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竜狩りの物語第十六話   未だ立たぬ烽火捉えられて

 自警団顧問獣人のアーネストは自警団団長のサベイ、団長直属の自警団員、そして他の獣人兵士を二名ほど連れて倉庫街を訪れていた。


 武装した人間の自警団員が姿を現すだけでも十分に物々しい状況であったところ、更に獣人の兵士が同行していることで周辺の緊張は一気に高まった。獣人たちは街の内外を隔てる検問にて歩哨に立っていることが殆どであり、自警団に治安維持を任された人間の住む街に踏み込むことは滅多になかったのである。


 ただでさえ人通りの少ない倉庫街から、完全に人の気が消えた。獣人兵士による街の内部への介入は、疑いようもなく異常事態であった。


「中から、反応ありました?」


 扉越しに声を掛けた後も反応のないまま、倉庫の入り口前で待ち続けているアーネストにサベイは尋ねる。人間の感覚にはほぼ何も捉えられなかったが、アーネストの嗅覚と聴覚は開く気配のない扉の向こうで息を殺しているシオルの存在を確かに捉えていた。


 獣人同士でのみ伝わる唸り声、人間の可聴範囲にない低音を発してアーネストは指示を飛ばす。受け取った二名の獣人兵士はシオルの閉じこもる倉庫をぐるりと裏へ回り、裏口の一か所、人間が通れそうな窓の一か所でそれぞれ足を止め、内側から開かれないよう静かに押さえつける。


 人間とは比べ物にならないほど堂々とした体格でありながら、その動きはしなやかで無駄な足音も一切立てなかった。


「もう一度、声を掛ける。シオルお嬢さんがそれでも返事をしなかった場合は、力尽くでドアを開く。」


「分かりました。もしもお嬢さんが逃走しようとしたら、取り押さえるのは俺たちの役目ですね。」


「頼む。我々では力の加減を間違えかねない。」


 獣人の握力では、多少力んだだけでもあっさりと人間の小娘の腕骨を粉砕しかねない。市長の娘を怪我させてしまっては、いかに獣人兵士といえど部隊内での立場を悪くする。仮に、彼女が獣人族への叛逆を目論んで準備を行っていたとしても。


 サベイの表情にも緊張が走る。彼は本日の出撃前、今は市長の家で使用人をしている旧友レナルドから手荒な真似を控えるよう頼み込まれていた。


(あいつ自身が情報を垂れ込んだってのにな。ま、お嬢さんが引き返せない状態まで行く前に、止めたかったんだろうが。)


 両脇に控えている団員へとサベイが目配せし、お嬢様相手に使うことが無いに越したことのない捕縛用のロープを準備させる。十分に待った後、アーネストは改めて口を開いた。先ほどの呼びかけを倉庫内にいるシオルが聞き取れないことは無かったろうが、万が一を考えてかその声量は多少増している。


「お父様も心配しておいでですよ、シオルお嬢さん。ご無事を確認できれば、自分は帰りますから。」


 彼の声にビリビリと扉の枠が震え、埃の細かな粒がサラサラと一筋の細い滝を作った。


 やはり返事はない。アーネストはサベイへと視線を向け、彼の返した頷きを確認したうえで扉へと手を伸ばした。彼の剛腕は勢いをつけるまでもなく、その膂力を以てゆっくりと戸板を押しこみさえすれば容易く扉の蝶番を外し、扉を押し倒すことが出来たろう。


 が、アーネストがまさに扉に触れるという直前、解錠の音が響く。前に伸ばした腕を下ろすアーネストの前で、開かれた扉の向こうからシオルが顔を覗かせた。


「あら、誰かと思えばアーネスト。それに自警団の人たちまで、何の御用かしら?」


 彼女は口調こそ平静を装っていたものの、その場に居合わせた誰が見ても分かりやすいほどに表情を引き攣らせていた。アーネストは真っ黒な毛並みに覆われた顔の表情を動かすことなく、シオルが開いた扉の奥、倉庫の内部へと視線を投げつつ口を開く。


「シオルお嬢さん、この倉庫で何をなさっていたのですか。あれは自警団から廃棄したはずの甲冑ですね、なぜそれらがここに保管されているのです。」


「い、いったん、ここに集めてあるだけよ。ほら、今は鍛冶屋さんも新しい防具を作るのに忙しいもの。いずれ、古鉄として再利用したり鋳直したりする予定だから。」


 明るい屋外から薄暗い倉庫の中の様子を窺うのは困難な芸当であり、この場においてサベイは実のところ倉庫内部を視認できてはいなかった。が、アーネストの発言を聞くまでもなく、廃棄されたと思っていた甲冑がシオルのもとに集まっていることは、レナルドから連絡を受けた時点で予測はついていた。


 が、何のためにそれらをシオルが隠れて保管しているのか、真意は掴めていなかった。


「まーまー、ひとまず出てきてくださいよお嬢さん。古い武具を集めるのが趣味だってんなら、お父様に伝えりゃ認めてもらえるかもしれませんし。」


「だったら、団長さんも協力していただけるかしら。まだまだ、私はコレクションし足りないの。」


「えぇ、喜んで収集のお手伝いをさせていただきますとも……アーネストさんが、問題ないとの判断を下せばの話ですが。」


 倉庫の入口を塞ぐように立ち、小柄な体で精一杯に倉庫への進入を防いでいたシオル。が、その場で微動だにせぬアーネストの眼光、そして既に捕縛用のロープを準備している自警団たちの圧力に負けたように、観念して倉庫の中から出ていく。


 すかさず、シオルと入れ替わりに倉庫内部へと入っていくアーネスト。サベイによって制されながらも、シオルはアーネストへ向けて早口でまくし立てる。


「何も他には無いわよ。回収した、古い防具だけ。いずれこうやって並べて展示するのが夢だったの。中には変てこな形をした鎧もあるけれど、それは私が自分で作ってみたやつ。笑わないでよね。」


「まぁまぁまぁ、お嬢さん。この場は、アーネストさんに任せときましょう。」


 アーネストは先ほど内部を覗き込んだ瞬間から不可解であった。仮にシオルが以前公言した通り、支配層たる獣人を街から追い出すための算段を整えているのであれば、防具ばかりが集められ武器がほとんど揃っていないことの説明がつかない。


 そも、全ての鎧は展示用の台に掛けられているわけでもないのに、なぜ組み上がった状態で自立しているのだろう。装着時に関節部分が動かしやすい作りとなったそれらは、ひとりでに立ったまま保管され得るはずがない。


「……。」


 動物的な直観で何がしかの危機感を嗅ぎ取ったアーネストは、またも低い唸り声をあげ、外に待機させていた獣人兵士のひとりを呼び寄せる。倉庫内へと入ってきた彼は、既に重々しいメイスを手に構え、不意の戦闘に備えていた。


 獣人たちが警戒心を高めている一方で、シオルの緊張も極限まで高まっていた。仮に自立している鎧たちの中身を開けられ、内部に白い糸がぎっしりと詰め込まれている様を見られたとしても、そのような展示手段だと勘違いされれば問題はないのである。アーネストがどのような干渉を行うか次第だが。


 アーネストの指先が、自立している鎧のひとつに触れる。


「……うん?」


 触れられた鎧は揺れたが、無機物が物理法則に従った動きにしては違和感があった。アーネストは再び、今度はしっかりと鎧の肩部をつかみ、大きく引っ張る。バランスを崩して倒れかけたそれは、一歩二歩と足踏みしたあげく、明らかに体勢を整えるように体を揺らして直立不動の姿勢へと戻ろうとした。


「まさか、そんなことが?しかし……」


 今度は鎧の指先を摘まみ、引っ張って持ち上げてみるアーネスト。手を離せば鎧は腕を下ろし、本来命じられていたであろう通りの恰好に戻った。いよいよ見間違えようもなく、この倉庫に保管されている鎧たちは自律して行動する能力を得ていた。


「シオルお嬢さん。」


 さすがのアーネストも胸中を驚きにかき乱されながらも、努めて冷静にシオルへ声を掛ける。当のシオルはサベイに肩を抑えられながら、顔面蒼白となっていた。


「場合によっては、この件を大ごとにせず処理できるかもしれない。これらの勝手に動き得る鎧が、決して反乱を起こす意図をもって準備された戦力などではないと証明できれば。どうか落ち着いて、詳しくお話をお聞かせ願えますか?」

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