竜狩りの物語第十三話 抜け殻運びの男たち
倉庫で埃を被っていた鎧が運び出されるのは、何十年ぶりのことであったろうか。入り口付近に保管されているものは普段から出し入れの頻度が高い予備の武器ばかりであったが、奥に行くほど手を付けることのない古びた装備品ばかりになり、大昔の戦闘に用いられた鋼鉄の全身鎧は最奥の壁面に並べられた箱の中に入っていた。
隙間もなく密封された重厚な箱は、全く触れられることなく過ごした長い期間を示すがごとく堆い埃に埋もれている。
「口元を布で覆っておけよ、今から倉庫の中は戦場になる。」
「手ごわい敵だ、うっかり息を吸っちまったら咳が止まらなくなるだろう。」
「ついでに、重さのあまり俺たちの腰骨にヒビが入らないことを祈ろう。」
そんな軽口を叩きながら自警団詰め所の倉庫に入ってきた団員たちは、次々と古い鎧の保存されていた箱を引っ張り出しては外へ持ち出していく。濛々とたちこめる埃の中から持ち出されたそれらは金具をこじ入れられて開封され、くすんだ金属プレートの防具が取り出された。
「こんなものがウチの倉庫を占拠してたのか。誰も使いやしないのに。」
「着こんで街中を歩き回ろうもんなら、すぐにへばっちまうかもな。ましてや、ひったくり犯を追いかけるなんて出来っこない。」
「昔の人間は、これで獣人と戦おうとしたのか?わざわざ装甲で守られてるところに噛みついてくれるほど、向こうも親切じゃ無かろうに。」
種々の貶しの言葉と共に、廃品の回収業者が引っ張ってきた荷車へ投げ込まれていく時代遅れの甲冑。その様子を詰め所の隅で眺めていた老兵が何か言いたそうにしていたが、作業は嬉々として働く団員達の手によって滞りなく進行していった。
市長から約束された新しい装備品が、本日届いたばかりだったのである。我先にとそれを身に着けて現れた団長サベイは、羨望の眼差しと冗談半分の苦情を浴びていた。
「団長、あなたには専用の防具があるでしょう。」
「俺が着ちゃいけないって理由は無いだろ。見ろよ、こんだけ腕も足も動かせる。軽いから走るのも跳ぶのも楽々だ。」
「随分と金属の装甲面が狭い気がしますが、実用に耐えるんですかね。」
「俺たちが相手するのは、街の犯罪者どもだろ。アイツらが振り回すのは懐に隠せるナイフぐらいだ、バカでかい両手剣を担いで強盗やる奴は居ねぇ。」
自警団の中でも実力者が優先的に新装備を受領していく都合上、新入りであるバルカは相変わらず古びた防具で身を固め、黙々と命じられた作業を続けていた。職務時間中は勝手に外すことも許されないため、彼は仕方なく重みに耐えながら倉庫に眠っていた鎧の廃棄作業を続けていたのであった。
「ああ、そのへんで。」
せっせと作業を続けるバルカに対し、荷車を引っ張ってきた廃品運搬業者の男が口を開く。彼は目深に薄汚れたフードを被り、この日のためだけに雇われた労働者の風を装っていたが、その声にはどこか聞き覚えがあった。
「これ以上積み込まれちまったら、重すぎて引っ張っていけなくなりますんで。また、次の支給がある時に。」
「分かった。ところで、この荷車には今載せた廃品以外にも何か積んでいるようだな。」
「ええ、そりゃあ、ここから出される鎧だけじゃ、とても『足りない』んでね。んでは、よいしょっ……っ……おっ……と。」
梶棒を持ち上げた労働者風の男は、ある程度覚悟はしていたであろうものの、その荷車の重みが予想以上であることに驚いたようであった。彼が一歩踏み出し額に汗をにじませ、二歩目を踏み出す頃には早くもその膝が震えている。バルカは内心でシオルに対して舌打ちをした。
(あの小娘、計画の大枠を立てるまではいいが、実際に現場で何が起きるかを全く想定していない。こんなヨロヨロした荷車引きに骨董品を運ばせて、誰にも積荷をひったくられないと思っているのか。)
売る所に売れば、そこそこの値段が付くであろう前時代の甲冑。自警団員たちの大半は新装備に対し見劣りのするそれらを無造作に投げ出していたが、早くも街路の陰からその様子を見つめている幾つもの視線にバルカは気づいていたのである。
「ちょっと待っていろ。」
バルカは荷車引きの男に声を掛け、シオルの計画を共に知る面々へと目配せを送ってから団長の元へ向かう。サベイを取り囲んでいた面々は新型の防具を装着し、互いに防御力を試しているのか訓練用の木剣で小突き合い笑顔をこぼしあっていた。
もちろん、かくも歳不相応に無邪気な振る舞いが許されるのは団長に近しい者たちばかりであり、バルカは直立不動の姿勢を取り団長側から気付いてもらうのを待つしかない。幸いにも機嫌のよかったサベイは、ちょうど良く弄りがいのある下っ端が現れたことを喜んだ。
「よぉ、チビのバルカ。お前も羨ましくなったか?残念ながら、お子様サイズの防具は無さそうだぞ。」
「団長。先ほどの廃品業者ですが、自分と他数名で運搬を手伝っても宜しいでしょうか。」
「駄賃でもせびるつもりか?」
「彼一人で運搬させるには荷車の重量がありすぎ、また廃品売買を営む他の業者に狙われる可能性もあります。護衛も必要かと。」
バルカほど表情を変えることなく淡々と話せる者でなければその時、目の奥をじっと覗き込んできたサベイから言葉の裏に隠した真意を疑われたことであろう。本来は下っ端の団員が提案した内容が採られることなど殆ど無かったが、真っ直ぐに見つめ返してきたバルカの言葉をサベイは受け入れることにした。
「分かった、廃品業者さんの護衛任務を与える。で、お前以外にやろうって奴は集まってんのか?人助けから帰ったら、休憩時間無しで任務に入ろうって奇特な仲間は。」
「ボミル、ポトツ、セニャフ、リヴィル。いつも同じ巡回の隊に居る連中です、戦闘時には連携も円滑に行えます。」
「いい友達を持ったもんだな、バルカ。よし、簡易点呼を行う。全員を集めてこい。」
やがて頼もしい仲間を引き連れて戻ってきたバルカは、廃品の鎧を詰め込んだ荷車を協力して押し始めたのであった。車引きの男は護衛を引き受けてくれた団員達に幾度か礼を言い、その声にやはり聞き覚えがあるバルカの仲間たちは隠れて見えない彼の素顔を気にし始める。
当の本人は、詰め所から離れた辺りでさっそくフードを脱ぎ捨てて額の汗を拭った。露わになった彼の顔を見て、バルカは小さく驚きの声を上げた。
「ポールソンさん。詰所で姿を見なくなったと思っていたら、シオルに協力していたのか。」
「あぁ、老後の楽しみを餌に釣られてしまってね。」
自警団引退後の行き場もなく、宿舎の中でくすぶっている老兵たちのひとりだったポールソン。新入り団員として忙しく日々を過ごすバルカが彼と言葉を交わしている猶予など無かったが、いつの間にかポールソンが姿を消していたことには気づいていた。
とはいえ、決して心配などしていたわけではなく、大した団内での功績も聞かぬ先輩にはほぼ無関心しか向けていなかったが。
「今、何をしているんだ。」
「学院の裏庭の警備と、シオルお嬢様の小間使いだよ。」
「その歳になって、他人から命令される立場に戻るってのはどうなんだ。それも、あんな小娘から。」
「この計画は、獣人の支配を終わらせる歴史的な転換点になるかもしれないんだろう?その火口となる一員に加えてもらえるんなら、苦じゃないさ。」
そう語るポールソンの声は何処か浮き浮きしており、自警団詰め所で無為に時間を潰していた頃と比べれば確かに目に宿る力も増していた。
バルカは更に何かを言いかけたが、相手の目尻に寄った皺を目の当たりにして口を閉じた。




