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竜狩りの物語第十一話   反旗の産声

「しかし、さすがに怪しまれないか?いつもの巡回ルートから外れているし。」


 ランタンを手に、夜の街路を進む自警団員たちのひとりが呟く。


「ぞろぞろと全員そろって、人気のない倉庫区画を見回っているだなんて。」


「俺たちの役割は、たいてい飲み屋街での喧嘩だとか、ひったくり犯の取り押さえとかだもんな。」


 人間の自警団員たちが警戒しているのは、獣人の軍に今宵の行動を見咎められる可能性であった。精悍に鍛え上げた肉体を有しながらも臆病に周囲を見回している彼らに対し、先導しているシオルは事も無げに言い返す。


「こういう人気のない場所にこそ、自警団の巡回は必要だってことにすればいいでしょう。」


「犯罪に巻き込まれたくない市民は、そもそも夜に人気のない場所へ行かない。」


 バルカはそれでも注意深く、手にした灯りをあちこちに向け、倉庫に挟まれた路地を覗き込みながら進んでいる。建物の陰で寝そべっている路上生活者が、滅多にこの地域に姿を現さない自警団に驚いて見開いた目で追う。


「ここよ。」


 シオルは借りたばかりの倉庫の鍵を開け、自警団の男達を招き入れる。やはり換気の不十分な倉庫内はじめついており、昼間以上にヒンヤリとして薄気味悪い空間となっていた。壁際には、昨日の昼の内に学院からポールソンが運び込んだ大量の木箱が積み上げられている。


「こんな不用心な場所に、獣人を圧倒するカギとなる決戦兵器を隠してあるのか。」


「鍵は掛けてあるわ。それに、今の状態を獣人に見られても、これが戦力になるだなんて気づかれないわよ。」


 ランタンの光をあちこちに向け、カビだらけの壁面を見て顔をしかめている自警団員たちを入り口付近に残し、シオルはひとり倉庫の奥へと歩いていく。


 倉庫の壁面に沿って数多の木箱が積み上げられている。奥には、幌が被せられた何かが置かれていたが、それをシオルが取り除けば現れたのは木の箱を組み合わせて作った人形であった。


 人形の体内を少し開き、内部にぎっしりと細かな糸が詰まっているのを確認しているシオル。彼女の隣まで来たバルカが、不審そうに口を開いた。


「その人形は、木製だろう。俺たちには鋼鉄の兵士が味方に付くんじゃなかったのか。学院の研究室に居た人形の兵士は金属だったはずだが?」


「これも原理は同じよ。ただ、たくさん用意するためには鋼鉄も同じく大量に必要なの。試作品として、木製の兵士を見てもらうことにするわ。」


 シオルは、倉庫の出入り口を閉め切るように伝える。自警団の男たちがしっかりと扉を閉め、声が外まで響かないことを確かめた彼女は、倉庫の奥に佇みつづけていた木の人形に号令を下した。


「気を付け!右向けぇ、右!」


 人形が木の継ぎ目をギシギシと言わせながら立ち上がり、シオルに命令された通りに動き始めたのを見た男たちは一様にどよめいた。思い通りの反応を見せた彼らを前にシオルは満足し、いよいよ楽しげに人形へと指示を出す。


「前ぇ進め!駆け足!左足!左ぃ!左、右!」


 彼女の掛け声通りに人形は足を動かし、訓練された兵士のごとく駆け足を披露した。壁にぶつかりそうになれば、自ら判断し壁に沿って進行方向を曲げた。到底動くとは思えない無機物が兵士のようにふるまう信じがたい光景を前に、自警団員たちは呆気にとられるばかりであった。


「木の人形が、生きて、走り回っている……!」


「走り回るだけじゃないわ。止まれ!右向けぇ、右!抜剣!」


 号令された通りに立ち止まり、クルリと向き直った人形は腰に帯びていた得物を取り出して構えた。それは単なる木の棒にすぎなかったが、人形が向き直った先に立っていたバルカは咄嗟に警棒を取り出して対峙する。


「俺とやるつもりか?人形のお手並み拝見と行こう。」


「じゃあ、戦闘力についても見てもらいましょう。やれ!攻撃しろ!」


 シオルが大雑把な命令を下すと同時に、人形は木材の擦れ合う音を立てながら棒を振りかざしてバルカへと飛び掛かる。日々訓練を続けているバルカにとってはあまりに単純すぎる動作だったためか、次の瞬間には攻撃をあっさりと回避され、打ち据えられた人形が床に倒れ伏していたが。


「あちゃあ、さすがに本職の自警団に白兵戦を挑ませるのは無謀だったわね。」


「木でできた身体のおかげで、軽々と姿勢を崩せた。この人形が重厚な鋼鉄で出来ていれば、話は違ったかもしれない。」


 バルカは努めて冷静にそう言い放ったが、人形を打ち据えた直後から彼自身の動悸が一気に高まっていることに気づいた。人間でも獣人でもなく、他の動物でもない、無機物で身体の構築された相手と組み合うのは初の体験だったのである。


「何にしても、人形が味方の戦力になるということは確認できたわけだ。」


「こりゃあすごい、さすがは市長のお嬢様、この発明にこぎつけるまでさぞ学院での難しい勉強を続けてこられたのだな。」


「獣人の軍を追い出すのも夢じゃないぞ。俺たちの代で、奴らに支払う税金を帳消しに出来るんだ。」


 口々に感銘の言葉を述べる団員達に褒めそやされ、シオルははにかんだように笑ってみせる。実際は、彼女がコルニクス教授の研究成果を横取りしたに過ぎないのだが。


 とはいえ発明品を兵器へ転用することに難色を示している教授に研究成果を独占されていては、今こうして自律行動する人形が賞賛を浴びることもなかっただろう。自分は正しい判断を下したのだと信じているシオルは、何の罪悪感も覚えていなかった。


「えぇ、あとは鋼鉄の身体をどこから調達すべきか、それが問題なのだけれど。」


「それなら、俺たち自警団の武器庫に眠っている古い鎧がいくらでもある。今どき誰も使わないような、時代遅れのプレートアーマーだ。」


「足りなければ、今使っている鎧の新調を団長に打診してもいい。先代からの使い回しで随分ボロッちくなったし、チビのバルカは未だにブカブカな装備のままだし。」


「フン。」バルカは鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「で、古い鎧は捨てずにここに運び込もう。人の形をしてさえいれば、あとはお嬢様に任せればいいんだろ?」


「えぇ、任せて。鎧を運び込んでもらえれば、次の日には全部が命令通りに動く人形になっているわ。」


 興奮したように話しかけてくる自警団員たちにシオルは誇らしげに答えるも、バルカは今なお床に横たわったままの人形を見下ろして小難しい表情を続けていた。


「だが、仮に鋼鉄の身体を与えたとしても、人形の戦闘力には不安が残る。先ほどの動きは、戦いごっこに初めて参加した子供そのものだった。」


「それは、私が一人で学ばせたせいね。戦い方のプロが学習させれば、すぐに人形も同じ動きを身につけるわ。何なら、今ここで学ばせてみる?」


 バルカは人形の隣に横たわり、木製の顔を掴んで自分の方に向けさせる。その無機質な顔には真っ暗な穴がひとつ開いているばかりであったが、人形はそこから周囲の様子を見ているようであった。


 人形がこちらを見ている事を確認したバルカは、地面に倒れた状態から警棒を振り回し、周囲を牽制しながら即座に起き上がり戦闘可能な状態で立ち上がって見せる。人形も木の肌で床をゴリゴリと擦りつつではあったが、彼の真似をして流れるような動作で立ち上がった。


「のみ込みが早い。」


「そりゃそうよ、叡智が宿っているんだもの。」


 やがて自警団の男たちが去っていき、シオルも倉庫に鍵をかけて帰ってしまった後も、木箱を組み合わせて作られた人形は倉庫の奥に置かれた椅子に座り続けていた。


 次に命令ある時まで、そうし続けているのが自らの生まれた理由であると固く信じているかのように。

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