第83.5話 その手の温もりに気づいて(ソレーヌ視点)
魔人を撃退してからアルとイルを探すためにフールとソレーヌはこのダンジョンを彷徨っていた。
私はフールから借りてるフールのマントを羽織りながら、フールの一歩後ろを歩いている。退屈な時間が続いているので、私の頭の上で寝ているパトラちゃんはすやすやと眠りについている。つまり、実質今は私とフールの2人っきりだけの空間なのだ。そう考えるだけで私はだんだん恥ずかしくなり自然と顔が赤くなってしまう。
不味い……このままだとフールにこの顔がばれちゃう……
ソレーヌは顔を隠すように徐々に顔が下へと向いてしまう。いつもセシリアさんとルミナさんも一緒にいて、しっかり2人っきりになれたのは今回が初めてだった私はいつも以上にフールさんの背中を見ているだけで胸がドキドキしてしまう。そうしていると、突然フールが私に話しかけてきた。
「ソレーヌ大丈夫か? 疲れたなら遠慮せずに言うんだぞ?」
「へ!? あ、うん……」
声が裏返って変に返答してしまったことが余計に私の恥ずかしさを増大させる。普通に返事したかったのに……フールの馬鹿……
そんな感じでフールの顔をろくに見れないままうつむきながら歩いていると、突然、私の鼻に何かがぶつかった。前を見るとそこにはフールの肩があり、フールの姿が目と鼻の先に居たのである。
私はぶつけた鼻を隠していると、フールが私の顔を覗き込んでくる。
「わ、悪い! 大丈夫か!?」
「私は大丈夫……」
「そ、そうか……」
「うん……」
「……」
「……」
フールの顔が私の近くまで接近していることに恥ずかしさが頂点になりそうだった。会話をするどころか声を出すことができない。
ああ……どうしよう!!
「ソレーヌ、本当にどうした? 具合、やっぱり悪いのか?」
それでもフールから声をかけてきてくれる。優しいフールは私の事を心配してくれている様子だった。心配してくれるのはとても嬉しいけど、フールに心配させてしまっている自分自身が少し嫌になってしまう。
「ち、ちがうの! 本当に何でも無いから……」
恥ずかしくてまた言葉が強くなってしまった。本当はありがとうって言いたいのに……私が意気地なしで恥ずかしがり屋だから思わず突き放してしまうような言葉を発してしまう……
「……そうか」
ああ……どうしてうまく伝えられないんだろう……言葉は強くなっちゃうし、せっかく2人っきりのようなものなのに、このチャンスを無駄にしてい良いのだろうか? 私は何も伝えられず、このまま黙り込んでていいのだろうか? そして、セシリアさんにフールを取られそうになっても良いのだろうか? そんなのは……嫌だ!!
そう考えたころには、自然と私の手はフールの服の袖をつかんでいた。この間にもバクバクと激しくなる私の心臓の音、重りが乗っているように上がらない私の唇を私自身が必死に開けて震える心から生み出した言葉を発した。
「……て……手をつないでも良いですか?」
言えた……フールに言えた。私はフールの手を握りたかった。それはみんなが居る時ではない、私とフールが2人っきりの時だけに握りたかった。ずっと、ずっと握りたくてさっきまで歩いていた。この思い……伝わってくれるだろうか?
上目遣いでフールの様子を恐る恐る確認するとフールは少し驚いていた様子だったがすぐに答えてくれた。
「あ、ああ」
そしてフールはそのまま私に向けて開いた手を差し出してくれた。私の思いが伝わったのか分からない。しかし……そうではない、フールが私と手を繋ぐ為に手を差し出してくれたのがとても嬉しく感じた。
私はゆっくりとフールの手を握る。ごつごつしてて、大きい男性の手……たくましくて……暖かくて……それがフールの手だからこそ、その手がかっこよくて魅力的に見えた。
それからまた再び歩み始めるとフールがゆっくりと私に合わせて歩いてくれている。やっぱり、優しい。ちょっと鈍感だけど。
フールと手を握ることができたことで少し自分に自信が付いてきて、心にも余裕が持ててきた。2人っきりになれたタイミングでしか言えないことを聞いてみたいと前から思っていたので思い切って、聞いてみようと思う。
「フールさん」
「え、どうした?」
「フールさんはセシリアの事どう思ってるんですか?」
「セシリアの事?」
そう、私が聞きたかったのはフールさん自身のセシリアへの思いだった。私がフールのパーティに入ってからフールとセシリアの出会いも聞いたし、セシリアがフールの事を気になっているという話もセシリア本人から聞いている。でも、やはり思われているフールさん自身の言葉も聞いてみたい。私だって、秘かに思いを寄せている人がどう思っているかなんて聞いておきたいし。
もしかしたら、フールさんの事だから悩みに悩んで、最終的には曖昧な答えしか出さないんだろうけど……そう思っていた。しかし、フールは少しの無言の後で静かに答えた。
「セシリアは俺がギルドを解雇されて直ぐに出会った仲間でとても良い奴だし、仲間としても助かっている。あいつも俺のことを信頼してくれてそうだし、俺もあいつのことを信頼している。それはセシリアに限らず、パトラやルミナ、そしてソレーヌを含めた俺たちのパーティ全員のことを俺は大切にしている。……これでいいか?」
「そうですか……」
やっぱり、曖昧でずるい答えが返ってきた。フールの悪い癖だ。全員を仲間としてみて、全員を平等に評価してあたかもいい人気取りみたいな回答……でも、その答えが憎めない。だって、彼は本当のことを言う時、目が鋭く真剣になるんだから。だからこそ、私はすごく悔しい。今ここで白黒はっきりしたいわけではなかった。けれど、この言葉を聞いて私がフールにとって一番に近いことはまず可能性として無い事を知ってフールを握っている私の手の力が自分でも強くなっていることを感じた。フールの中で一番になりたい、負けたくない、セシリアに負けたくない。私だって……
「でも……一番にはなれないんだよね……私」
思わず私はそう呟いていた。フールに気づかれてしまったかもしれない。いや、鈍感だから気づかないよね。どんなにこの手を強く握ったってフールは私の物にならないし、好きにはなってくれない。
なら……いっそ……
「私、フールさんの事……」
今……ここで……
自分の思いを伝えようとした時、遠くからいつもの聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「フゥーールゥーー!!!!」
その声は猛スピードでフールに近づくとフールの体に飛びついた。
「セシリアか! ぐふっ!?」
「良かったーー! 無事で良かったーー!」
「おおーーい! セシリーー!」
遠くから松明の明かりが見え、ルミナの声も聞こえてきた。
そっか……もうここで夢の時間は終わりなんだ。短かった、もの凄く短い時間であっという間だった。このまま2人っきりの世界が続けば良いと思っていたけど、そうはいかないみたい。
セシリア達と合流したことで私がさっき伝えたかった言葉はお預けにされ、寂しさだけが私の心に残る。
「ソレーヌ、行こう」
そんな寂しい心に暖かさを与えてくれるあなたはそれでも最後まで私の手を引いてくれる。
「……はい」
私はその暖かさに希望を抱いて、向かってくる松明の明かりへ合流する事にした。