竜狩りの物語第十二話 子の企み親知らず
市長の娘シオルによって、獣人の支配体制を跳ね除ける可能性を示されてから間もなくのこと。叛逆の萌芽を目の当たりにした自警団員たちは、とある朝をひりついた空気と共に迎えていた。
常ならば起床し掃除や食事を済ませた後、その日の警備を担当する街区を言い渡されるはずのところ、全員が装備を身に着けた状態で詰め所の庭に整列するよう指示が下ったのである。それは団長サベイあるいは顧問獣人のアーネストから重大な通知がある場合に限った指示であり、何を言い渡されるのかと一部の団員たちは緊張感を高めていた。
「あの夜のこと、バレたと思うか?」
「さすがに、こうも早く嗅ぎつけられるとは思わないが……。」
バルカが団員達と小声で話し合っているのは、当然ながらシオルから自律行動する人形を披露された夜のことである。金属製の人形の材料になるものを調達しさえすれば、獣人の軍へ対抗し得る人形の軍団を完成させるのも現実的となっているだけに、この段階での情報漏洩は計画にとって致命的なミスである。
「あのお嬢様、下手打って計画を誰かに喋っちまったんじゃないだろうな?」
「その可能性もある。確かに頭は切れるかもしれないが、控えめに言って軽率な娘だ。」
「どうする。もしもバレていたら。」
「どうしようもない、俺たちは無関係、一切何も知らなかったと言い張るしかない。」
とはいえ叛逆の意志が明確となった際、市長の娘と自警団員のどちらが丁重に扱われるか、その答えは火を見るより明らかである。企みの詳細を聞き出すために尋問が行われるとして、身体的苦痛が伴われる形となるのはシオルではなく自分たちであろう。
ゆえに身支度を済ませて詰め所の庭に全員が並んだ時、一部の者たちの表情が常よりも固くなっていたことは言うまでもない。団長サベイの甲高い声が、建物の壁に反響してビリビリと鼓膜を震わせる。
「全員、傾注!本日、この自警団詰め所に市長がお越しになる!我らは万全の体勢にて、お出迎えせねばならん!便所に行きたい奴は先に済ませておけ!」
等間隔で整列し、直立不動を保ちながらも団員達の間からは笑い声が捲き起こる。一方、バルカと近しい者たちにはいよいよ笑っていられる余裕もなかった。市長が直々に顔を出すという事態に、その娘であるシオルが関係していないはずがない。娘に余計な入れ知恵をした者は誰だ、と市長が第一声に問い始めたら全員が顔色を失うことであろう。
思えばあの夜以降、シオルと一切の連絡は取れていない。彼等はやきもきしながらも、自分たちで勝手に古い鎧を詰め所の外へ持ち出すことも出来ず、どう動いたものか判断しかねていたのであった。整列した団員たちの前では、サベイが引き続き声を張り上げている。
「で、市長さんがお越しになるのは……いつ頃になりますかね、アーネストさん?」
「もう来られている。今朝の執務が始まる前にと、駆けつけてくださった。」
サベイの背後の扉を開け、顔を出したアーネストが答える。大柄な獣人族が身を屈めてようやく通れる大きさの入り口をアーネストがくぐった後、彼に促されて現れたのは一人の壮年男性である。小太りかつ低身長ながらもせかせかと歩いて団員達の前に出る、いかにも精力的に活動する市長らしい所作であった。
市長の背後に、見覚えのある黒の短髪が覗く。いつもはほぼ男装とも取れるほどに動きやすい格好で通しているシオルだったが、今日に限りふくらはぎを僅かに隠すフレアスカートを学院制服の上衣に合わせていた。
改まった格好を親に求められた結果であったろうものの、バルカの目には妙に大人びて映る姿であった。窮屈なのか、シオルはどことなく浮かぬ表情であったが。
「全員、改めて気を付け!市長、ウチの団員に来賓お出迎えの敬礼を披露させましょうか?」
「いや、いや、単なる市長ひとりを迎えるのに大袈裟だろう。私もそちらも、これから仕事だというのに。少し話をしに来ただけだ、軽く済ませたい。」
「了解しました、全員休め、楽に!市長さんには軽めのお話をしていただけるようだ、朝の我々に付きまとう睡魔にも配慮いただいた!」
団員達の笑い声に、今度は市長の声も加わる。今の何が面白いのか、と表情を動かしていないシオルを市長は引っ張って自分の隣に立たせ、にこやかに朗々と通る声で彼は演説を始めた。居並ぶと、娘は父よりも身長が高かった。
「まず、自警団の皆様にはお礼を申し上げたい。うちのおてんばが……いや、はは、誇張でもなく本当に……勝手に押しかけたところを丁寧に応対してくれたのだとレナルドから聞いた。日々、街の治安を守る任務でお疲れだろうに、重ねて礼を言う。」
市長が頭を下げたのに合わせ、自警団員たちは頭を下げ返したり笑顔を返したりしていたが、誰かが拍手をしたのが波及して全員がパチパチと盛大な拍手を市長へ送る。苦笑いする市長の隣で、サベイが両手を大きく振って団員達を止める。
「市長さんに頭を下げさせておいて拍手は違うだろ、拍手は。」
「まぁ、それで、本題はここからだ。私の娘いわく、君たち自警団員の身に着けている防具類が、その、憚らぬ言い方をすれば薄汚いとのこと。」
日々この街のために奔走する自警団員たちに対して随分と失礼な言動であったが、既に場が温まっていたこともあってか市長の発言は三度目の笑い声で迎えられた。団長を除き、決して個人で所有されるわけではない自警団員の装備品が、代々受け継がれ長年にわたって使い込まれたものであることは事実であった。
ひとしきりの笑い声が収まったのを見計らい、市長はすぐ隣に立っているシオルに目配せする。男達の笑いを理解できぬといった風に仏頂面を続けていたシオルは、ようやくかといった調子で口を開く。
「街を巡回し、住民の皆さんの安心と平穏を守るあなた方には、相応しい姿で居てもらいたいのです。そこで、日頃よりの感謝を込めて、私と父から皆様に新しい装備品の支給をさせていただきます。」
彼女の発言は、今度こそ拍手で迎えられた。いつも弁の立つシオルだったが、大勢の屈強な男達を前にして凛と通る声で演説する姿はまた新鮮なものであった。
普段とは異なる風貌の市長の娘をまじまじと見つめているバルカに対し、シオルが唐突に視線をぶつけ返す。予告なく直視を受けた彼が、開きっぱなしであることに気づかないままであった口を閉じると、シオルは言葉を継ぐ。
「例えば、汚れているばかりか大きさも合っていない装備を身に着けている団員さんも居られますし?」
「……。」
「おや、誰の事だろうな、チビのバルカ!」
誰のことを指しているかは周囲にも明確に伝わり、団長サベイがついでに丁寧な注釈を加えた。沸き上がった笑い声とともに、仲間たちの視線が自分に集中するのを感じたバルカは不機嫌そうに顔を背けた。
彼とは対照的に上機嫌で娘の言葉を引き継いだ市長は、再び口を開く。
「さて、今頃街の鍛冶屋さんにはきりきり舞いで働いてもらっている。出来上がり次第、順次お届けするつもりだ。済まないが完全に個々の身体にあつらえるという訳にはいかない、オーダーメイドは費用が跳ねあがるのでね。」
「皆さんの古い鎧は回収し、金属資源として活用いたします。新品の装備が届いたら、不要の装備品は運搬業者にお渡しくださいね。」
父の説明に、シオルは忘れず付け加える。かくして、市長父娘の自警団詰め所訪問は、参加者の殆どがシオルの目論見も知らぬままに歓迎ムードの中に締めくくられたのであった。




