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第78話 大魔導師、思い人を求めて

「貴女はあの時の……シュリンさん」


 シュリンは大きな杖を持ちながらセシリア達の方へと近づいてくる。そのシュリンへ向けて魔物たちは標的を2人からシュリンに変えて地上と空中から襲い掛かる。

 しかし、シュリンは動じることなく杖に向けて魔法を詠唱した。


「湧き出せ、我が内なる炎よ……燃やせ……汚らわしき邪気を! 大地に眠る庇護の力を今ここに! ”慈母の怒り(インフェルノラグーン)”!」


 シュリンが呪文の詠唱と共に大杖を地面に突き付けるとこの部屋を包む大きな赤い魔方陣が生まれると、地面から煮えたぎるマグマが生まれる。そして、セシリアとルミナ以外の物部屋にいる全ての魔物に向けてマグマが飛び交い、身体を包む。包み込まれた魔物たちは原型が少しも残ることなく消滅し、魔法の効果が消える頃には全て魔物が一掃されていた。閉じられた部屋の入り口の格子も下に下がり、罠が解けたようだった。


「さっきのは……炎の上位魔法」

「一体何が……起こったの?」


 一瞬の出来事に2人は鳩が豆鉄砲を食ったようにしていた。


「……ここでもないか」


 しかし、シュリンはそんな2人の事など気にもせずに先に進もうとする。セシリアはすぐに我に返り、シュリンが出ていく前に声をかけた。


「あのシュリンさん!」


 セシリアの声を聴き、シュリンがその場に立ち止まる。セシリアとルミナは走り出し、シュリンの元へと近づく。


「私たちを助けてくれてありがとうございます……その、2度も助けてくれるなんて……」


「……バールの国を救った英雄の仲間が私に礼を言うなんて滑稽ね」


「シュリンさんはどうしてここに?」


「……」


 シュリンは嫌みを含めたように話す。しかし、セシリアはそれを嫌だと思わない。もう少しで命を失うところだったのだ、それにバールの国でも私たちの事を手助けしてくれたことも忘れるわけがなかったのだから。だが、前に見たシュリンといつもと違う様子だった。最後に見たときはいつも隣にフールを馬鹿にしていたダレンと言う男がおり、男を手ごまにとって遊んでいそうなオーラを醸し出していた。しかし、今ではまるで孤高の存在のように覇気を纏っている様子だった。


「シュリンさんはどうしてここに?」


「……」


 セシリアの言葉を無視し、シュリンは再び歩み始める。


「あの、そっちは行き止まりでしたよ!」


 ルミナの言葉にシュリンは再び立ち止まる。シュリンが向かおうとしていたのはセシリア達が入って来た入り口の方だった。


「そうか……」


 シュリンは回れ右をすると自分が歩いてきた道を引き返していった。シュリンは松明を持たずに暗闇の中を進んでいく。そして、闇の中へと姿を消した。突然現れたシュリン、どうしてここに居るのか目的は一体何なのか疑問が生まれてくる。その疑問を晴らしたいとセシリアはシュリンを探しに歩き出した。


「セシリー待って!」


 ルミナも後ろから付いてくる。シュリンを見失わないように速足で歩くセシリア。松明を使って周りを照らしながら歩いていると左右と中央に分岐された道に長い艶やかな黒髪が火の光に反射して見えた。シュリンが居たのだ。


「シュリンさん! 貴女に色々聞きたいことがあるの!」


「……なに?」


「どうしてここに居るんですか?」


「あなた達には関係ない事よ。あなた達の目的も私は知らないのだから、早くあなた達のご主人様の元へでも行ったたらどうかしらね? 私みたいな下級冒険者なんか相手にしないで欲しいわね」


 そう言って右の道を歩み始めるシュリン。目的を話さずむきになったセシリアはシュリンの後ろをついて行く。しかし、シュリンはそれを無視して歩みを続けた。勿論、セシリアも負けじとついて行く。

 そして、気が付くと先ほどいた分岐点に戻ってきてしまっていた。


「……」


 シュリンは何も言わずに今度は中央の部屋へと向かう。勿論セシリアとルミナもそれに合わせてついて行く。


「セシリー……フール見つけなくていいの?」


「だって、何でここにシュリンさんが居るのか気になるんだもん! それを聞くまで引けないわよ」


「始まりました、負けず嫌いセシリー」


 セシリアは目を尖らせ、まるで良い言い方なら獲物を捉えようとする魚、悪く言えば金魚の糞のようにシュリンに付いて行く。しかし、またしても終着地点は先ほどと変わらぬ分岐道の前だった。

 ここでセシリアは一つの仮説が思いついた。


「シュリンさんて……もしかして方向音痴?」


 セシリアのその言葉にシュリンは図星の様に身体を跳ねらせた。


「そ……そんな事ないわよ!」


 シュリンの顔はさっきまでのキリッとした顔とは一変して、耳まで赤くなった顔を横に逸らして誤魔化していた。

 そのシュリンの様子にセシリアとルミナは一度目を合わせるとニヤリと笑った。


「ま、まさかシュリンさんにこーーんな可愛い一面が有ったなんて……」


 ルミナが尻尾を振りながら、ニヤニヤとシュリンのの顔を覗き見る。


「ち、違うのよ! ただ、私が行く道はいつも見た事ある様な道に出るだけよ!」


「ほほーーん?」


 ここぞと言わんばかりにルミナはシュリンを煽る様に眺める。そしてここでセシリア、更に思いつく。


「シュリンさん、ここからは私達が先導して道を進みます。その代わり、上手くこの迷宮を抜け出せたら何でここに居るのか話して下さいね」


「な、なんで勝手に決められなきゃいけないのよ!」


「シュリンさんも何か目的があるはずです。こんな迷宮に迷って無駄な時間を費やすのはシュリンさん自身も嫌でしょ? その様子だとここからは出口、はたまた最奥まで行くのにどっちみち時間がかかるはずですが?」


「うっ……はぁ……」


 セシリアとルミナの提案に対して大きな溜め息を吐くシュリン。


「わかったわ……そ、その代わり……この事は誰にも言わないでよね!?」


 こうして、セシリア達の巧みな話術によってシュリンと同行することになった。

 改めてもう一度地形を確認する。この分岐地点から右と中央の道を向かうと左の道に出る。では、もし左の道へ向かうと一体どうなるのだろうか? ふとそう考えたセシリアは松明左側の方向を照らす。左側の道は鮮明に道が続いている様子を確認した後、他のもう2つの道を光で照らしてみる。すると、右と中央の道はよく見ると軽くぼやけて見えたのだ。急いで歩いていた為、気がつかなかったのだろう。このような類いの罠は他者に幻を見せる幻術を操る者が仕組める罠なのだが、セシリアには勿論心当たりがある。だが、罠の原理が分かれば後はこっちのものだ。セシリアは2人を左の道に向かうことを促し、先に進む。ある程度まで歩くとまたさっきの場所へと戻ってくることはなくなった。どうやら上手く先に進んでいるみたいだった。取りあえず何とかなったところで歩きながら本題へと入ることにした。


「改めて聞くけどシュリンさん」


「シュリンで良いわよ」


「シュリンはどうしてここに来たの?」


「……人を探しに来た」


「人ですか?」


「あなたたちなら分かると思うけど、私にはダレンというパートナーが居たわ。勿論、私とダレンがS級パーティを組んでいたのも分かるわよね? だけど、あのエンシェントドラゴン襲来の一件であなたたちが称えられ、バールギルド屈指の実力だった私たちのパーティ含め、ギルドは壊滅した。それからダレンは変わってしまった。あれ程自信に満ちあふれていた彼が何かにとりつかれたようにフールの名を呟き続けて、うなだれるようになり正直見ていられなかった。そして、気がつくと彼の行方が分からなくなってしまったの。1人になった私はなぜかどうしても彼の事が気になって、ダンジョン窓口へ向かって職業の更新をして一人旅を始めた。一人でも戦えるように上位職、大魔導師(ハイウィザード)となってね」


 彼女は淡々と説明してくれた。恥ずかしがりもせずにただまっすぐな目で話していた。彼女にとってダレンは本当に良きパートナーだったのかも知れない。だからこそ、ダレンを放っておけない思いがシュリンにはあったのだろう。そうでなければ一人旅など出来ない。


「あの人の事、想っているんですね」


「……ええ」


 この時だけ、シュリンはすんなりと受け答えた。それだけで彼女の本気さが伝わってくる。


「ただ、方向音痴だけが弱点なのが痛いよね? にしし」


 ルミナが歯を見せながら笑う。


「う、うるさいわよ」


 またシュリンの顔が赤くなった。凜々しく美しい顔だったシュリンの顔が赤くなっている横顔がギャップがあって可愛く感じたセシリア。ツンツンしているが内面はとても優しい人なのだとセシリアは安心する。


「因みにシュリン、松明を持ってないけど大丈夫だったのかしら?」


「私は”猫眼(キャットアイ)”と言う魔法を持っているの。猫眼は使用すると暗闇でも空間を見通せるようになるから松明なんて必要なかったけど……この魔法、幻術に弱いから罠を識別できなかったのよ」


 流石元S級冒険者、万能魔法も上手く扱っているが猫眼はシュリンと相性が悪いのでは? という思いをぐっとこらえ、セシリア達はフール達と合流するべく、終わりが見えぬ道を進むのだった。

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