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忘れられたころ第十二話   老年期の街の若者たち

 マディスは図書館へと続く夜道の上で自らの足を急がせていた。修道士見習いに許された自由時間は限られている。


 それは彼らが礼拝所外の娯楽施設へと入って遊んだり飲食店にて食事をゆっくり味わったりするほどの余裕を生まないよう設定されており、自由時間を外出に充てようとすれば寄り道もせずそそくさと目的を済ませる必要があった。


 懐に『竜狩りの物語』第4巻を抱え、足早に街路を歩き去っていくマディスであったが、夜でも照明に照らされれば目立つ金髪の彼を呼び止めた声があった。


「ペラ?おい、お前ペラだろ。」


「……。」


 礼拝所から程近い地区とはいえ、街の中でも貧しい者たちが多く住まう夜の旧市街の路上には、いかなる身の上ともつかぬ者たちがあちこちでたむろしている。昼間の市場からひったくってきた盗品を売り捌く者、ゴミ捨て場に頭を突っ込んで中身をゴソゴソと探っている者、座ったまま意味もなく頭をゆらゆらと振っている者。


 そんな中、修道士見習いの服を着て金髪をなびかせ歩いていくマディスに絡んでいく者は滅多に居なかった。政治家との結びつきが強い聖職者へ手を出すことに伴うリスクは、この街の住民であればよく弁えている。


 にも拘わらず声を掛けて来た男の前でマディスが足を止めたのは相手の不健康そうな青白い顔に見覚えがあったためだけでなく、自分をその名で呼ぶ存在は限られていたからだ。


「パブロ……?」


「よう、久々だな。何だその恰好、今度は修道士ごっこか。」


 パブロの中途半端に撫でつけられた髪は額ばかりを白く薄闇に浮かばせ、脂ぎって撚れた毛先が彼の顔を縁取って揺れている。片手にぶら下げていた酒瓶に口をつけて呷り、とろんとした眼でマディスの服装をしげしげと見やる。真っ黒な髪の薄汚い男と、輝かんばかりの金髪を戴いた修道士見習い。全く対照的な外見の二人であったが、彼らの交わす口調は旧知の仲のそれであった。


「ごっこ……かもな。」


「その汚らしい手で聖典だの礼拝所のモノを触ってんのか、罰当たるぞ。」


「知るか。」


 マディスの口調は、礼拝所で見せる彼の振る舞いと比しても異質なものへと変じていく。「知るか」の返答と共に視線をマディスからまともにぶつけられ、ほろ酔い気味であったパブロは多少たじろいだ様子を見せた。が、もとより青白い顔に引き攣った笑いを浮かべながらも、減らず口を叩き続ける。


「へっ、ビビるかよ。その恰好で殺しは出来ねぇだろ、前みたいにはさ。」


「俺に用があって話しかけたのか?」


「まぁな。聖職者さまなら金、貰ってんだろ?」


「見習いには持たされない。」


 言葉少なに返し、パブロが現在置かれている状況の品定めも済んだのか、さっさと立ち去ろうとするマディス。が、パブロは酔っ払っていたとは思えぬほどの俊敏さで進行方向に回り込む。この男の得意技だった、とマディスは思い出す。酔ったフリをして路上で待ち構えるのも標的の足止めをするのも、いつもパブロが買って出ていた役目だった。


「そうつれない事言うなって、俺とお前の仲だろ?俺はついさっきこの街に着いたばかりなんだ、途中で腹が減って野垂れ死ぬかと思ったよ。」


「だから何だ。」


「宿代とは言わない、せめて今夜食いつなぐぶんだけは恵んでもらえねぇか?」


「金は持ってないって、言っただろ。」


「お前の言葉は信用しないことにしてるんでね。なぁ、小遣いでも持たされてねぇのか?」


 パブロがやにわに伸ばしてきた右手が届く前に、マディスが反応する方が先だった。腕を急に引っ張り込まれたパブロは体勢を崩して膝をつく、と同時に背後からマディスの左腕が首元に回され、口元にはナイフが突きつけられていた。最初に引っ張り込まれた右腕は肘ごとがっちりと掴まれ、まるで動かすことが出来ない。


「修道士見習いの身分で殺しは出来ないが、」マディスはナイフの握りに力を籠める。特殊な刃の形状をしたナイフの先端には無数の小さな孔が開き、中からは透明かつ粘性のある液体がにじみ出ている。刀身はねじれた特殊な形状をしており、殺傷力に特化した得物であることは明確であった。


「この路上で見知らぬ男がもだえ苦しんで倒れているのを見逃すことなら出来る。」


「……まだ持ち歩いてんのかよ、毒仕込んだナイフ。そんなもん礼拝所に持ち込んじゃダメだろ、マジで罰当たりな野郎だ。」


 身体を拘束された瞬間こそ小さく驚きの声を上げたものの、パブロは冷や汗ひとつかかずに軽口をたたいた。彼を背後から拘束していたマディスは、服越しに相手の身体が異様にやせ細っていることに気づく。同時に、随分と冷え切って震えていることにも……が、マディスは聖職者らしからぬ冷酷さを声色にこめて言い放った。


「俺の手際は知ってるだろう。流れ者が刺されて倒れていても、修道士見習いを疑う人間はこの街に居ない。」


「分かった、分かったよ、金は持ってないんだな。いいから放してくれ、何も食ってないってのは嘘じゃないんだ。抵抗する気力も無ぇよ。」


 マディスから突き放されるような形となったパブロはよろめき、手近にあった街灯にしがみつく。彼が振り向くころにはマディスの手にあったナイフはいずこかへ仕舞われ、そこには先ほどまでの通り一冊の本を手にした修道士見習いが何食わぬ顔で立っていた。


「ったく、得だよなぁ、そのお坊ちゃま顔。俺もこんな悪人面に生まれなきゃ、お前みたいに修道院にでも潜り込めただろうに。」


「礼拝所での暮らしだって楽じゃない、刑務所の中と大して変わらないさ。」


「馬鹿言うな、雑居の先輩方の顔立てなきゃ殴られるってわけでもねーだろ?」


「これだけ相手してやればもういいか?世間話をしている暇はないんだ。」


 今度こそパブロの隣を通り抜け、夜道を図書館へと急ぐマディス。随分と時間を無駄にしてしまった、早歩きでなければ刻限までに礼拝所へ帰れない。まだ話し足りなさそうなパブロはヨタヨタと到底追いつけそうもない足取りで進みながら、尚も言葉を続けていた。


「おい、ペラ!美味い話を拾ったら持ってきてやるからよ、また俺たち二人で組まねーか?この街でも一攫千金狙おうぜ!なぁ、おい!」


 パブロからはペラと呼ばれる男、すなわちマディスは返事もせず振り返る事もなく去っていった。残されたパブロは悪態とも鼻歌ともつかぬ声を低く唸らせつつ、腐肉を漁る飢えた獣のような目で夜の路地を行きかう人間たちを眺めてフラフラと歩き始める。


 壁際にうずくまっていた野良猫が彼にしっぽを踏まれかけ、慌てて逃げ去っていく。


 と、パブロはまたしても何者かを標的と定めたのか、急にぎらついた目つきへと変わり、先ほどまでのヨタヨタ歩きの面影もなくずかずかと一方向に足を進め始めた。その先にいたのは、今度は彼の話し相手として似つかわしく人相の悪い男であった。パブロは話しかける前に歩調を緩め、いかにも栄養が足りず衰弱しかけたような振る舞いを取り戻すことを忘れなかった。


「ガロア!ガロアじゃねーか、さっきぶりだな、えぇ?」


「また、あんたか。」


「そりゃこっちのセリフだよ、家に帰るんじゃなかったのか?何をまだウロウロしてるんだ。」


 ガロアは埃にまみれた外套のボタンを全て留めておらず、まるで急いで羽織ったかのような状態で姿を現していた。そして酒の強い臭いを纏っている割に彼の顔はどことなく引き攣り、緊張しているように見える。パブロは彼がここに来る直前何かに巻き込まれたな、と推測した。あるいは、ガロア自身が何かをしでかしたか。


「帰るつもりだったが、家主に追い出された。」


「おいおい、他人の家を拝借するつもりだったってのか?」


「違う、他人じゃない、俺の……」


 そこまで口走りかけ、ガロアは慌てて口を噤む。彼があからさまに言い淀んだのを見逃すパブロではなかった。


「おいおい、お前の何だよ。女か?お母ちゃんか?」


「何でもない、そんなことどうでもいいだろ。」


「姉か……妹か!」


「どうでもいいっつってるだろうが!」


 服を慌てて羽織って街へと出てきた時点で女絡みだと憶測はついていたのだが、パブロとしてはその先は何の手がかりもなく出まかせを並べただけであった。


 他人に揺さぶられる経験のないガロアがあからさまな動揺を誤魔化したおかげで意外な正答に彼は辿り着いたのであったが、ここは退き下がってやるべき局面だとパブロは判断した。この話題に戻って欲しくなければ、これから持ち出す提案のテーブルについてもらわなければ。


「あぁ、そうだな、どうでもいい話をしちまった。ところで、今夜の宿はどうするつもりだ。俺と一緒にそこの路地で寝るか?」


「ふざけんな、誰がそんなことを。宿に行くさ。」


「へぇ、宿代があるのか、羨ましいご身分だ。俺も連れてってくれ。」


 ガロアの顔の上を分かりやすく逡巡の色が走る。パブロは何の心配もなく、返事を待っていた。お前がお前の妹を犯しただろうことはほぼ確実だ、まさか今すぐ俺をここで殺そうだなんて思ってもいないだろ、俺の提案に乗らなきゃ噂をあっという間に街全体に広めてやるぞ。一応、ガロアからは形だけの抵抗が示される。


「なんで今日見知ったばかりの奴を、宿の連れにしなきゃならないんだ。」


「まぁまぁ、そっちにとっても悪い話じゃない。俺はあちこちに顔が利くんだ、美味い儲け話があれば真っ先にガロア、お前のところに持ってきてやる。」


「顔が利く……って、俺はずっとこの街で暮らしているが、アンタの顔を見たのは今日が初めてなんだが。」


「おもしれー冗談だな、お前は街の住民の顔を全部覚えてるつもりだったのか?いいから俺をつれてけよ、美味い目を見せてやるからさ。」


 パブロはガロアの肩を抱き、いかにも旧来の知己のごとく笑いかけながら宿屋へと向かっていく。この街に来たのは正解だった、初日からタダで柔らかいベッドに寝られるだなんて。実に幸先がいい、俺を大きな運命が待ち受けてる気がする……。

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