第79話 騎士団の場合
あれから時間が経ち、騎士団達は着々と進行を進めていた。パウロによる無駄の無い隊列を崩さぬ事なくこの迷宮を進み続けている。一般の冒険者と違うのはやはり徹底した迷宮対策が行われているところであろう。罠感知で罠を見つける部隊、気配感知を用いて索敵する部隊、近接格闘部隊と遠隔魔法部隊も備わってまさに全ての事象に対する対策が備わっているのだ。堅実に道を開拓しながら先へと進んでいくと、大きな石扉と鉢合った。先導のパウロが力一杯その石扉を押すと、ゆっくりと扉が開いていく。
石扉が全開に開き切ると入り口付近と同じような広い空下に出た。上を見上げるとどこまでが天井なのか分からない程濃い闇が広がっている。
だが、場所が少し変わったからと言って隊列を乱す騎士団では無い。ゆっくりと警戒しながら進んでいく。
すると突然この部屋の宙に白い光が生まれ、部屋中を縦横無尽に駆け巡った。
「ひぇ⁉︎ 嘘ですよねぇ⁉︎ いきなり現れるんですか⁉︎」
クラリスは突然の出来事にひどく驚いた様子を見せる。
「おいおい……早すぎるんじゃぁねぇか?」
パウロもいつもの堂々とした態度とは変わって、スキンヘッドから一粒の汗を流し、その光を目で追っている。
「あらあら、まだウォーミングアップもできてないわよ?」
アイギスはにこやかにそう言いつつも、背中に背負った魔導盾とメイスを構える。
「四神……早速のお出ましか」
ウォルターは動揺せず、静かにその光を見つめる。騎士団の面々たちも急な四神に動揺を隠せぬ様子だった。しかし、そんなことなどお構いなしに白い光は青白い雷光を生み出しながら縦横無尽に部屋の中を行き来すると中央に降り立ち、トラの姿へと変貌する。まさにその姿こそ、四神の一柱である”幻神”白虎であった。白い光の中にぽっかりと穴の開いたような黒い目は侵入してきた騎士団全員に向けられていた。そして、この道は進ませまいと先にある扉の前で堂々たるその身体をのそのそとうろついている。
騎士団と白虎がお互いを睨み合う時間が続く。しかし、白虎が自ら攻撃を仕掛けてこない。四神は気性が荒く、自分の縄張りに入って来た者たちにはすぐに牙を向くと言われていたのだが、今のところその様子はない。そして数分が経ち、動きがないままパウロは苛立っていた。動きたいが動けない、なぜならこの部隊の指揮官であるウォルターからの攻撃指示が出ないからだった。
部隊として行動のタイミングがずれないように指令塔である部隊長の指示で動く決まりとなっているのだ。しかし、ウォルターは白虎が現れてからも戦闘指示を出すことは無い。勿論、目の前には騎士団としてターゲットとなっている四神が目の前に居るのだ。もしここで打倒せば、もしかしたらウッサゴで起こっている事件の解決にもなるだろう。そして、あわよくば自分の階級の昇進だってあり得る。一応パウロは教官としての実力はあるが、自分にはもっと実力があると感じている。ここで力を見せれば教官から、この臆病者と同じ階級まで昇り詰める事だって夢じゃない。
パウロが前方の白虎の様子を見つつ、ちらちらと後ろのウォルターの顔を見るが反応がない。
パウロは我慢の限界に達し、後ろを向いてウォルターに怒号を放った。
「うぉい隊長!! 目の前に俺たちの目的があるっつうのに何で攻撃指示が出ねぇんだよ!! このまま夜まで虎と騎士団で面と向かってお見合いでもすんのかぁ⁉」
しかし、パウロの言葉にウォルターは表情一切変えずに黙り続けている。アイギスやクラリスも心配そうに見守るもウォルターからの指示はでることはなかった。
それに嫌気がさしたパウロはとうとうこの状況に我慢できなくなり、騎士達に向けて声を挙げた。
「お前ら!! 騎士団としての誇りを持っているか!! 持っているのならば正しく、今目の前に居る者こそこの世界を脅かす四神であり我々の敵を今ここで討ち滅ぼさねばならぬ!! 誇り高き騎士達よ我が騎士団の名のもとに矛となり盾となりていざ行かん!!」
パウロが大槍を天に向け掲げると、パウロの言葉に気持ちが惹きつけられたのか騎士達も自身の持つ長槍 を掲げた。
そして、パウロは白虎へと突進をしていくとともに騎士達もそれ合わせて突っ込んでいく。その様子を見ていたクラリスは半パニック状態となっていた。
「はわわぁ⁉ ちょちょちょちょっとパウロさん!! 勝手にそんな行動をとってはぁあああ⁉」
「あらあら、隊長の許可なく勝手に行動をとるなんて……これはキツイお仕置きが待ってるかもね全く。それで? どうするのかしら隊長?」
「……パウロ」
ウォルターは騎士たちを止める気など無かった。ここで止めったとしてアドレナリンが放出し、戦闘意識が高揚している人間を瞬時に止めるはずなどできないと考えたからである。止める気はないが勝手に止まれば良いのだ。ウォルターはゆっくりと腰の剣を抜くと天に向かって高々と挙げる。
1つ深い呼吸をし、ゆっくりと目を閉じる。パウロ率いる騎士達が白虎に向かって行くこの空間内の全ての時間がウォルターにとってゆっくりと時が刻まれていく。そして、ウォルターは祈る。
「我が神よ……雷鳴ならぬこの地に雷の奇跡を……」
ウォルターの言葉を天へ送ったその時だった。この部屋の天井からごろごろと音が鳴りだす。クラリスが上を見上げていると頬に何かが当たった。
「雨?」
そう、ダンジョン内に降るはずのない雨が突然降ってきたのだ。そして、白虎とパウロが今にもぶつかりそうになったその間に大きな音と共に眩い閃光が生まれると2人の間に大きな雷が落ちた。白虎とパウロの間には落雷によって出来た激しい炎の壁によって分断されている。突然の落雷にパウロは後ろを振り向く。勿論、こんなことができるのは一人しかいない。
「ウォルター……てめぇ……」
そして、激しく降り続ける雨がパウロを、騎士達に降り掛かり熱くなったその心を冷やす。激しく燃えていた炎が鎮火する頃には雨は止んだ。ダンジョン内で生まれるはずのない自然現象すらも生み出してしまう、これがウォルターが奇跡の男と言われる故の能力だった。