ使い潰されるともしれない自警団員にすぎない。」
説得力のあるバルカの声を受け、一同はにわかに騒がしくなる。
「くそっ、獣人の支配を払い除ける唯一の道だと思って、飛びついたのが間違いだった。」
「おいバルカ、お前がこんな話を持ってこなければ、こんなことには……」
「今からでも、逃げちまうか?サベイ団長が戻ってくる前に。」
自分たちの軽率さを悔いる声、バルカへの批難、果ては出奔の企てに至るまで、冗談ともつかぬ調子で口々に声を上げ始めた一同であったが、詰め所の扉が開かれる音で一斉に口を噤む。団長サベイとともに出撃した団員の一部が帰投してきたのである。
互いに作業中ゆえに無言のままに目礼を交わしたに過ぎなかったが、帰って来た団員たちの背にうずたかく積まれた多数の木箱はバルカ達の目を引いた。
「なぁ、あの倉庫が暴かれたのは、ほぼ確実なんだよな。」
「だとしたら、今持ち込まれた木箱って、シオルが金属人形作りに使ってたやつじゃないか?」
「そんなこと、あり得るのか?」
アーネストを始めとした獣人によって人間側の抵抗手段が暴き出されたとするのであれば、その核となる要素を人間に委ねるとは考え難い。全て獣人によって没収され、また同じことを企てる人間が現れぬよう取り計らわれるはずである。
「おそらく、不要なゴミを引き取らされたんじゃないか。単なる木箱を処理する役目は、自警団に任されたんだろう。」
ゆえにバルカがそう憶測を述べた際は誰もが納得し、同時に現状に対する何の気休めにもなっていない納得を前に皆は一様に溜息を吐いた。
その後も気の乗らない鎧磨きに従事し続けた彼らは、次々に帰還してくる他の団員達を前に逃げ出すこともままならず、とうとう戻って来た団長サベイを出迎えることとなった。作業の手を止め、団長に対しては起立して頭を下げる面々を前に、サベイは常々浮かべている笑みを珍しく拭い去った真顔を見せた。
「装備を片付けろ。作業が途中でもいい、全員に話がある。」
彼の声にこれほどの緊迫感が張り詰めていたことは、いずれの団員たちの記憶にも無かった。
サベイが告げる所の「全員」は自警団全員を示すものではなく、バルカの仲間たちに限った話であった。装備品の保管庫へ彼らの後について入って来たバルカは、見張りを部下の一人に任せた上で扉を閉める。
「お前たちも薄々勘づいていることと思うが……」
サベイがそう言いかけただけで、分かりやすく表情をこわばらせる団員達。
「あの倉庫は、獣人軍によって発見された。シオルが集めていた古い鎧は、彼らに接収されている。」
一同が思い描いていた最悪の事態は、現実のものとなっていた。が、彼らは緊張を漲らせながらも、黙ってサベイの次の言葉を待っている。彼の声には、決して部下を手放し突き放すような投げやりさが感じられなかったためだ。
「安心しろ、お前たちが関わっているとは獣人どもにも気づかれていない。それに……」
先んじて詰め所の保管庫に運び込ませていた、木箱の山を彼は指差した。
「『叡智の花弁』は回収した。あの鎧は獣人に接収されたが、今後は俺たちの手で鋼鉄の兵士を作ることが出来る。」
その言葉が意味するところをいち早く察知したバルカは、目を見開いた。サベイに向けた声は、彼の静かな興奮によって震わされている。
「つまり、団長。自警団が公然と、獣人への反攻を行うということですか。」
「公然と、じゃないな。」
バルカに声量を抑えるよう手で指図しながら、サベイもまた低い声で付け加える。
「その時が来るまで、決して表には出さない。人形の身体として扱う新たな防具は、ここに運び込ませる。」
そこから先を、サベイはより一層低めた声で継いだ。
「お前たちは、あの人形どもを作る現場に居たんだろう。足りない材料があれば言ってくれ、ここから一歩も出ず、同じものを作り続けろ。獣人による支配体制を崩し、人間の時代を手にしたいのなら。」
バルカと仲間たちは、互いに顔を見合わせる。シオルによって主導されてきた計画を、これからは自分たちの手で進められるというのは願ってもないことだ。が、気がかりが残っていないわけではなかった。
「団長、シオルはどうなりました……?」
「お嬢さんが何を獣人に対して喋っちまうかは気になるだろうが、大丈夫だ。お前たちのことは、俺が守る。」
やはりサベイもまた、獣人への対抗策を手にすることこそを第一に考えていた。
シオルが獣人軍のもとへと連行されたのは確実であった。今に至るまで周囲を巻き込みつつも計画を推し進めてきたシオルに対して、バルカにも何がしか思う所が無い訳ではなかった。
(獣人に対抗する手段を見出したのは、シオルのおかげではあるんだよな……。)
とはいえ、身のふり方を誤れば即ち自らの身が危険に晒される状況である。彼女を案じている余裕はなかった。




