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忘れられたころ第一話   図書館で出会った三名

 ルスサカの街は地区の至る所を奔放に走る街路、そこから毛細血管のごとく無規則に延びる細い路地が、訪れる者に雑然とした印象を与える。


 市庁舎や礼拝所のある街の中心地でこそ区画が整理されているものの、昔からこの街で暮らしてきた市民たちは整然とした街並みでは暮らしにくいと口をそろえる。彼らの意見は情緒や風情云々に起因するものではなく、何本目の大通りの何軒目に自宅があるのかを正確に覚えていなければ、一定間隔で整然と建物が並び立つ地区の中では道に迷いやすいがためだ。


 現代と呼ばれるこの時代に入ってから新たに築かれた街区に住まうは比較的居住歴の若い住民たちに限られ、古くより代々ルスサカに住み継いできた者たちのほとんどの住居は前時代の様相を残したままの旧市街にあった。


 毎朝毎夕、住民たちが食事の支度を一斉に始めれば煙突から吐き出される白煙の海に路地が沈む、また所々にかつて種族間を分断し行われた戦争の爪痕が残る、数えきれない皺のたたまれた老人の顔のごとき街並み。街が重ねた齢は相当のものであったが、商取引の中心である市場もまた旧市街にあり、街の活気は未だそこに集約されていた。


 市場には多種多様な市民たちが集う。滑らかな肌を持つ人間がその主を占めていたが、中には全身にふさふさと毛を生やし獣のような姿をした市民もいる。


 彼らに対しては獣人という呼称が伝統的に用いられていたが、それは人間との対立の歴史を思い起こさせるとのことで現代においては『新参画市民』という呼称が推奨されている。獣人がこの世に姿を現したのは人間とほぼ同時期であったが、いわゆる人間が構築した社会に参加し生活を営み始めたのは比較的最近のことである。


 他にも、硬質の無機物で覆われており、レンズ状の透明物質を通して外界を認識し、機械音を巧みに組み合わせて発声する……いわゆる機械のような外見を持つ『啓蒙市民』も存在する。彼等は人間の技術によって作り出された存在ではなく、わずか数十年前に見いだされたとある遺物から生まれ出で、やがて自我を有し行動しはじめた者たちである。


 彼らの正確な来歴については当の啓蒙市民たちも含め誰も知らなかったが、啓蒙市民は自分たちの身体構造を注意深く分析し、観察し、逆行工学を以てこの世界の技術水準を加速度的に引き上げた。通信、運輸、日常生活の至る所で彼らの技術力への依存度は高まり、機械的な見た目とはいえ道具として扱われることを拒否する彼らの意向は他種族も受け入れざるを得なかった。


 市場では斯くした来歴を有する多様な種族の者たちが商いの場を取り合って諍いを繰り広げる光景もかつては珍しくは無かったものの、全ての市民が市場を訪れる目的は例外なく自分たちの生活を立ち行かせる所にある。顔を合わせるたびに血を流し……あるいは身体パーツを撒き散らしていては日々の暮らしもままならない。


 定められた地割りに従い、地主に土地の使用料を支払い、店を持った者に従業員として下働きの者たちが雇われる。この地に根付かんとする者たちに秩序が生まれたのも自然な成り行きであった。


 そんな市場での仕事を終え、従業員のひとりであるフィガロはむしゃくしゃした気分で夕闇に覆われつつある家路についていた。心に鬱憤が溜まっているにも関わらず、その足取りが緩慢であったのは身体的な疲労もまた十二分に溜まっていたためだ。


 人間よりも遥かに太く力強い、そして豊かな毛並みに覆われた彼の腕にも痺れるような疲れが巡っていた。丸一日、市場にて商品を運び、店先に並べる作業を延々と続けていたのである。今日あった出来事を思い返すだけでも、腹の底から湧いて出た感情が独り言となって口から漏れてくる。


「言われたことだけやってりゃいい、だと。客を無視しろってのかよ、じゃあ。」


 昼頃、市場に買い物に来た老婦人にフィガロは声を掛けられたのだった。彼女は自分の求める品物を見つけられず困っていた様子であったため、フィガロは混雑する市場の中を案内して自分の知る売り場に連れて行った。


 老婦人からは感謝されたが、そのぶん品出しの止まっていた件について彼は雇い主の店主から叱責を受けたのである。持ち場を離れたのはごく短い間に過ぎなかったものの、フィガロが案内した先が別の店であったことも雇い主の怒りに拍車をかけていた。


「置いてない品物なら置いてないとだけ言えばいいのか?それで対応が悪い店員だって言われるのは結局、俺じゃないか。」


 フィガロへの叱責を、店主の男はわざわざ業務を終えた売り子たちが集まってきた前で行った。敢えて自らにどのような視線が向けられているか確かめる気など毛頭なかったが、市場から出ていく時に誰もフィガロの方を向かず一言の挨拶も交わさず去っていった事だけは否応なしに見せつけられた。


 彼らの態度が侮蔑によるよりもむしろ憐憫によって生まれていることは、尚もフィガロに惨めな想いを植え付け、やり場のない憤懣をますます虚しいものとした。


「やめよう。このことを考えるのは。」


 獣の顔を持ち、筋骨隆々とした肉体を誇る獣人――この世界においては「新参画市民」と呼ばれている種族――のフィガロは、その威圧的な外見とは裏腹に理性的な男であった。もとは研究者を目指して学府の研究室に通う学徒の一人だったのだが、獣人が研究者の道を進むことは彼の想定していた以上に困難な過程であった。


 彼等の知能が人間より劣っているという明確な裏付けは無かったが、職業選択の自由が保証されたこの時代においても研究職は大多数が人間によって占められていたのである。ゆえに研究者を目指そうとする彼の試みは応援と同時に奇異の目にも晒されながら、獣人族にとってはあまりに狭き門をくぐりぬけるごく一部の秀才たちの中にフィガロは入れなかったのである。


「そうだ、今日は次の巻、借りられるかな。」


 彼の足取りを重くしている要因は肩から掛けた鞄の中身にもあったのだが、その重みに加算されている一冊の本の存在をフィガロは思い出した。職場で本を捲っている暇などほとんどないものの、図書館から借りてきたこの書物を帰りがてら返却するために持参しているのであった。


 学生時代の習慣からか読書を好む彼が今読み進めているのは一つの物語であり、古びた書棚の隅に並ぶ古ぼけた題字にふと惹かれて読み始めたのであった。『竜狩りの物語』という、現代ではまずもって人気を見出されないであろうシンプル過ぎるタイトルは、むしろ好奇心を刺激した。


「前に返しに来たときは第三巻、まだ返却されてなかったからな。おかげで第二巻を予定よりも一日長く借りていられたけれど。」


 図書館の重い扉を押し開ける。膨大な量の蔵書を収めたその重厚な建物は湿気を追い出すために十分な換気が為されていたものの、分厚い壁が外部の音や温度を遮断するためかどことなく淀んだ空気に満たされているようであった。それがフィガロには心地よかった。いついかなる時も不快感の根源にぶつかりかねないという外での警戒心を、この場においては感じずに済む。


 だが、今日に限っては図書館内の静寂を乱す者が居た。本の貸し出しカウンターに陣取っているのは「啓蒙市民」――機械の身体を有する、ごく最近自我というものに目覚めた種族――のひとりであり、彼は対応に当たる司書に向かって延々と金属音混じりの文句をぶつけつづけていた。


「僕は貸出可能日時の表示を確認したうえで、ここに足を運んだのですよ!にもかかわらずその本を出せないとは、あれは虚偽の掲載だったということですか?」


 本人なりに声を抑えているつもりのようではあったが、彼の苛立ちを示すように金属音の混じった声は静まり返った図書館内に耳障りに響く。応対している係員もまた啓蒙市民であったが、そちらの発声は滑らかなものだった。とはいえ、ウンザリした調子をその声色から拭い去ることは出来ていなかったが。


「ですから返却予定日通りに書物が戻ってくるかどうかは、利用者様の都合にも左右されますので。」


「要するに返却すべき期日にも拘らず、自分の借りたものを返しに来ない不届き者が居るということですね?ですがそれは僕の過失ではない、どうしてルールを守らない他人の尻ぬぐいをさせられなければならないんです!」


 争いごとに敢えて関わり合いたくないフィガロではあったが、今まさに問題が起きているその窓口に用事がある以上、この場から立ち去るわけにもいかない。近くの書棚に興味を惹くような背表紙を探すフリをしつつ、ことのほとぼりが冷めるのを待つほかなかった。啓蒙市民同士の舌戦は、尚も続いている。


「これは厳密なルールというわけではありません。図書館は市民の皆様のご厚意によって成り立っている施設ですので、多少は貸出状況にもブレが生まれます。」


「困りますね、まったく困ります。それでは貸出可能日時をわざわざ図書館入り口に明示する意味はなんです?あんなもの全部嘘っぱちじゃないか!利用者を騙して平気な顔ですかあなた達は、それで市民の『ご厚意』とやらに甘えてるんだから結構な御身分ですね!」


「貸出状況をある程度は把握できるようにと整えられたシステムです、あくまでも一つの目安としてご確認いただくために表示している次第でして……」


「その目安が何の役にも立っていないんじゃ世話無いですよ!」


 金属音を通り越して雑音混じりとなり、いよいよ聞き取りづらくなったクレーマーの声とは対照的に、図書館員の声は聞き取りやすく澄んだままであった。二人の容姿を横目で見くらべていたフィガロは、その差は互いの心境によってのみならず、身体を構成するパーツの差でもあるのではないかと考えていた。


 磨き上げられた灰色の曲面が光を反射している図書館員の身体に比べ、くすんだクリーム色のパーツが雑然と組み合わさって身体を構成しているクレーマーはいかにも見劣りのする姿だったのである。


「ではその貸し出した相手に連絡は取れないんですか?催促ぐらいできるでしょう、通信網の整備されていない田舎じゃあるまいし。」


「えぇと、お待ちを。『竜狩りの物語』第二巻をお持ちの方は……」


「!」


 フィガロの両耳が反応してピクリと動く。今読み上げられたタイトル、そしてその第二巻を持参しているのは他ならぬ彼自身である。カウンターの図書館員が利用者リストを確認しているその前で、クレームをつけている市民はイライラと硬質の指先で窓口カウンターをコツコツ叩いている。フィガロの名を見つけたのか、図書館員の片手が壁に備え付けられた電話機のダイアルをシュリシュリと回し始める。


 このまま放っておけば図書館員はフィガロの自宅に電話を繋ぎ、応答のないまま虚しく呼び出し音だけを聞き続けることとなるだろう。苛立っている高慢な利用者を目の前にしたままに。ここで自分が動きさえすれば、図書館員は嫌な思いをすることもない。フィガロは多少逡巡したものの、思い切って声を掛けた。


「すみません、その本を借りてたの、自分です……。」


「あら。」


「あっ……」


 フィガロの重々しい声に反応して振り向いた二人の啓蒙市民は、それぞれが抱いた安堵と狼狽を態度に示していた。図書館員の方は顔面のディスプレイに分かりやすく見開いた目の形が投影された一方、クレームをつけていた方はレンズの中心で瞳孔に当たる箇所を畏縮させながら目を逸らす。


 大柄なフィガロの体躯を目の当たりにした彼は気圧されたのか先ほどまでの剣幕もどこへやら、口を噤んだままで横にずれて彼が窓口の図書館員に本を渡すスペースを空けた。


「えぇと、返却手続きをしたいんですが。」


「はい、承りました。」


 嘘のように静まり返った窓口に、必要最低限のやり取りだけが交わされる。難癖をつけられる図書館員を遠巻きに見守っていた利用者たちからもホッとした雰囲気が流れこみ、フィガロは別人のごとくおとなしくなったクレーマーに対し声を掛けた。


「あの、ごめんなさい。自分が予定日よりも一日長く借りてしまったばかりに。」


「いえ、いえ。構いはしないんです、僕もさっき図書館に来たばかりで、まぁ、ちょうど良かったです。お忙しいと返却に来る暇もなかなか取れないでしょうし。」


「いや、昨日返しに来たんですが、この次の巻がまだ誰かに借りられてて。翌日で返却期限になるということだったので、もう一日読み返すために借りることにしたんです。」


 そこまで言ってしまってから、フィガロは自分が余計な事を口走ったと気づいた。図書館員の顔のディスプレイに小さなノイズが走った様は、改めてその内部で僅かな緊張が起こったことを示していた。


 先ほどまでクレームをつけていた市民は図書館員の方へと向き直っており、その硬質の肌から直接表情を読み取ることは不可能に近かったものの、彼が多少なりと気勢を取り戻したことは僅かに上がった声のトーンに反映されていた。


「ってことは、第三巻をまだ返していない利用者の存在が大本の発端ですか。」


「そういうことになるかもしれませんね。今日中に返却していただければ良いんですが。」


 長々と文句をぶつけられっぱなしであった図書館員による応対は、心なしかおざなりなものとなっていた。


「まったく、困ったものですな!こちらの方も楽しみにしていた続きを読めないままではないですか。」


「いや、自分は多少待つぐらいどうってこと……」


 フィガロはそこまで返答し、このままではまるで相手の短気さに対する当てつけだと思い直して語尾を濁す。当の対話相手は今度こそ何の反応も見せなかったため、その言葉をどのように受け取ったか定かではなかったが。


「そんじゃあ、自分はこれで失礼を。」


「あぁ、どうも、こちらこそお騒がせしました。」


 雑音を吐きだして憤っていた彼もさきほどまで昂っていた感情は収まったためか、当たり障りのない応答だけが返される。楽しみにしていた次巻は未だ返却されていないことを知ったフィガロとしては長居する必要もなく、これ以上の厄介事に巻き込まれぬうちにさっさと帰宅しようと踵を返した。


 が、彼が今まさに出て行こうとする図書館の扉が勢いよく開かれたかと見るや、一人の人間が小走りに駆け込んでくる。薄暗い照明の下で靡いた美しい金髪を見た面々は目の覚めるような心持ちであったが、フィガロにぶつかりかけたことを咄嗟に謝罪した声は男のものであった。


「わっ、すみません!司書さん、返却が遅くなって申し訳ないです!」


「いえ、返却期限は本日中でしたので。閉館時刻にはまだ時間があります、お慌てにならず。」


 返却期限が本日中と聞いたフィガロの耳がまたしてもピクリと反応し、その目は今しがた駆け込んできた彼が本を取り出す手元を凝視した。果たして窓口に置かれていたのは自分が読めるのを心待ちにしていた『竜狩りの物語』第三巻であり、カウンターにもたれていた先ほどのクレーマーもそれと気づいてフィガロへレンズ越しの視線を送った。


「良かったじゃありませんか、続きが読めますね!」


「……もしかして、この本が返却されるのを待っていた方ですか?」


 機械の声が無遠慮に発した言葉を聞き、金髪の青年は気弱そうな目つきで背後から近づいて来る獣人を見据える。自分の振る舞いが意図せぬ威圧感を与えないようゆっくりと歩を進めつつ、フィガロは彼に可能な限りの朗らかな声で答えた。


「いや、別に急いで読みたかったというわけではありませんから。」


「ごめんなさい、こんな期限ギリギリまで借りちゃって。はいっ、どうぞ!」


 慌てているためか、それとももとよりそそっかしい性格であるためか、今しがた返却手続きを終えたばかりの本を青年はそのままにフィガロへと差し出した。が、その行為を図書館員の言葉が遮る。


「カウンターへお戻しください、こちらで返却確認処理後、再配架を行うまで貸出扱いは出来ません。」


「あっ、ごめんなさい……」


 よくよく謝る人間だとフィガロは感じた。カウンターにもたれたままの機械市民は、またしても神経を若干尖らせたためか擦れ音混じりの声で質問を投げかける。


「その処理、今日の閉館時刻までに済むんでしょうね?ここで待たされたあげく、取り扱い時刻を過ぎただなんてことになっても承知しませんよ。」


「数分で済みますので、お待ちください。」


「ってことは、この窓口に居ても仕方ないですね。『竜狩りの物語』が配架される書棚前で待たせてもらいますよ。」


 口に出して示し合わせたわけではないものの、この閉館間際の図書館にて居合わせたちぐはぐな三名は、結果的に同じ書棚の前に集まることとなった。人間、新参画市民、啓蒙市民の三種族。


 同じ物語の別々の巻を求める間柄同士で集合していたわけだが、金髪の青年に関しては待つ必要を持たなかった。彼が求めるだろう第四巻は、未だ誰にも借りられることなく書棚に収められていたためである。


「あぁ、あったあった。僕たち以外に、借りてる人はいないみたいですね。」


「全く奇遇なことです、この私が窓口で粘っていなければ我々は出会わなかったというわけだ。」


 その迷惑な行いは図書館員を少なからず閉口させたはずであったが、いかにも自分のおかげで巡り合わせの機会が作り出されたかのように語る啓蒙市民を、フィガロは僅かな苦笑と共に見つめていた。


 一方で同じ言葉を掛けられた青年においては僅かながらも純粋な感動が引き起こされたらしく、彼は伏し目がちだった視線を引き上げてこの偶然が邂逅させた面々を真っ直ぐに見つめた。


「確かに。偶然ですね、同じ物語を読んでいる方とこうして出会えるなんて。」


「私もこれだけ多くの蔵書がある中で、流行や話題に挙がっているわけでもない古びた本を共に手に取る仲間に出会えるとは思いもよりませんでした。あなたも、こういう物語がお好きなので?」


「えぇ、まぁ……好みではありますね。」


 表面に埃の付いたレンズの瞳に見つめられたフィガロは口籠りながらも、その問いかけに対し肯定することは躊躇わなかった。今の彼にとって世間の臭いから切り離された物語の中へ浸ることは、現実を忘れさせてくれる数少ない娯楽の一つであった。


 まさに今日の仕事終わりに抱いたような憤りはやり場のない、そのうえ些細な事に端を発した類のものであったが、物語世界における主人公の憤りは必ずぶつける先が明確かつ正当に存在するのである。


 彼は言葉少なに返答したに過ぎなかったのだが、それを受け止めた啓蒙市民は意気込んで語り始めた。


「確かに、仰る通り。あまりに虚構が過ぎる物語は作り物としての顔が強すぎて興ざめですが、この『竜狩りの物語』はそうじゃない。この現代社会の成り立ちをなぞっただけあって、登場人物各々の判断や行動決定が実に現実的だ。鮮やかに場面場面の光景が立ち上がってくるようです。あなたもそういう所に惹かれたのでしょう?」


「僕はどちらかというと、主人公たちの意志に魅力を覚えたと言いましょうか……。」


 初対面の相手に向けるにしては急激に増加した口数に、金髪の青年は返答しつつも間違いなくたじろがされていた。折よく返却された書籍をその場に運んできた図書館員によって、その場の会話は中断されたが。


「お待たせいたしました。ご希望の本がございましたら貸出カウンターまでお持ちくださいね。」


「ここまでわざわざ運ばれた本を、我々が改めてカウンターへ運ばなきゃならないとは何と無駄な行程だ。もう少し融通を利かせてくれてもいいでしょうに、ねぇ。」


 頸部の関節をきしませながらレンズ越しに向けられた同意を求める視線に対し、フィガロは曖昧な笑みを返して頷く。


 この面倒臭い相手に図書館ではなく市場で出会ったならば、確実に話しかけられるのを避けていただろうとフィガロは考えていた。望みの巻をようやく借り出した彼は、挨拶もそこそこに図書館を後にしつつ呟いた。


「面倒臭い奴だったなぁ。今後、そう偶然に会うことはないだろうけれど。」

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― 新着の感想 ―
[一言] 図書館から始まるファンタジーどういった話なのか楽しみです。
[一言] 続きを楽しみに待ってます
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