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竜狩りの物語第十七話   叡智の花弁

 倉庫の中に整列する古びた甲冑たちに背を向け、アーネストは倉庫の外に残っていた仲間にも入ってくるよう合図する。獣人兵士の二名は得体の知れぬ存在を前に短く唸り声を掛け合い、各々大柄なメイスを構えて警戒を始めた。当然ながら、中に人間が入っておらず自律行動する鎧と対峙するなど、彼等にとっても初の邂逅である。


 アーネストはあくまで冷静に、シオルへ話しかけていた。背後の仲間に任せた脅威は未知数である。不用意な刺激を引き起こすべきではない。


「何を目的として、これらの鎧を集めたのですか?どうやって、自ら行動できるように細工したのですか?あなたの口から教えていただかなければ、私には判断の付かない要素が多すぎます。」


 当のシオルは、瞼の限界まで目を見開き、同じく極度の緊張状態から来る過呼吸を示すようにその薄い胸を上下させている。この状態で下手に声を出せば錯乱した叫びか、あるいは無意味な謝罪、懇願に縋りつきかねないことを自ら分かっているのか、なおも口を真一文字に結んでいる。


 彼女を取り押さえているサベイもまた、普段から取り乱すことの殆ど無い自警団団長にしては珍しく顔をこわばらせていた。左右に控える団員たちは言わずもがなである。人間によって、獣人支配への叛逆が計画されることは重罪だ。それらの企ての悉くはとうの昔に潰えたはずであり、まさか自分たちの生きている間にお目にかかるとは思いもよらなかった。


「シオルお嬢さん。私が質問しているということは、あなたに罪があると確定したわけではない。賢明なお嬢さんなら、お分かりですね?」


 アーネストはその大柄な身体で跪き、シオルと目線を合わせようとする。彼が姿勢を低くしたところで、やっとサベイの身長に並ぶ程度であったが。真っ黒な毛並みに覆われた顔面が眼の前に来たことでシオルへの威圧感は更にましたようにサベイには思われたが、ここに来てようやくシオルは反応らしい反応を見せる。


 すなわち、彼女は首を縦にコクリと振った。シオルの幼少期より市長の家と付き合いの長いアーネストの顔は、彼女にとって親しみ深いものだったのである。


「言葉を、慎重に、選んでお答え願います。ここにある鎧は、戦いに備えて集められたものですか?」


「……違うわ。」


 どうにか喉の奥から絞り出せた声は、シオル自身にも自分の声だとは思えないほどに張り詰めていた。


 小さく頷きながら、彼女を幼い頃からよく知る獣人は質問を続ける。彼も後悔したくはなかった、シオルが自警団受付窓口で突拍子もない計画を語った時、本気に受け止めて思いとどまらせなかったことを。


「これらの鎧には、戦闘の能力が備わっていますか?」


「いいえ。ただ、立ち続けられるってだけ。」


「鎧の他に、武器を蓄えてはいませんか?」


「無いわ。木の棒きれを持たせてはいるけど、それは……もとからこの倉庫にあったの。」


 極度の緊張状態は徐々に収まりつつあったのか、別人のような声色は徐々にシオル本来のものへと戻っていく。その声の震えは誤魔化しようがなかったものの、アーネストが求めていたのは彼女の発言内容だけであった。


 市長の娘が獣人支配への反乱を企てて罪に問われたなどとなれば、少なからずこの街には混乱が巻き起こる。彼女を収監し、処罰せざるを得なくなるし、これに感化されて反抗の意志を抱き始める人間が増えないとも限らない。平穏の内にこれを収めるにこしたことは無い。


「よく分かりました、質問への協力に感謝します。サベイ、彼女を護衛してお宅まで送り届けろ。市長には、真相を伝えぬように。」


「了解です。さ、行きましょ、お嬢さん。お父上には、通学途中で気分が悪くなっていたって言い訳しときましょう。俺も話を合わせますから、ささ。」


 アーネストからの指示に頷き、サベイはシオルの肩を掴む手を離さぬままに移動を促す。獣人兵士たちはその口先を軽く開いて上に向けている……人間には聞こえないが、彼らの今発しているであろう鳴き声は広範囲に存在する仲間の耳に届いているのだろう。


 この呼びかけに応じて増援の獣人部隊が到着し、倉庫付近の一帯は封鎖されることだろう。シオルが作り出した無機物の兵士たちも処分されるはずだ。彼女がその現場に立ち会う必要はない。アーネストは迅速に事態を収拾しようとしている。シオルはただ、何ごとも無かったかのように帰宅し、明日から変わらず市長の娘としての日常を再開すればいい。多少の監視を付けられつつも。


「……それじゃあ、何も変わらない。」


 実際のところ、シオルは胸中にて決断を大いに迷っていた。当然ながら、獣人側の代表としてこの場を抑えているアーネストの温情に甘えることが、彼女自身にとって悪くない結果を導くはずだ。せっかく数を揃えた金属人形たちは破棄されてしまい、計画は白紙に戻り、再び立ち上げることなど不可能になってしまうだろうが。


 そも、この獣人支配を覆す計画を推し進める意志の根本自体、シオルの印象にはあまり強く刻まれていなかった。貧困のうえ獣人によって税金をむしり取られる友の存在がきっかけではあったものの、往々にしてシオル自身の達成感がそれを塗りつぶしていたのである。


「シオルお嬢さん?」


 故に、自身が拘留されぬことを理由に大人しく引き下がることは、これまでの行為が何らの決意も伴わぬ空虚なもの、ただ自己顕示欲のために為されてきただけであることを証明することに他ならなかった。事実と言って差し支えない内容ではあったが。


 それを事実として許容することを、シオルの自尊心は強く拒んだのであった。サベイが嫌な予感とともに彼女の肩を掴む手に力を籠めたのと、シオルが顔を上げて大声で叫んだのがほぼ同時であった。


「全員、回れ右!標的、獣人!攻撃せよ!」


「なっ……!?何を言い出しているんだ、シオル!」


 金属の兵士たちは、忠実に命令へと従った。アーネストを含む三名の獣人兵士へと向き直り、手にした棒を振りかざして突進する。唐突なシオルの行為に、アーネスト達は呆気に取られて対処が遅れた。


 ……とはいえ、シオルもこの場で獣人兵士を屠れるとは考えてはいなかった。バルカ達の協力のもと訓練している様を見るにつけても、個々の能力は人間の兵士と大差なかったうえ、まだ十分な戦闘技術を習得した人形は育っていなかったのである。武器も訓練用に持たせた木の棒でしかない。


「グルルルル!」


 それゆえ、一番槍とばかりに獣人兵士へ向けて棒を突き出した人形の腕が、獣の唸り声と共に一発の反撃で粉砕されたとしても何ら意外ではなかった。


 獣人たちは本意気で闘いに臨む際、全力にて大喝を上げるものだが……そしてその吼え声だけで、怯懦に陥った人間の部隊を敗走させるに十分な威力を秘めているものだが……低い唸り声しか発していない現状の彼らは、本気を出すまでもなかったと見える。


「検証に回そうと思っていたのだが仕方ない、破壊するしかないな。サベイ、お嬢さんを連れて早く立ち去れ、また新たな気変わりをなさらぬうちに。」


「は、はい!シオル、大人しくしててくれよ!」


 やはり取り乱すことのないアーネストの言葉を受け、サベイはシオルの身体を軽々と抱き上げ、足早に倉庫から離れていく。シオルには、抵抗する気など残っていなかった。アーネストが入っていく倉庫の中からは、既に二名の獣人兵士により人形たちが次々と破壊されていくのであろう騒音が響いてくる。


 今までの計画、努力の結果があっさりと壊されていく。無力感は覚えたが、ともあれシオルの気は済んでいた。自分は、獣人による追及を前に最後まで抗ったのだ。あっさりと計画を投げ出すことなく、可能性の一片さえも拾おうと努めた。


 こうした考え方、形式に言い訳を伴わせる政治家のような真似は父親から受け継いだものだったろう。


「団長、あれを。いったい、どうしたんでしょう。」


「何だよ、さっさと俺たちはシオルを連れて離れなきゃ、アーネストさんに叱られるぞ。」


 サベイに付き従いながらも、背後の倉庫を振り返っていた自警団員のひとりが声を上げる。足を止めている彼を諫めつつも、サベイは振り返り……同じく硬直した。


 倉庫内から騒音が響いていることに変わりはないものの、その音は大きく変化していた。先ほどまでは金属鎧がひしゃげ、破壊される音が主だったのに対し、今は鎧たちが棒を振り回し、壁や床を叩いて回る音だけが聞こえてくる。


 獣人兵士たちは反撃の手を止めたのだろうかと考える間もなく、サベイの見ている目の前で扉から走り出してきたのは一頭の獣であった。


「アーネスト……さん?」


 その獣は、先ほどまで彼に指示を出していたアーネストと同じ服を着て、防具を装着している。違う点があるとすれば、先ほどまで人間と同じく二足歩行を行っていたはずが、今はまさに獣のごとく四つ足で移動している様であった。


「ガルル……。」


「どうしたんです、アーネストさん。まだ、中で暴れてる音が聞こえますけど。」


 サベイの問いかけには答えることなく、牙を剥きだして唸りかえすアーネスト。その眼には理性が宿っているとは言いがたい錯乱した色が浮かび、その表情は未知なる存在への怯えから威嚇する野生動物そのものであった。


 他の獣人兵士であろうか、路地を突っ走って現場から逃げていく四つ足の毛並みが遠くに見える。アーネストも同じように人間から極力距離を取ろうとしているのか、サベイに背を向けて一目散に走り去っていってしまった。いつしか、倉庫内はしんと静まりかえっている。


「何があったんだ……?シオル、お前、何をした。あの人形どもは何なんだ。」


「分かんない。」


 シオルもまた唖然としていた。自分が幼い頃から見知っていたアーネスト、彼がまるで獣そのものへと変わってしまったかのような姿を唐突に見せられようとは予想だにしていなかった。

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