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竜狩りの物語第五話   嘘吐き娘と受難の研究者

 バルカによって約束された翌日の夜は全天が雲に覆われ、ランプやランタンの灯りでは足元しか照らせぬ闇夜であった。彼はこのことも見越して抜け出すのに都合の良い日を決めたのかしら、等と思いを巡らせているシオルへと足早に近づく靴と鎧の音。


 全身を自警団の防具に身を包んだ男の姿がそこにはあったが、やはり小柄な身体へ無理にくくりつけられた装具が揺れる様はその主を容易に判別させた。


「護衛を連れていないのか。市長の娘が、このような夜道に一人立っているのは危ない。」


「ここはぎりぎり学院の敷地内よ、バルカ。夜道ではないわ。」


「ならば学院の警備は随分と不用心だ。さておき、例の鋼鉄の兵士とやらは何処にある。」


 シオルは手招きし、学院の生徒が抜け道に用いている生垣の切れ目へと案内した。学院からほぼ見捨てられている状況を象徴するかのように手入れされぬままの裏庭は、夜もじめついた闇に支配されている。


 その一角に立てられたコルニクスの研究室は、半地下の小屋の窓から漏れる灯りが細く庭の地面を照らしていた。


「あの小屋の中にあるのだけれど、ちょっと待っていて。誰か居る。」


「お前の仲間か?」


「分からない。この時間帯は、私以外に誰も研究室にいないはずなのに……。」


 中に居るのは当然ながらコルニクスであるはずだが、シオルが嘘をついていることをバルカが知る由もない。


 彼女は足音を立てぬよう忍び足で小屋へと向かっていき、細く扉を開けて隙間から中を覗き、やはりコルニクスが金属人形に向かってあれこれと話しかけている様子を確認すると、わざとらしく驚いた表情を浮かべてバルカの元へ戻ってきた。過呼吸に陥りそうなのを必死にこらえる演技をしつつ、小屋を指さし低めた声で訴える。


「しっ、知らない人がいるわ!」


「何だって!?」


「どうしよう、大変だわ。泥棒が、研究の成果を盗み出そうとしているのかも!」


「放ってはおけないな……!」


 シオルが初対面時に値踏みした通り、バルカは生真面目で純粋な青年であった。彼女の言葉を鵜呑みにしたこの若き自警団員は、警棒を手に足音を忍ばせ、しかし素早く小屋へと近寄っていく。バルカが剣を持っていないこともまた前日確認しており、コルニクスを誤って殺傷する恐れもない。


 とはいえ警棒で強かに打ち据えられた人間が死に至ることもあり得るのだが、戦闘技術に疎いシオルにそのような知識はなかった。


「研究室は狭いの、入ったら気づかれるわ。」


「問題ない、すぐ詰められる間合いだ。」


 勢いよく開かれた扉から何者かが飛び込んでくる音をコルニクスは背後に聞いたが、研究室に延々と籠る毎日を過ごしていた彼が即座に反応しきれるはずもなかった。振り向こうとした彼の腕、そして足へと立て続けに警棒が振るわれ、激痛に悲鳴を上げる暇もなく足を払われると同時に投げ飛ばされて床にたたきつけられる。


 室内の騒動が収まったのを見計らってシオルが覗いてみれば、痛みとショックで気絶しているコルニクスを見下ろしながら怪訝そうな表情を浮かべるバルカが突っ立っていた。


「……死なせてないわよね。」


「あぁ。急所は狙っていない、失神させるつもりもなかったんだが。」


「おかげで静かになったわ、邪魔者も居ない。」


「しかしこの男、確かに薄汚い身なりをしているが、泥棒のようには見えない……。」


「そんなことよりあなた、あまり長い時間は警備を抜け出してはいられないんでしょう?ご所望の鋼鉄の兵士をお目にかけるわ、こっちよ。」


 シオルはバルカからの追及を逃れるように足早に研究室の奥へと歩き、先ほどまでコルニクスが向き合っていた金属の人形を指さした。バルカが室内に踏み込んできた時からそれはずっと身動きらしい身動きを見せていなかったが、その金属製の頭部は両腕で抱えられ細かく震えているのであった。


 まるで、眼の前で振るわれた暴力に怯える子供のように。せっかく披露すべき相手が来たというのに、目立った動きを見せないでいる人形にシオルは不満を覚えた。


「ほら、立って、歩いてみなさい。どうして動かないで震えてるのよ。」


「これが、鋼鉄の兵士なのか?椅子に座った人形にしか見えないが。」


「本当よ、ひとりでに立って歩き回ったり、こちらを見たりするんだから。無理にでも立たせられないかしら……。」


 人形の肩をコツコツと叩いてみたり、ゆすぶってみたりしても怯えたように震えるそれは椅子から動こうとしない。


 焦れたシオルが椅子の足を蹴っ飛ばした時、ようやく人形は飛び上がって椅子から立ち上がり、床の上を転びながらも研究室の奥へ慌てふためいて逃げ込んだ。壁際で小さくうずくまり、またしても頭部を抱えて震えあがっている。


「どう?見たわよね、こんな金属の塊が武器を手にして自在に走り回っていたら、獣人兵士もさぞ驚くでしょう。」


「確かに、人間の身体よりは頑丈そうな鋼鉄の身体だ。しかし……。」


 バルカは金属人形が自律して動いたことに驚かなかったわけではないが、やはり人間に当てはめれば臆病そのものな行動は目についた。か細い笛のような音が震えながら聞こえてくるのは、人形なりの泣き声なのだろうか。


「とても兵士に相応しいとは思えない振る舞い方だな。」


「まだ、作り出されたばかりだから。そう、ほんの子供みたいなものよ、兵士としての訓練もこれからだし。」


「では、その人形に兵士としての訓練を施し終えた時に連絡してくれ。」


 その場に背を向け、研究室の外へと足早に出ていくバルカを、シオルは慌てて追いかける。


「えっと、鋼鉄の兵士を味方に付けられるって話は、信じてくれたのよね?」


「嘘ではないと確認した。兵士には程遠い状態だということも。」


「自警団の方で、この計画に賛同してくれそうな仲間は集められそうかしら?」


「あの人形がどれほどの強さを発揮するとも知れない今は、何とも言えない。もう戻る、これ以上は任務を抜けていられない。」


 芳しくない返答をのみ残し、駆け足で去っていくバルカをシオルが引き留める暇は無かった。獣人支配の転覆計画を進めようとする先々に、想定していなかった障害が次々と立ちはだかっていく。


 今宵の件はコルニクスにどうとでも説明がつくとして、その後いかにして金属人形を戦闘用に仕上げたものか、頭をひねる日々はまだまだ続きそうであった。

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