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第85話 夢の中の家族

 私が穴に落ちてからあれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 失っていた意識がゆっくりと自分の元へと帰って来ている気がする感覚がある。かなり深い穴から落ちたというのに、自然と痛みは感じていなかった。私は目を開けるのが怖かったがゆっくりと瞼を上へと上げる。


「お姉ちゃん!!」

「アルちゃん!」

「アル!」


「「「せーのっ……誕生日おめでとーー!!」」」


 私が目を開けたとき、そこに居たのは紛れもなく妹のイルとお父さんとお母さんだった。部屋の風景は、私が育った家の中で間違いない。部屋の中は多分、イルとお母さんが作ったであろう簡素な装飾で飾られている。目の前のテーブルの上にはお母さんの特製ケーキがある。ケーキには10本の蝋燭が立てられており、ケーキの上にあるクッキーには『アル、10歳の誕生日おめでとう』と書いてあった。

 突然の出来事で私は混乱し、戸惑いながらもそのケーキの上にある蝋燭の火を吹き消した。私の吹く息の力が弱く1本だけ残った蝋燭を見て、イルがクスクスと笑った。私は改めて息を吹くと、火はしっかり消えた。それに合わせて家族から拍手が生まれた。私は呆然としていたがこの光景には記憶があった。それは、私が家族に祝われた最後の誕生日会の出来事だったからである。さっきまでフール達とダンジョンにいたはずなのに、目を覚ましたら家族が居る……それも、数年前に行方不明になったお父さんのマーカードと盗賊に連れ行かれたお母さんのメリンダも私の目の前に居たのだ。

 ケーキの火が消えて、真っ暗になった部屋にお母さんが照明用のランプに火を灯してくれた。すると、改めて家族の顔を見ることが出来た。短髪の青髪に似合う尖った耳を2つはやしたかっこいいお父さん、赤茶色の綺麗な長い髪に丸い耳を持った綺麗なお母さんといつも一緒にいる妹のイル。やっぱり、何度見ても私の知っている家族の顔で間違いなかった。


「どうしたのお姉ちゃん?」


「え!? あ、ううんなんでもない!」


 突然、イルに声をかけられて少し驚いてしまった。それを見てお母さんが口元に手を当てて微笑んでいる。


「うふふ、アルちゃんったら嬉しくていつもより大人しくなっちゃったのね。ケーキ、切ってあげるわね。それと、今日はアルの大好きなコケコケチキンのフライとクリームスープもあるから沢山食べてね」


 お母さんは私に笑顔を向けてくれるとケーキを家族分に切り分けて、皿によそうと私の前に差し出した。

 ケーキの隣にはこんがりと揚げられたコケコケチキンとお母さん特製のクリームスープも並んでいる。どれも、私が大好きな料理だった。そして、お父さんがニコニコと笑顔になりながら、私に細長い箱を手渡してきた。


「はいアル、これはお父さんからの誕生日プレゼントだ」


 私はそれを受け取るとすぐに箱の中を見た。箱の中には中央に赤い宝石がはめ込まれた小さな短剣がナイフホルダーに収められていた。私はそれを手に取ってまじまじと眺める。

 短剣は刃物であり、危険な物なのにその装飾を見るとただ綺麗なものだと感じていた。


「この短剣は父さんが仕入れた荷物の中に紛れていた物だったんだ。短剣を仕入れたつもりはなかったんだが、とても綺麗な短剣だと思ったから知り合いに頼んでラッピングしてもらったんだよ。子供の誕生日にナイフを渡すのは正直なところ悩んだんだが、アルも大きくなっているんだ。この先、アルに悪いことが起こるかもしれない。そんな時、自分の身は自分で守らなきゃいけなくなる。だから、あくまで護身用にとも考えている。いいかい? あくまで護身用だ、身を守るためだけにこのナイフを使う事を約束してくれるかい?」


 お父さんは優しい表情だった顔が一気に真剣な顔になった。私は綺麗な短剣を貰って正直、有頂天になっていたんだと思う。だから、お父さんには軽い気持ちで返事をした。


「うん! 約束する! お父さんありがとう!!」


 私は短剣を机に置いて、お父さんの胸元へ飛び込んだ。お父さんの身体はたくましくて、胸の中にいるだけで安心できた。


「あらあら、大きくなったって言ってもアルちゃんには、まだお父さん離れが難しいかもしれないわね♪」


「ははは、そうみたいだな」


 最初、私はさっきまで冒険をしていて、穴に落ちて、それからの記憶が飛んでいるだけだと思っていた。だから……これは夢な事くらいは分かっている。

 これは夢だ。でも、夢でも良い……今、私の目の前には私が取り戻したかったいつもの日常があるのだから。

 居心地が良い、あまりにも。

 逆に、今まで見ていた事が全て夢で、今やっと目覚める事ができたのかもしれない。お父さんもお母さんも失われないいつもの日常……そう、今、眼前にあるものこそが私の現実なの。

 お父さんのこの胸の中が暖かくて……また、瞼が落ちて行く。こうして、私はまた眠りについたーー





 場所は変わり、ウォルターは1人で白虎の背中を見ながら、長い道を歩いていた。白虎と共に歩いてから数十分は歩いているが、到着地点だと思われる物は何一つない。ウォルターは何もない中を呆けて歩いているわけではない、常に考えられる最悪の可能性を考えながら歩んでいる。勿論、単独行動かつ目の前にはSS級の魔物が目の前に居るのだ。気を許さぬ状況であるのは間違いない。そんな、緊迫した状況下の静寂の中で白虎が口を開いた。


「サッキ、シンジツヲシリタイトイッテイタナ」


「なんだ?」


「……オマエハ、カンズイテイルハズダ」


「……何のことだか私には分からないな」


「コノサキニマチウケテイルモノハ、オマエタチニンゲンノツミガグゲンカサレテイル。キサマハジシンノカンガエヲカクシンヘトカエルタメニ、ワタシニツイテクルコトヲキメタノダロウ?」


「……」


 白虎の言葉にウォルターは返答しなかった。

 確かに、ウォルターにも考えていることがあった。ギルドの動き、フェルメルの思惑、そして聖騎士協会の野望……勿論、頭の切れるウォルターが疑問に思わないこともなく、上層部からの話をはいはいと聞いているだけの人間でもない。

 しかし、少しでも魔物に自分の心の中を見透かされているのは正直、驚いていた。

 ウォルターが今まで出会ってきた魔物は知恵が高い者も居たがそれは魔人である。人間と知能が似ている魔物は魔人しかいない。この時、ウォルターが感じていた四神(こいつら)に対して抱いていた疑問の答えが出た。

 そう思ったとき、ウォルターは一度、鼻で笑うとさっき返答しなかった会話の続きをし始めた。


「……わかったよ、もうお前達を魔物として見ることはやめた。お互い、()()()()()話を進めよう。さっきの話の続きだが、お前の言うとおりだ。俺たちはやはり・・・・・・何かおかしい洗脳にでもかかりかけていたのかもしれない。だからこそ、俺は真実を知りたいのだ」


「フッ、ソウカ。オマエトハ()()()()()()()()()()()()()


「俺も、そう思いたいさ」


 お互いが目を見ずとも、まるでお互いを分かったかのような口調でものを話す。魔物と人間……それが出来るのは、今ここに居る……ウォルターだけが誤解を知った人間なのだから。

 そうして、会話が終わる頃には目前に石で出来た大きな扉が見えてきた。かなり、会話に時間をかけていたことに気がつく。大きな扉を前に白虎が立ち止まるとウォルターの方へと首を向けた。


「この扉の先、お前は真実を見る。それを見て、どう思うもお前次第だ」


「わかっているさ」


 白虎がその場に座り、その扉に向かって大きく吠え叫ぶ。すると、ゆっくりとその扉は開かれ先へ進むことができるようになった。


「……ふむ、どうやらお前と同じくして真実に近づいてくる者達がいる。お前、先に中へ行け。俺は……奴らを試す」


 白虎はそう言い残し、煙のようにウォルターの目の前で消えてしまった。恐らく、今までの姿は幻だったのだろう。

 しかし、今の時点でそれはどうでも良いことだった。ウォルターにとって重要なのはこの先なのだ。

 この先に何が待っているのか……いつもとは違う緊張感、数年前の『世界深淵(アビスフォール)調査』以来だ。

 ウォルターは覚悟を決めてその一歩を踏み出し、扉の先へと入った。

前回からかなり時間が空いてしまって申し訳ございません。


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