第74話 到着、ビフロンス墓所
食屍鬼とスケルトンの群れを倒し、湿地を進行していた。この地形の足場にもみんな慣れてきて、足取りが少しだけ軽くなってきていた。
あれから敵の姿は見えず、進行を阻まれることなく進むことができた。数十分が経ち、視線の先には墓所の目印となる巨大な像が見えてきた。
この像が冒険者たちの間でビフロンス墓所の目印とされている、”大鹿”の像である。誰も手入れなどしていない黒ずんだ像は前足を大きく上げて威嚇する頭に角をはやした不気味な生き物の像であり、最初に名を付けた冒険者がその像を”大鹿”としてみんなに知らせていたのである。ギルドの雑用時代に話は聞いていたが、生で見ると湿地の雰囲気もあって不気味な印象だった。まるで今にも動き出しそうな様子である。
しかし、騎士団たちはそんな物には目もくれずに先へ先へと進行していく。像の先へ向かうとそこには誰の墓なのかも識別できないほどに風化している墓石が沢山並んでいる。
「ここに昔の人々が眠っているのね……名前も元々は書いてあったはずなのに今では読むこともできないなんて可哀そう」
セシリアが近くにあった墓石を見ながらそう呟く。ビフロンス墓所以外にも使われずに放置された墓所は多くある。使われなくなった墓所の数だけ忘れ去られた人間たちがいる……なんとも悲しいことだ。
そんな感傷に浸りながら先へ進むと墓所の中央に着いた。墓所の中央には一際大きい墓石が置いてある。ビフロンス墓所が使われていた頃の時代に高貴だった者の墓だろうか。この墓石だけ白く透き通った鉱石で作られた墓石で、周りの墓よりも明らかに目立っていた。しかし、目を引くのはその大きさだ。周りの墓石は1m程の大きさだというのにこの墓石だけは5m程あるのだ。その墓石の下に大きな空洞ができている。
「隊長、こいつを見てくれ」
パウロがウォルターを先頭に通した。
「これは、ダンジョンか」
「ここにダンジョンが出来たっていう報告はこれまでにねぇ。なんでここにダンジョンがあるかは分からねぇが、恐らく地盤変動事件に関わる四神のせいだろう。真っ暗だが、ここから地下に通じてそうだな。フェルメルの手先共もいねぇし、もしかしたらこの中に入って行った可能性はある。どうする?」
少しの沈黙の後、ウォルターは全員に指示を出した。
「これよりダンジョンへと入る! 隊列は崩さず我らに続け! ここは墓所が近いダンジョンだ。万が一”死神ノ鎌”に遭遇した場合、俺たちを置いてでも撤退しろ、いいな?」
「「「「「はっ!!」」」」」
ウォルターはクラリスの元へとよると、ランタンを持たせる。
「クラリス、お前はフールらを導いてやれ」
「は、はい!! 分かりました!!」
クラリスはランタンを受け取ると、俺たちの方へと向かってくると笑顔で敬礼する。
「フール殿達! ここからは私クラリスが皆様の近くにおりますのでよろしくお願いします!」
「ああ、よろしくな」
こうして騎士団を筆頭に俺たちも続いてダンジョンの中へと入っていく。先導している騎士が松明を壁に設置して、道を開拓していく。フェルメルの使者が俺たちより先にダンジョンに入っているのならば、もしかしたら俺たちに情報を与えないようにわざと松明や道標を残さずに探索しているのかもしれない。だとすると、相当腕のある冒険者かはたまた別の探索隊を雇ったと見ていい。
いずれにせよ、こっちも相当な力を持つ騎士団達が一緒なのだからきっと大丈夫だろう。何もなく最奥へと向かう事が出来たらの話だが……
「そう言えばクラリスさん、さっきウォルターさんが言ってた”死神ノ鎌”ってなに?」
「えぇ⁉ セシリアさん、”死神ノ鎌”を知らないんですか⁉」
「えぇえ⁉ セシリー”死神ノ鎌”を知らないの⁉」
「ですれいすって何ですか?」
「ですれいすって何なんだぞ?」
俺のパーティ……4人中1人しか知らないとは……勿論、俺も知らない。
「コホン……良いですか! ”死神ノ鎌”とは墓所周辺のダンジョンに現れるユニークモンスターです。その姿はボロボロの布切れを纏い、手には巨大な大鎌とランタンを持った恐ろしき霊体です。死神ノ鎌が持つそのランタンの光を見ると激しい睡魔が襲い掛かり、その鎌に触れた生のある者は一瞬にして魂を消されると言われています。階級はSS級指定にまでされている恐ろしい魔物です、出会ったら最後……生き残ったら本当に運が良いと思ってください」
「なにそれ……怖すぎ……」
「だから私嫌なのよ……墓所近くのダンジョン」
セシリアは身体をぶるっと震わせ、そのセシリアの尻尾を暗い顔のルミナがぎゅっと掴む。S級を超えるSS級の魔物が蔓延るダンジョンなど普通なら選抜によって選ばれた特別な冒険者だけが探索を許される場所だ。そこにまだ経験も少ない俺たちみたいなパーティが入るなど正気の沙汰ではないのだ。細心の注意を払って行動することを心掛けなくてはならない。
ダンジョンは下りの道が続き、地下深くへとつながっているようだった。数十分かけて下り道を降りていくと平坦な床になった開けた場所に出た。そこはいつものダンジョンとは違う光景が広がっている。壁から天井までかなり高さがあり、道も大分奥へと続いている様子だった。壁には土だけではなく動物の骨や死骸、古くボロボロになった壺や皿などの人工物までもが壁の中に埋め込まていたのである。天井には現在使われている言語とは異なる見たこともない言語で書かれた文字のようなものが書き連ねられており、ダンジョンと言うよりかは遺跡のような作りだった。
「ここがダンジョン……」
「怖くない……怖くない」
アルは初めてのダンジョンなのか、かなり物珍しそうに周りをきょろきょろ見ながら様子を見ている一方で、イルは下を向いてぬいぐるみに強く抱き着いていた。
「2人とも、大丈夫ですか? 怖かったらお姉ちゃんの近くに居ていいからね?」
「ありがとうソレーヌ」
「うぅ……」
ソレーヌは優しくアルとイルの手を握る俺と一緒に前にいるよりも後方でソレーヌと一緒に居てくれた方が安全かもしれない。右手にアル、左手にイル、頭にはパトラを連れているソレーヌは子守係のようだった。
「それにしてもいつものダンジョンとはなんだか違う感じがします。なんだか神秘的です……」
ソレーヌが周囲に興味を示しているとソレーヌの足元からカチッという音が鳴る。すると、ソレーヌ達の足元の床が開いた。
「えっ⁉」
「ふぁ⁉」
「へ⁉」
「う⁉」
どうやらソレーヌは罠である落とし穴を起動してしまったようで4人は落とし穴へと落ちてゆく。
「ソレーヌ!!」
「フールさん!!」
俺はすぐに気が付いたが手を差し伸べるのが遅すぎたため、ソレーヌ達はそのまま闇の中へと消えていく。
「くそっ!」
俺は意を決して続くようにその落とし穴へと入った。
「セシリー! 私たちも!」
「うん!」
セシリアとルミナも続いて落とし穴の中へと入ろうとした時、ルミナの足音からもカチッという音が鳴るとルミナの足元にも落とし穴が出現する。
「セ、セシリー!!」
「ルミナ!!」
セシリアもルミナが落ちた穴へと続くように入る。騎士達がそれに気づき、近づいたころには落とし穴は塞がれて元の床へと戻っていた。
「はわわっ⁉ フールさんたちが落とし穴に落ちちゃいました! わ、私が居たにもかかわらず……」
その場でへたり込むクラリスの肩にアイギスが手を置いた。
「……まさかしょっぱなから罠があったなんてね。これはしょうがないことだわ。多分、あの子たちは大丈夫よ……隊長? 私たちは?」
「……構わん、俺たちは俺たちで進むぞ。あいつらなら自身で這い上がってくる力くらいあるはずだ」
「……だって。だから、先へ進みましょ? 副隊長?」
「は……はい!」
クラリスは立ち上がり、両手で自身の頬を軽く叩くとウォルターの前へと並び出た。
「申し訳ございませんでした。私、進めます」
「なら向かうぞ」
「にしても、早速俺たちの足を引っ張るとは先が思いやられるぜ」
パウロは頭を掻く。フールたちが居なくなっても騎士団はダンジョンの侵攻を再開した。