第76話 魔人”大骨ノ王”
魔人とは魔物が変異を起こし、中には人間とは変わらないほどの外見と知恵を身に付けた者もいる。魔人の中には人間と共存し、手を組んで生活する者たちもいる為かギルドは差別に値するという理由から魔物階級は付けない決まりである。そう……勿論そう言った考えを持たぬ者たちもいることは忘れてはいけない。
「我はフェルメル様からご依頼を受けてやって来た使者の一人だ。我らはある方から直々に特別な命を受けた六人の魔人”魔人六柱”として認められた者なのだ」
「ある方?」
「ああ、だが……今回はフェルメル様からの依頼を受け、バルバドスの国からやってきたのだ。しかし……恥ずかしいことに私も罠にかかってしまったが為に他の者と離れてしまったのだがまぁよい。貴様らは何用でここに来た?」
淡々と話すその骸骨を前に俺たちは眼を見張っていた。スケルトンが喋る事、魔人が目の前いる事、色々あるが俺は呼吸を整えてダンドリオンの質問に答える。
「俺たちはここに商都を脅かす四神の手掛かりがあると思いやってきたのだ。フェルメルの使いも来ていると聞いて警戒はしていたが……どうやら俺たちも同じ罠にかかってしまったみたいだ」
「ほっほっほ! そうかそうか! お前たちも罠にかかったのか! それはそれはお互い不運じゃ……しかし、話を聞く限り……我々と似て非なる目的……我らの邪魔になりうると見受ける」
ダンドリオンの頭上には黒紫色の禍々しい大玉が生み出されており、その玉が俺たちに向かって飛んできた。
「危ない!!」
「きゃっ!」
「あ痛ぁーー!!」
俺はソレーヌを庇うように倒れ込み、紙一重でその攻撃を回避した。その玉が壁に直撃するとドロドロとした液体となってべったりと壁に纏わりついていた。その液体がブクブクと泡を立てると壁の表面が解けているのが見えた。猛毒の玉……あれに触れていたら、俺たちもただでは済まなかっただろう。
「我が暗黒魔法”邪毒球”を避けるか……残念だが、お前たちにはここで死んでもらう」
「悪いが俺たちも殺されるわけにはいかない、立てるかソレーヌ」
「は、はい!」
俺はソレーヌの手を取りながら立ち上がる。ソレーヌは魔導弓、俺は転移魔法で妖精ノ杖を出して構えた。アルとイルの捜索は一時中止だ。俺たちに敵意がある者を先に始末しなくてはならない。
それに、あいつは軽々と黒魔法を使ってきたが暗黒魔法は神聖魔法とは対照的な存在に位置する魔法だ。神を批判し、信仰せぬ者が使える魔法故に相手を殺す為だけに利用される強力な魔法がそろっている。
そんな魔法を使える相手だ、強力な力を持っているに違いない。注意が必要だ。
「ほっほっほ、勇敢な若者だ。だが”死霊傀儡師”であるこの私に2人だけで大丈夫かな?」
ダンドリオンの言葉と共に周りの亡骸たちがひとりでに動き出す。すると、人型となりスケルトンが誕生すると俺たちを取り囲んだ。死霊傀儡師の職業能力によってアンデットが生み出されたのだ。
ダンドリオンが指を軽く動かすだけでスケルトンたちもそれに合わせて動く。まさにダンドリオンにとって亡霊たちは操り人形に過ぎないのだ。
「ほっほっほ、まずはこいつらと遊んでもらうぞ。行け!!」
ダンドリオンの言葉と指が動かされたことによって一斉にスケルトンたちが襲い掛かって来た。
「あわわ!! 来たぞぉーー!! ソレーヌ何とかするんだぞ!!」
「パトラちゃんは捕まってて!! 喰らって! ”一閃光魔弾”!」
ソレーヌの魔導弓から放たれた光の矢がソレーヌに向かってきた1体のスケルトンに直撃すると体が粉々に砕けた。俺もソレーヌに負けないように杖に魔力を溜める。前にやった感覚でうまく魔力を調節して解き放つ。
「”旋風陣”!」
俺たちに向かってきたスケルトンの群れを竜巻に巻き込まれ吹き飛ばされると、この部屋の壁にめり込んだ。妖精ノ杖の使い方も板についてきた頃だと自分でも思ってきた。
「ふむ……やるではないか、だが……私は大骨ノ王、いつもの生ぬるいスケルトンどもとは違うのだよ!!」
ダンドリオンが両手を大きく広げると背中から紫色のオーラが倒れたすべてのスケルトンの中へと入っていく。すると、風圧によって壁に追いやられ倒れたスケルトンは立ち上がり、砕け散った者は蘇るとダンドリオンが放出していたオーラを纏った。ぽっかりと開いた瞳の無いその目がギラリと光り、俺たちに向けるとまたにじり寄って来た。
「我がスキル”従者強化”によって我が従者たちはお前たちが出会ってきた者たちよりも力を増している。今度はどうかな?」
スケルトンがにじり寄ってくる程オーラの濃さが今までの敵よりも強化されている様子が感じられた。しかし、俺は怯まずもう一度妖精ノ杖に魔力を溜め技を放った。
「喰らえ! ”旋風陣”!」
さっきと同じ威力の竜巻が生み出されるが、強化されたスケルトンたちはびくともしない。ケタケタと音だけを出して俺たちをあざ笑っていた。
「嘘だろ? 効いてないのか?」
「ほっほっほ! どうしたんですか? とっておきが効かなかったとでも言うのか?」
まさか、風属性の攻撃に耐性を持ったのか? ならば別の攻撃を試すまでだ。俺は転移魔法で妖精ノ杖から火球ノ杖に持ち変える。そして、妖精ノ杖に込めた程度の魔力を火球ノ杖にも溜めスケルトンの群れに再び技を放つ。
「”火球”!」
スケルトンの群れを火球が包み込む。しかし、スケルトンはその火球の熱で溶けるどころか原型をとどめたまま何事もなかった。
「滑稽ですねぇ……天下のフール殿の魔法攻撃が効かないなど……」
「なに? どうして俺の名前を?」
「ほっほっほ……勿論、あなたは有名人ですからね。エンシェントドラゴンの討伐……朱雀の討伐などなど、話は沢山聞いております。しかし……私はある方に頼まれております。貴方を見つけたら殺せと」
「だからそれは誰だ! フェルメルか?」
「ほっほっほ、それはどうでしょう? ですが、それを教える必要もないでしょう。貴方はここで死ぬのですから」
ダンドリオンが俺に向けてその白い指を指した。
「こんなところで死んでたまるか。 俺にはまだやらなきゃいけないことがある」
「ほっほっほ、そうですかそうですか。ならば一つヒントをあげましょう。私の従者を倒す唯一の弱点は”回復魔法”です。貴方も回復術士ならば神聖魔法の行使ができるはず。暗黒魔法の弱点は性質が反対の魔法なのだ。そう……君の得意な”治癒”だよ。だが、この数の従者に対して単体のみ有効の君の治癒で倒しきれるかな? ほっほっほ……ほーーほっほっほっ!!」
「はわわぁあああ!! スケルトンが来るんだぞ!! やばいんだぞ!!」
ダンドリオンが高らかに笑い、骨をケタケタと鳴らす。そうだ、アイギスにも言われていた。アンデット系の魔物には治癒が有効だと。しかし、俺には複数体を攻撃できる魔法はない。確かに単体回復魔法を無限に行使はできるがこの魔物の数では間に合わない。考えている間にもスケルトン達はこちらに近づいてくる。どうすれば……
「フールさん」
その時、冷静に透き通る声でソレーヌが俺に声をかけた。
「フールさん、私に言いましたよね。仲間を信じろと……だからフールさんも私を信じてください。私は、ミスを犯したかもしれません。アルちゃんとイルちゃんを連れてきた事……今でもまだ少し引きずってしまっています。だけど、ここで負けてられない。ミスばっかりしていられない。ここで私は名誉を挽回しなくてはなりません。だからフールさん、ここは私にお任せください」
「ソレーヌ?」
ソレーヌはゆっくりと深呼吸をすると魔導弓を暗い天に向けて構えた。
「精霊様……我が魔力に癒しの光を授け、この者たちに安らぎと浄化を与えたまえ」
ソレーヌがそう呟くと魔導弓が緑色の魔方陣が生み出される。そして、ソレーヌがゆっくりと弓を引く。
「私も……貴方を……癒したい」
「我が従者たちよ! かかれぇええええええええ!!!!」
一斉にスケルトンが飛び跳ねた、俺たちに向けて突撃せんとばかりに。
「”治療光魔弾”!」
ソレーヌが手を離した時、緑色の光の玉が宙に生まれるとそのまま破裂する。破裂と同時にその玉から輝かしい煌めく緑光が部屋全体を包む。
雨のように降り注がれたその光がスケルトンに掛かるとスケルトンは一瞬にして消滅していく。勿論、それは一匹ではない。この部屋にいる全てのスケルトンが浄化したのだ。
その光は俺にも降り注ぎ、光の当たった場所が仄かに暖かい。
「こ……これは神聖魔法⁉ しかも、広範囲回復魔法ではないか!! 不味い!!」
ダンドリオンはその光を避けるように後方に下がる。
「なるほど……今回は少し分が悪いようですねぇ。良いでしょう……ここは一つ逃げておきましょうか。最後に教えておいてあげましょう。貴方を殺したがっているのはフェルメルではない……あと、貴様は我らと同じにおいがする……くそ、撤退だ! エリゴース! ロノウェーザ!! 我を置いていくなぁあああああああああ!!!!」
そう叫びながらダンドリオンはこの場から逃げるように去って行った。まるで嵐が過ぎ去ったように部屋は静かとなり呆気に取られていたが優しい声が俺を我に返らせてくれる。
「えへへ……フールさん、私新しい魔法を覚えました。いかがでしたか?」
ニコッと優しい笑みを見せるソレーヌ。その笑顔が純粋で、それでいて前よりも頼もしく感じた。俺は自分の情けなさに苦笑しながらもソレーヌの成長を、そして助けてくれたこと感謝した。
「ありがとうソレーヌ。凄いよ、俺より先に全体回復魔法を使えるようになるなんてな」
「ソレーヌ凄かったんだぞ! お前が居なきゃオイラもやばかった……」
「いえいえそんなフールさんがいたから! ……はい、ありがとうございます!」
ソレーヌは一度言葉を詰まりかけたが、改めて素直に喜びをあらわにしたのだった。
「あの……それと、フールさん……私にも……あの、して欲しいです……」
「え?」
「アルちゃんやイルちゃん……セシリアさんばっかり撫でるなんて……ずるいですよぉ」
顔を赤くして、少し膨れた顔を見せるソレーヌ、これがソレーヌの精一杯の勇気を出した我がままだったなんて俺には知らない。しかし、俺は静かに笑顔でソレーヌの頭を優しく撫でた。
「どうだ? 満足か?」
「へっ⁉ あっ!! えっと……ひゃい……」
ソレーヌの長い耳が先端まで赤くなり、顔を隠してしまった。俺に頭を撫でられることがそこまで嬉しかったのか? でも、喜んでるならよかった。
しかし、あのダンドリオンと言った魔人が他に5体もいるのか。あんな強力な者たちがはびこっているなどセシリアやルミナの方も心配だ。そして、アルとイル……あの子たちを一刻も早く見つけなくては……
「じゃあ、進もうか」
「ひゃ……ひゃいぃ」
「しゃあ! どんどん行くんだぞぉ!!」
こうして俺たちは松明を片手に奥へと歩みを進めるのであった。