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竜狩りの物語第十九話   未だ伏せ続けよ

 シオルを連れたサベイが近づいてくるのを、市長邸にて拭き掃除を行っている窓越しにレナルドは見出した。本来は学院にて講義を受けているはずのお嬢様が帰宅してきたことに関して彼は何ら驚くことなどなく、やがて鳴らされた呼び鈴に応じて扉を開く。


「お帰りなさいませ、お嬢様。学院に向かわれたのではなかったのですか?」


「……。」


 シオルは血の気を失った顔のまま、無言で俯きながら自室へと上がっていく。彼女が廊下の向こうへと歩む足音を聞き送りながら、サベイはあらかじめシオルと打ち合わせておいた通りの言い訳を口にした。


「よぉ、レナルド。実は、お嬢さんが通学途中で具合が悪くなっちまったみたいでな。通行人から知らされて、俺らがお宅まで送り届けたってわけだ。」


「そうですか。お疲れ様です。」


「顔色が悪かったし、貧血かもな。お嬢さん、ちゃんと睡眠取れてるか?」


「確かに寝不足かもしれません、昨晩もお帰りが遅かったので……。」


 二人はシオルを気遣うような口ぶりで話し合っていたが、シオルの足音が廊下の奥に消え、扉を閉める音が微かに聞こえてきたあたりで互いに口を噤む。黙りこくってサベイを見つめ返しているレナルドは、明らかに先ほどとは異なった情報を求めて相手の発言を待っていた。


 それに気づかぬフリをしつつ、サベイは多少間のあいた会話を続行する。


「お前、市長の使用人として、お嬢さんを気遣いに行かなくていいのか?ほら、お茶でも淹れてやったりさ。」


「お茶は貧血の大敵だ。さておき、本当は何があったのか話してもらえるか。」


 レナルドの口調は、彼がサベイと同じく自警団に属していた頃のものへと変化していた。恭しく手で押さえていた扉には肘をつき、背筋を伸ばして直立していた姿勢も崩した彼は、サベイの長身を上目遣いに見上げている。


 作り笑いを自分の顔に貼り付けていたサベイは、あくまで求める返答を待ち続けるつもりの彼を前にして、諦めたように改めて相好を崩す。


「知っていたんだな。シオルが、倉庫街に行って何をしていたのか。」


「俺はお嬢様が小さい頃から面倒を見続けているんだ、隠し事をしていればすぐに分かる。獣人を追い出して税金を無くせないか、と画策しておられることも聞かされた。」


「あっちこっちで情報を漏らしているんだな、そりゃあアッサリとバレるに決まってる。」


「バカなことを仕出かす前に、早いところ諦めてもらいたいんだが。どうなったんだ、あの倉庫に集められていた武具は。」


「それなら、心配するな。今回の件に当たって、アーネストさんが動いた。あの方もシオルのことをよく知ってる、出来るだけ穏便に済ませてくれるだろう。」


 サベイは事もなげに言い放つ。アーネストの名前を出されてレナルドも安堵したのか、張り詰めていた表情を多少和らげた。


「そうか、良かった。あの方なら人間に対する理解もある、獣人軍との取り計らいもお任せ出来るだろう。」


「まったくだ、他の獣人兵士に見つかる前で良かった。もしも内乱の準備だとされたが最後、市長のお嬢さんだろうが罪から逃れられやしない。」


「ところで、自警団員に関しては大丈夫なのか。どうやら、お嬢さんに引っ張り込まれて協力していた奴もいるようだが。」


 レナルドの進言に、サベイは僅かに驚いて見せる。レナルドがそこまで知り尽くしていたことへの驚きは本物だったが、表向きはその実態を今の今まで把握できずにいた団長としての演技であった。実際には、先ほどシオル自身の口から聞かされていたわけだが。


「なんだって。うちの団員が、シオルに協力を?」


「まぁ、知っていたら、もう少し早く対処しているよな。夜間巡回の部隊が、夜な夜な人気のない倉庫街に集まっているとの目撃情報が来ている。」


「なんでお前が知ってる。」


「市長の家に勤めているからな。市民の声は自然と集まってくる。」


「それも、そうか。こうしちゃいられない、すぐ詰め所に戻ってウチの部下どもをひとりひとり締め上げて聞き出さねぇと。獣人軍からの信用にかかわる。」


 実際のところ、サベイは急ぎ部下たちをまとめ上げる必要があった。シオルの計画が露呈したと知った協力者たちバルカが、下手に先走った行動に出ないように。


 自分の把握し得ない情報を仕入れられるレナルドの存在もまた不気味であった。今回アーネストが倉庫街の調査へ赴くこととなったきっかけは、レナルドによって行われた情報提供かもしれない。彼が獣人の軍と繋がっていることは、十分に考えられる。


 ゆえに、同じ人間だからといって、自分たち自警団がこれより取り掛かろうとしている一大事を明かすわけには行かなかった。


「つーわけで邪魔したな、そっちはお嬢さんのことをよく見ててくれよ。」


「あぁ。きっと貧血ではないお嬢様のために、お茶でも淹れて様子を見に行くとするか。」


 背後で扉の閉まる音を聞きながら、サベイは待たせていた部下たちの元へ戻る。彼等は不安を隠せない顔で団長を待ち続けていた。


「何故レナルドに、本当のことを隠したんです。」


「誰かれ構わず、話しちまうわけにはいかない。獣人は、俺たちの何倍も良く利く目と鼻と耳を持ってるんだ。」


「しかし、同じ人間同士です。協力し合うためにも、情報は共有すべきでは。」


「人間ってのはいくらでも嘘を吐けるんだ、獣とは違う。仮に俺たちが打ち明けたことについてレナルドがその気を見せたとしても、本気で俺たちに協力するとは断言できない。」


 急ぎ足で自警団の詰め所へと向かう一行は、その道中で街の巡回を行っていた団員と合流する。偶然鉢合わせたにしては団長との遭遇に驚く様子もなく、まるで待ち構えていたようにこちらへ向かってきた彼はサベイに耳打ちした。


「現地にて獣人部隊は撃退されました。全員、理性を失った様子です。」


「分かった。お前もついて来い、人手をかき集めてあの倉庫にもう一度向かうぞ。」


「何をしに行くんです?」


「回収だよ。獣人たちに何が起きたのかを把握される前に、叡智の花弁を全部回収する。」


 指示を受けた団員達の表情が、緊張のあまり一気に引き締まる。


「やはり、あの獣人から理性を奪い去る代物を、利用するおつもりで……。」


 そう言いかけた団員の発言を手で遮り、サベイは表情を険しくして見せた。団員はハッと気づいた様子で周囲を、そして建物の屋根の上の方まで見回すも、獣人の姿はない。


 胸をなでおろしつつも、不用意な発言をしかけた団員の口は堅く閉じられていた。


「ともかく、俺たちはあくまで倉庫の警備に戻るだけだ。あの倉庫に集められていた武具は全て獣人軍に接収される予定だからな、盗まれちゃいけない。」


「了解です。」


「俺たちには決して、何が起きたのかは分からない。指示された通り現場を離れ、戻ってみたら誰も居なかった。それだけだ、何を聞かれても答えられるのは。」


 獣人軍によって、人間の自警団に反乱の意図ありとまだ勘付かれるわけにはいかない。戦力面においても、行動能力においても、人間は獣人に遥か及ばない。


 今まで通り、獣人兵士に頭を下げ、協力的な態度を示し続ける他にない。さもなくば、ようやっと見出された反攻の切札をも奪われかねないのだ。

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