第81話 ”魔鎧ノ王”と”蛇ノ女王”
ウォルターから指示されてすぐパウロは騎士達に向けて2人の魔人を取り囲むよう指示する。勿論、騎士団達もエリートである故に瞬時にロノウェーザとエリゴースを取り囲み、長槍を向けた。
アイギスは魔法を詠唱するとこの部屋の中を囲むように円形状の結界を生み出した。魔物達の全能力を下げる神聖魔法”封魔結界”だ。この結界内では下級の魔物程度ならば身動きすらとることができなくなる。上位の魔物ですら苦しむこの結界内に2人はいるのだが苦しんでいる様子はない。その様子を見たアイギスはだんだんと嫌な予感が漂ってきていた。
「何なのよぉ? 妾の連れが安価な罠にかかったから寛大な妾がしょうがなく身を潜めて待ってたっていうのに……顔を出したかと思えば大層なもてなしとはねぇ。うっふふふ」
ロノウェーザは不敵に笑い、結界内でも余裕の表情を見せていた。一方で騎士達には緊張感が漂っている。しかし、ここで狼狽えている場合ではない。自らの出世のために犯した一度の失態が頭をよぎる。
ここで名誉を挽回しなければどこで取り返すというのだ。(「返す」だけだと誤用である「名誉返上」につながり笑ってしまうので、しっかりと「挽回」を言い換える「取り返す」を使う)
パウロは自らを心の中で奮い立たせ、フルヘルムを下げて叫んだ。
「全員! かかれぇええええええええ!!!!」
「「「「「うぉおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
パウロの声に合わせて、一斉に鋭利な槍先をその魔人に向けて四方八方から突撃を開始した。最早逃げ道など無い、この勝負……勝った。そうパウロは思った。
「ここはエリゴースにお任せしますわ。よろしくね?」
静かにたたずんでいたエリゴースはゆっくりと背中の巨剣を片手で掴む。そして、エリゴースは円を描くように巨剣を片手で一振りした。その間にロノウェーザは体勢を低くし、その場でしゃがみ込んだ。
そのひと振りされた巨剣が振り切られエリゴースの動きが静止したとき、音速の衝撃が生まれると一撃で重い白金鎧を身に纏った大男達が吹き飛ばされた。指揮を取っていたパウロの横をさっきまで果敢に立ち向かっていた騎士達が横切る。その光景を目撃したパウロは言葉が出なかった。
「なっ……」
「う……うそでしょ。封魔結界が効いてないの?」
アイギスが驚き見ている前で、エリゴースは何もリアクションもせずゆっくりと巨剣を背中に戻した。その横でロノウェーザがパチパチと笑顔で拍手をしている。
「ご苦労様、エリゴース。貴方のその剣の振りはいつ見ても勇ましいわね」
ロノウェーザの言葉を無視し、エリゴースはまた石像のように動かなくなった。
連れてきていた精鋭の騎士達が壊滅したが、パウロとアイギスは諦めていない。2人は魔人を取り囲むように動き、それぞれ武器を奮った。
アイギスはメイスをロノウェーザに叩きつけ、パウロは長槍をエリゴースに突きかかった。
ロノウェーザは杖でアイギスのメイスを受け、鍔迫り合う。
「あらあら、次の相手は貴女かしらぁ? 貴女に妾の相手が務まるかしら?」
「ふふ、舐めないで欲しいわね!」
アイギスはメイスをロノウェーザの杖から離し、後ろへ下がるとメイスを顔の前で構えると魔法を詠唱し始める。
「天よ……我が前に光の砲台を生み出したまえ……”魔光球衝砲”!」
アイギスがメイスを強く地面を打ち付けると、打ち付けた地面から光の柱が生まれた。柱の中央には淡く輝く白いオーラを纏った玉が浮かんでいる。
「さあ踊るわよ! 喰らいなさい!」
そう叫び、アイギスはメイスをその光の玉に向かって叩きつける。光の玉がメイスにぶつかったとき、光の玉から小さな魔法球が数個飛び出すと、ロノウェーザに向かって行く。
そして、アイギスはメイスを踊るように振り、そのメイスで絶え間なく光の玉に衝撃を与えると飛び出す魔法球の数はどんどん増えていくのだった。
ロノウェーザは咄嗟に防御結界を張る。しかし、絶え間なく生まれ続ける魔法球の攻撃によって結界に罅が入り始めていた。
「ほらほらどうしたのかしら? まだまだ行くわよ!!」
光の玉を叩き続けるアイギスの動作は止まらない。それでもロノウェーザはアイギスの畳み掛ける攻撃を受け続けているがそろそろ虫の息だった。
しかし、パウロと戦っていたエリゴースが突然戦闘から離脱するとロノウェーザの前に割って入り、無数の魔法球を身体で受け止め始めた。
「……」
エリゴースは攻撃を受けながらも一言も言葉を発することなく、ロノウェーザを守り続ける。
暫くアイギスの攻撃は続き、そして魔光球衝砲が消えた頃にはエリゴースの黒く染まった鎧が魔法球の衝撃によってボロボロになっていた。
「ふぅ……1人はやったかしら」
アイギスは額の汗を拭いながらエリゴースを見る。エリゴースはまるで石像のようにまた動かなくなっていた。
「くそ……またアイギスに取られちまったか」
パウロが歩いてアイギスの元へと歩み寄る。うふふとアイギスが軽く笑う。
守られていたロノウェーザがエリゴースの後ろから出てくるとエリゴースの前に立ち、ボロボロになった鎧を卑しい手付きで撫で回す。
「エリゴース……まだ……いけるでしょ? 新人の底力、妾に見せて?」
ロノウェーザはエリゴースの鉄仮面にキスをする。
すると、エリゴースの腕からゆっくりと動き始める。右足を後ろに下げ、左手で持った巨剣を構える。
エリゴースの鉄仮面の隙間から赤い瞳が見えたかと思うと、地面を蹴り出しアイギスとパウロの元へと一瞬にして近づいた。
「きゃっ⁉︎」
「何っ⁉︎」
2人が呆気に取られている間にも、その巨剣を2人へ向けて振り下ろす。勿論、アイギスもパウロもそれに対応できる余裕などもなかった。2人が一瞬にして思ったのは『死』の言葉そのものだった。
2人の元に巨剣が辿り着くその刹那、エリゴースの速さに対応して2人と剣の間に割り込む者がいた。それはウォルターだった。
ウォルターは振り下ろされてくる巨剣を自身の剣で受け止める。ウォルターの剣とエリゴースの剣が擦れ合い、火花が散った。
剣を交えて互いに睨み合い、部屋中に2人の覇気がぶつかり合う。
「お前達の実力は見ていて分かった。流石は魔人と言ったところから……だが」
ウォルターが剣を振り払うと、エリゴースを軽々と仰け反らせた。そして、剣を高々と掲げると眩い光を生み出した。
それをみたロノウェーザは焦りを見せるかのようにエリゴースへ叫ぶ。
「あの光は不味いわエリゴース!」
しかし、その声は時すでに遅かった。
「相手が悪かったようだな……神の光よ、魔人を元の地へ返すのだ!」
ウォルターの叫びと共に剣先に集まった眩い光が広がっていくと部屋中を包み込む。あまりの眩しさにアイギスもパウロも目を覆った。
暫くして光が収まり、2人が顔を上げるとそこには魔人の姿はなかった。居るのは掲げた剣をゆっくりと下ろし、堂々とした様子のウォルターが居るのみだった。
パウロは何もわかっていない様子だったがずっとウォルターの事を見てきたアイギスは別に驚きもしない。しかし、改めてウォルターの強さを実感した。
「大丈夫か?」
冷静な様子で声をかけるウォルターの声で2人ははっと我に返り、頭を下げた。
「申し訳ございません隊長……少し、舐めてかかってしまいました」
「俺もだ……くそっ! すまねぇ」
魔人との戦いで明らかな負けを感じた2人の顔からは悔しさがにじみ出ていた。しかし、ウォルターは2人を責めるようなことなどしなかった。
「ウォルター様、魔人は一体どこに?」
「……奴らが元居た国へ一度送り返した。奴らは強い、だからこそ今ここで戦うのは得策ではないからな」
ウォルターは後ろで眠るクラリスの元まで歩み寄るとクラリスが目を覚ました。
「あれ……私、確か……」
「目が覚めたかクラリス」
「え……え⁉ ウォ……ウォルター様!? 申し訳ございません! 私はまた不覚にもやられてしまいまして……」
クラリスは起き上がったと思うと激しく土下座を繰り返す。土下座をしたとき、自分の胸元を見ると割れていたはずの白金鎧も自分の傷も治っていることに気が付いた。
「あれ⁉ 傷も鎧も何ともない⁉ あれ⁉ あれ⁉」
色々なことが起こり、クラリスの目がグルグルと回ってしまっていた。それを見ているウォルターは鼻で笑うだけだった。
「お……おい、一体何だってんだよあいつは」
「あれが正しく、ウォルター様の特殊能力”奇跡”よ」
アイギスは知っている。ウォルターが”神の加護を受けし者”と言われる所以を。