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竜狩りの物語第八話   仲間は集えど機は整わず

 その必要が無いと言われたにも拘らず、ポールソンが小屋の中を覗き込むのに夢中になっていたことをシオルは翌日すぐ知ることとなった。裏庭の手入れはほとんど進んでおらず、元花壇の端が申し訳程度に掘り返されているだけである。


 何よりも、ポールソンは自らの監視結果をシオルに報告したくてたまらない様子であった。自警団に居た頃は毎日定められた街路を巡回するばかりの退屈な任務ばかりだったのに対し、まるで諜報員のような今回の役回りには心が浮き立っていることを隠しきれずにいた。シオルからは監視任務の報酬を一切出されないことなど気に留める様子もない。


「確かに居た、生きている人形が。あの教授は、人形の胴体部分を開いて中を見ていたぞ。」


「報告ありがとう、他には何か見た?」


「その開かれた胴体部分から、鱗か何かのようなものを取り出しては小箱に収めていた。あれが人形を生かしているのか?」


「私も知らないわ。また分かったことがあれば伝えてちょうだいね。」


 シオルはあっさりとした言葉だけを残し、ポールソンが中の住民に気付かれぬよう細心の注意の元に覗き込んでいた研究室へとずかずか入っていく。ドアの取っ手を回した音に反応したのか、コルニクスが慌てて何かを隠しているのであろう物音が入室直前に聞こえたが、シオルは何にも気づかなかったフリをして口を開いた。


「おはよう、コルニクス。調子はどうかしら、その人形は直ったの?」


「あぁ、どうにかな。雑音しか発せなかった症状は改善した。エノ、喋ってごらん。おはようございます、って。」


「オ、オア、アヨウダイバツ」


 両唇音や歯擦音を再現するのは未だ難しいためか、たどたどしい発音ではあったもののエノは間違いなく挨拶を返した。雑音の根源となっていたものが取り除かれたのは確実であり、それをコルニクスが敢えて隠したとなれば何なのか突き止めたいとシオルは考えていた。


 ポールソンの報告によれば人形から取り出されたのは鱗のようなものだということだったが、それはすなわち叡智の花弁ではないのだろうか。あれこそが人形を生かしている中枢だというに、何故取り除くことで正常に機能しているのだろう。


 疑問は尽きなかったが、コルニクスへ質問することは控えた。自分が知っていることを相手が知らないのならば、その状況は利用できる局面まで取っておくべきだ。


「元通りになったようで、何よりね。そういえば、今朝は日課の散歩をしないの?」


「お前が雇った警備員気取りの男が庭に居るだろう。エノに余計な影響を与えてもらっては困る、私が離れている間に研究室へ勝手に入られたくもない。」


「ポールソンなら問題ないわ、あなたの研究の邪魔をしないよう良く言い含めてあるから。心配なら、人形を散歩させている間、私が研究室に残ってましょうか。」


 当然ながらコルニクスが人形を連れて室外に出ている間、彼が慌てて隠したのであろう物を探すためにシオルはそう提案したのであった。が、コルニクスは不意を突かれることさえあれど、決して無警戒な研究者ではなかった。


「ますますダメだ、私以外の何物かを研究室に残すなどありえん。」


「あなたの大事なエノが、今朝の散歩を楽しめなくってもいいの?」


「どちらにせよあの男が庭にいる限り、安穏は約束されない。明日からは毎朝、奴が宿直室から顔を出すよりも先に散歩を済ませてやる。」


 シオルはその場でしばらく不満そうな表情のまま立ち尽くし、コルニクスがエノに今日も文字の読み方を教えている様を眺めていたが、やがて埒のあかぬ状況に見切りをつけて彼女は研究室を出て行った。


 学院の裏口……勝手に自分がそう呼んでいるに過ぎない、単なる生垣の隙間をシオルは潜り出る。講義に出席することなど彼女の眼中にはない。コルニクスが可愛がっている金属人形をいかにして我が物とし、鋼鉄の兵士へと鍛え上げたものか。また、彼が何事かを隠しているのも気になる。


 新たな悩みの種を抱えて街路を歩き出した彼女を、さっそく呼び止める声があった。


「シオル。」


 見れば、バルカの姿があった。相変わらず小柄な身体から浮いて見える兜や防具に身を包んでいるので、すぐに分かる。彼と会う約束を取り決めた記憶はないが、この場所で待ち構えていたのだろうか?自警団員が自由にできる時間などないことを鑑みれば、彼は街の巡回任務の真っ最中であるはずだ。


「何よ。」


 シオルの声は、多少こわばっていた。バルカは以前と変わらず鋭い眼差しでシオルを直視していたが、ぶかぶかな兜の下から覗くそれには大した威圧感もなかった。問題は、彼の背後に同じ巡回任務を遂行していたと思しき自警団員たちが居並んでいたことである。


 よもや、バルカは任務中に抜け出したことを問い詰められ、シオルと共謀していた内容を吐いたのであろうか。だとすれば、獣人族による統治体系の転覆を本格的に目論んでいることが露見し、自分は逮捕されてしまうのか。そう考え、瞬時に緊張した彼女が中途半端に振り向いた格好のままで待っていると、バルカだけが近寄ってきて低い声で告げた。


「彼らは協力者だ。ここじゃ大きい声で言えないが、皆、お前の思想に賛同してくれた。」


 シオルが視線を上げれば、バルカの兜の向こう側で一同が小さく頷き返してくるのが見えた。一様に表情は真剣そのもので、小柄なバルカより遥かに精悍な身体つきの兵士ばかりが集まっている。集まっているとはいえ、十名程度ではあるが。


 喜ばしい報せには違いなかった。が、今は状況が悪かった。彼女が獣人たちに対する逆転の切り札として触れ込んだ「鋼鉄の兵士」は、未だ臆病な子供同然のまま、父親気取りのコルニクスによって庇護されているのである。


「まぁ、仲間を集めてくれていたのね。感謝するわ、それじゃっ。」


 足早に歩み去ろうとしたシオルであったが、バルカの手が彼女の腕を引き留める。自分の身体に触れられることを全く予期していなかったシオルはギョッとして振りほどくも、バルカは表情を変えぬままに口を開いた。


「待ってくれ。鋼鉄の兵士を彼らにも見せてやってほしい。獣人兵士への対抗策が現実に存在することを皆も目にしなければ、さらに賛同者を増やすことは出来ない。」


 男性が自分の腕を無造作に掴んだことへの驚き、慣れない状況に動悸の未だ収まらないシオルであったが、どうにか声の震えをおさえて言葉を返す。


「今はダメ、あなたたち、この真昼間からゾロゾロと学院の敷地内に踏み込んでくるつもり?」


「それは出来ない。見回り中に部隊全員が行動逸脱したとバレてはならない。現に、そろそろ本来の巡回ルートに戻らなければいけない。帰還が遅れると怪しまれる。」


「でしょう?今日はおあいにくさま、また都合が付いたら知らせるから待っててね。」


「俺たちには連絡手段が無い。」


 歩み去ろうとするシオルの足が、今度は言葉で止められる。思い返せばその通りであった、今のところバルカに待ち合わせの場所や時刻を指定する手段は置手紙や口頭での約束に限られていた。自警団員に対して正規の手段で手紙を送ろうにも、詰め所に郵送された時点ですべての書簡は開封され中身を検められてしまう。


 ゆえにバルカたちは今回、見回り任務の最中ながらシオルと以前待ち合わせた場所付近へ赴き、彼女と遭遇出来る確証もなく時間の許す限り待つほか無かったのだ。シオルが現れなかった日も、この一同は近辺を無意味にうろついていたのかもしれない。


「またすぐにこの面々で揃って来られるってわけではないんでしょう。都合の良さそうな日を言って。」


「明々後日の夜。順番通りに任務が回れば、俺たちの班は夜間巡回を担当する。その時であれば学院付近まで来れるだろう。」


「分かったわ。じゃあ、その夜に来てくれれば案内する。」


 バルカが相変わらず真面目くさった顔のまま自警団の男達のもとへと戻っていくと、彼らは無言のまま何事もなかったかのように街の巡回を再開した。ひときわ小柄なバルカの背が団員たちの中に埋もれ、彼らが路地の角を曲がって全員の姿が見えなくなった後、ようやくシオルは大きく溜息を吐いた。


「約束の日までに、何か手を考えないと。」


 バルカ達が宵闇に紛れて学院の敷地内へ入り込めるその夜に、彼らの前で金属人形が自律して歩き回る様を披露してやらなければならない。


 これまで様々に企みを成功させ、コルニクスに迷惑を掛けてきたシオルであったが、今度こそは何も思いつかなかった。またも研究室内に誰もいないはずだと偽って、コルニクスを侵入者扱いし排除させようかとも考えた。とはいえ、既にバルカに対して同じ手を使っている。さすがに二度目は怪しまれるだろう。

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