1.新世界へようこそ
「貴様ら人間は我らをどれだけ苦しめたと思っているんだ!」
虎の見た目をした獣人は眉間にしわを寄せ、怒号を上げる。
「俺らだって生きていくには他の動物たちが必要だったんだ。それが人間の定めだ!仕方ないだろ!?」
火の海となったこの場には、もはや人間と変わらないほどになってしまった動物たちの反乱がおきていた。
成長を重ね、進化することで人間に抵抗する力を手に入れ、動物たちは能力というものを持っていた。火、水、木など多種多様。しかし、人間は平和に暮らしていたため成長は止まり、武器などを駆使して戦うしかなかった。
「生きていくなら何をしてもよいというのか!?」
虎の獣人は槍を人間に向けた。風によって羽織がなびく。
「それが世界の秩序だ。それに従うほかないんだ。」
焼ける音、武器の響く音などが重なり、声の波は弱くなる。
「そうやって貴様らは当たり前のように我ら動物を殺すのか!?殺されるのは怖いというのがわからぬのか!」
大きな声とともに建物の崩壊音、悲鳴や怒鳴り声が町中に響き渡る。
「平和な世界を過ごしている間に、我らは貴様らに復讐を目論んでいたというのに。何も感じ取れぬほどに危機感がない。そんな貴様らには退場してもらうしかないのだ!!」
槍を空に向けると、そこにドゴンと雷が落ち、金属部分に雷が流れる。
「生きていく厳しさがわからないのか!!俺らだって殺したくて殺してるわけじゃない!」
人間は必至に応える。武装した鎧、火を映し出す剣、それは獣人には脅しにもならない。
「そうして何種類の動物を絶滅させてきた!それを見過ごせるほど優しくはないぞ!」
虎の獣人の槍、人間の剣はぶつかり合い、ギチギチと音を立てる。獣人は開いた左手に雷を纏い、腹部を鎧ごと貫く。
「グハッ!!?」
こうしてこの戦争は激しさを増していった。
「――というのが第一次種族大戦だ。この歴史の授業の中で一番重要だから覚えておけよ?絶対テストに出すからな。」
コンコンとチョークの音が鳴る。今は歴史の授業中。教室には重く深い声が響いている。
「シンカイセンセ!」
青年は右手を上げ、大きな声を上げた。
「なんだリュウジ。」
「これ、どっち勝ったんスか?」
先生と呼ばれるガタイのいい男は少し下を向き、ウーンとうなり声をあげる。
「あー、それはだな...」
ここは努々学園。普通科の学校。様々な種族が同じ屋根の下で過ごしている。今では、同じ種族だけの学校の方が珍しい。それほどまでに仲が良い世界なのだ。
この教室は1年C組。1年生はA、B、C、D、Eの5クラスあり、1階の昇降口前に並ぶように教室がある。
「人間側が負けたと、そう言い伝えられている。」
シンカイは少し眉間にしわを寄せる。
「そうなんスか。でも、今は人間もいるっスよね。なんつーか、違和感ありません?」
リュウジは軽快な声で返す。
「そうだな。だが、負けといっても滅んだわけじゃない。最後は話し合いで終わったらしいぞ。平和的解決だな。」
腕を組み、目を閉じながら言った。
「それ平和っスかね。」
リュウジはこの話に興味があった。普通の歴史に興味はないようだが、この第一次種族大戦だけは違う。自分にかかわるような気がする、そういうぼんやりとした理由を持っていたからだ。
前の時代には、もともと人間以外に2足歩行を得意とする生き物はいなかったといわれる。しかし、動物は過ごす環境によって進化を遂げていく。そうして、進化を重ねるうちに2足歩行や言語能力を得る動物が増えていった。
この世界は大体人間とのハーフの生き物が多い。何かと人間の混合血液が流れている。だから人間の見た目をしたとして角が生えていても、尻尾があっても当たり前のことなのだ。とはいっても、ハーフは人間の見た目が薄いのもいる。完全にトラの見た目をしていたり、犬の見た目をしていたりする。体の特徴などはすべて人間と同じだ。
シンカイは見た目こそ人間に近いが、何かと混ざっている。しかし、そこだけは誰にも教えない。髪の前から後ろにかけて、中央部分は赤くなっている。それ以外は銀髪という見た目をしている。かなりガタイもよく、コワモテな先生だ。
「今の俺たちはこの戦争があったからこそある。自分に関係がある分野だ。授業とか関係なく忘れるなよ。んおっ?」
キーンコーンカーンコーンと授業終了のベルがなった。
「じゃあ授業はここまでだ。お疲れさん。」
そういい捨てて先生は教室から出ていった。
「リュウジ君。さっきの授業面白かったね!」
リュウジの隣の席の女の子が笑顔でリュウジに顔を向ける。
「そうだよな!カエデも分かってくれるのか?いやぁ、前は人間が世界の頂点だったなんて信じらんないよな。」
カエデはこの世界でも珍しい純粋な人間だ。今、人間は絶滅危惧種に認定されている。会うことですら確率はかなり低いのだ。
「私の先祖とリュウジ君の先祖は敵同士だったってことになるんだよね。そう考えると心苦しいところがあるよ。」
カエデは胸に手を当て、眉を内に寄せた。
「そんなことないよ!俺だって何のハーフかわからないし……」
ほとんどの人たちは自分が何のハーフなのか分かっている。しかし、リュウジは何のハーフなのかわからない。……もう父親も母親もいないのだ。ちゃんと知っている人は身近にはいないため、知る術がない。
「そういえばリュウジ君、何のハーフなのかわからないんだもんね。その耳を伝ってる角がヒントなんだろうけど...鬼とかかな?」
リュウジには耳の後ろをなぞるような形で角のようなものが生えている。角が生えている生き物に違いはないのだろうが、候補が割と多い。鬼に牛など……
「鬼!?そんな怖いもの!?そんな俺、怖いハーフなのか……?」
「じょ、冗談だよ?」
リュウジはびっくりしたような表情をした。この反応が予想外だったのだろうか、カエデは焦りを見せた。
「でも、この炎だって風だって、何の生き物から来たのか謎なんだよな。」
右手を顔の前に、手のひらを上にする形で炎を浮かべた。そして、左手を炎に近づけ風をおこし炎を消した。
「普通1個しか持てないはずなのにね。珍しい体質なのかな?」
カエデはリュウジの右手を見つめている。
「俺、もしかしてすごい奴なんじゃないか!?」
ガコンと椅子を跳ね飛ばすように、勢いよく立ち上がった。
「うるせぇぞー。さぁ座った座った。」
ガラガラと戸を開け、シンカイはスーツを改めてビシッと決め入ってきた。
「やべっ、シンカイセンセ来ちまった。帰りの準備してない...。」
割と人数の多いこの学校は、帰りの時間が重なると下駄箱前がごった返している。運動部、帰る人でさまざまだが本当に進まない。だから、帰りの準備はしっかりホームルーム前にしないといけない。
「帰りのホームルームするぞ。あー、そんなに連絡はないんだが、まぁ一つだけ聞いとけ。最近殺人事件が増えてるそうだ。犯人の特徴とかも分かっていないらしい。まぁ、とにかく注意して帰れよ。なんかあったら近くのやつにいうとか、俺に連絡してもいい。」
いつでも殺人は絶えない。前時代から変わらない。しかし今出ている殺人は異例で、何も特徴がわかっていないという。
「そんじゃ、あいさつして終わりにするぞ。はい起立だ。」
子の合図が出ると、全員椅子から立ちあがる。この時ほど椅子の音がうるさいことはないだろう。
「号令」
「――さようなら」
一人の女生徒の後につられるように、クラスの全員がさようならと声を出す。
「じゃ、また明日だな。」
先生は低く手を開いた状態で上げ、さようならのジェスチャーをした。
そしてリュウジはこれまでにないくらい早く帰りの支度をした。この生活が続き、ロッカーはめちゃめちゃになっている。しかし、整理する暇もない。
「じゃあな!」
リュウジはカエデに笑顔で手を振った。
「うん!また明日ね。」
カエデも笑顔で返した。
リュウジは挨拶を済ませて、ダッシュで下駄箱に向かっていった。
予想通り下駄箱前はぎっちり人であふれていた。リュウジの魂は真っ赤に燃える。これは戦争だ、といわんばかりに。人をかき分けて、自分の靴箱のもとへ向かう。色んなふさふさの毛や尻尾が顔や手を撫でていく。そんななか運動靴をどうにか取り出し、昇降口を駆け抜ける。リュウジは、これは日課になっている。
今はまだ5月だ。要するにリュウジは、まだ入学してそんなに経たない。しかし、1か月経てばなんとなくの日課は出てくる。これからの学校生活は楽しいものになるだろう。
一新して、新しいもの作りました。
主人公リュウジのご活躍にご期待ください。