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竜狩りの物語第六話   啓蒙の黎明

 災難だったのはコルニクスである。翌朝、意識を取り戻した彼は研究室の床の上に寝そべったままの自分を見出す。身体の節々が痛み、冷え切った足や手の先には感覚がない。骨が軋むのを感じながら無理に起き上がれば、いつも座らせている椅子にエノの姿が無い。


「エノ……?エノ!」


 返事は無かったが、隙間風のような音が研究室の隅から聞こえてくる。金属製の頭を金属製の腕で抱えてうずくまったエノは、一晩の間その状態のまま震え続けていたのであった。


 自分を愛しみ色々なことを教えてくれる「父さん」が暴行される現場を目の当たりにし、恐怖という体感したことのない感情に初めて襲われ、どうすればいいのか分からないままに。


「エノ……!」


 大きな声を出そうとすれば脇腹に疼痛が走るのをこらえながら、コルニクスは呼びかける。ようやく安心できる声を聞いたためか、それでもなお怯えながら恐る恐るエノは顔を上げた。


「怖い思いをしたんだな、大丈夫か、怪我はしていないか?」


 今なお殴りつけられた痕の痛む右足を引きずりながら、コルニクスはエノの傍まで近づく。昨晩研究室へ押し入ってきた暴漢は自分の研究成果を盗む不届き者の差し金かもしれないとの憶測は脳裏をよぎったが、今は何よりもエノの無事を確かめることが先決であった。


 幸いながら、下手人はエノに手出ししたわけではなかったようだ。金属製の身体には傷ひとつつかず、構造体も歪んでいない。今なお小さく震え続けているエノであったが、コルニクスが不安がらせないように言葉をかけ続けている内に落ち着きを取り戻したようだった。


「外見上は問題がないな。エノ、喋ってごらん。ここには父さんしかいない、安心して。」


「……ザザ……ザザザッザザザー」


「どうしたというんだ、声が出せないのか?」


 仮に声を出せたとしても、それは機械的な音の複合であったろうが、たった今エノの身体から放たれたのは雑音に過ぎなかった。金属の箱の中で大雨が注ぐような、意味を持たない無機質な音。明らかにエノ本来の身体機能が損なわれていることに気付いたコルニクスは、血相を変える。


「何ということだ、あの暴漢の仕業か!?」


「ザザザッザザーザザザ」


「慌てなくていい、エノ。父さんがきちんと治してあげるから、ほら、口の中を見せてごらん。」


 検査用の工具を手にコルニクスがエノの損傷具合を検査しようとした矢先、扉の開く音とともにエノはまたしても恐怖に襲われたかのごとく身を縮める。昨夜の暴漢が再び現れたのかと振り返ったコルニクスは、今朝学院へ登校してきたばかりの様子を装ったシオルと顔を合わせた。


 シオルからしてみれば研究室内の状態は昨晩と大して変わっていなかったが、いかにも事情を知らぬような口ぶりでコルニクスに質問を投げる。


「おはよう、教授。どうしたのかしら、何か様子がいつもと違うようだけれど。」


「どうしたもこうしたもない!昨夜、我が研究室に侵入者が現れたんだ!」


 その侵入者は他ならぬシオルが招き入れたバルカに違いなかったが、コルニクスは相手の姿を目にする前に気絶させられていたため犯人の姿を知らない。


 エノもまた、暴行を目撃したと同時に恐怖のあまり頭を抱え込んでおり――シオルの声は聞こえていただろうが――今回の件の下手人が目の前にいるとは気づいていなかった。


「まぁ、大変。けれど、その人形は盗み出されずに済んだのね。」


「確かにエノはここにいるが、だが私と同じく乱暴を働かれたのかもしれないんだ。」


「ザザザザザー」


「あら本当。前まではかろうじて言葉を喋ってるのが聞き取れたのに。」


 シオルの見ていた限り、この金属人形に対しては直接的な暴行は加えられていないはずである。発していた声が雑音へと変じてしまったこの現象については、一部始終を見ていたシオルにも原因がさっぱり分からなかった。


 見るも哀れなまでに狼狽えたコルニクスはエノの身体をあちこちと観察し、机に広げた研究メモを忙しくめくり、またエノのもとへ駆け戻っては金属の身体の検査を続けていた。


「書類の類は盗まれていないの?その人形を組み立てるための資料とか、取られちゃマズいんじゃない?」


「ざっと見たところなくなったものはない。だが不届き者の企みが今回で済むという保障はないな、この件を学院にも伝え、夜間の警備態勢を厳重にするよう要請せねば……」


「伝えていいの?この研究は、禁忌なんでしょう。」


 コルニクスは言葉に詰まる。今時代において崇拝の対象たる「叡智の花弁」を買い取り、それを取り出したうえで研究に用いている。金属でできた人形に命を吹き込んだことは研究としては成功であったが、まかり間違えば信仰の冒涜者として処罰の対象に挙げられかねない行為であった。


「あなたは偽りの生命を作ったのよ。こんなことが明るみに出れば、学院の教授たちも黙ってはいないわ。」


「分かっている!だが、またあのような暴漢に押し入られては、今度こそエノを失ってしまうかもしれない……!」


「ザザザ……」


 エノの身体への心配と同時に湧き上がってきた不安に耐えかねて、コルニクスは眉根に皺を寄せ頭を抱える。そんな「父親」の姿を、気弱げな雑音を放ちながらエノは顔面中央のレンズ越しに見つめている。


 が、彼にとっては手づまりなこの状況も、シオルには計算の内であった。


「コルニクス。今回の件を公にせず、この場所の警備を強化できればいいのよね?」


「そんなことが出来るならこのように悩んだりはせんのだ。」


「出来るわ。学院の了承抜きに教授が警備を雇うことは出来ないけれど、私から話を通せば話は別よ。」

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